第59話 戦場へ

「トニトルス!」


 飲食店街の通りでは、クラージュたちが翼竜と戦闘を繰り広げていた。

 リスの放ったトニトルスの雷撃が翼竜の翼を焼き切り、自由落下を始めた翼竜の首を、近くの建物の屋根から跳躍ちょうやくしたクラージュがバトルアックスで切り落とした。左肩を負傷しているというのに、その剛腕ごうわんは衰え知らずだ。


「クラージュ、もう一撃頼んだよ」

「心得た」


 ウーが7発の矢を撃ち込んで墜落させた翼竜を、クラージュが下方からバトルアックスで切り上げ、大口を開けた顎から首にかけて豪快に切り裂く。斧の刃が首へ届いた頃には、翼竜の肉体はすでに消滅を始めていた。

 クラージュの負担がやや大きいが、ウーとリスの撃ち落とした翼竜を一撃の重いクラージュが撃滅するのが、現状最も効率的だった。ソレイユから守護を任されたヴァネッサもしっかりと食堂から連れ出しており、魔術師のため頻繁ひんぱんに動き回る必要の無いリスが護衛役をねていた。

 

「妙だな。翼竜たちが大通りの方へと集結していく」

「アンゲルス・カーススは翼竜たちの上位存在です。あくまでも想像ですが、アンゲルス・カーススを中心に群れを形成するような習性があるのかもしれません」

「だとしたら厄介だね。今のところは各個撃破という形だから翼竜に対処しきれているけど、集団を結成されたら危険度が各段に跳ねあがっちゃう」

「傭兵殿の身も心配だ。急ぎ召喚者を排除し、雑兵ぞうひょうたる翼竜だけでも始末せねば。リス、客人の読みによると、召喚者はこの中央区のどこかに潜伏している可能性が高いのだったな?」

「まず間違いないでしょう。劇場と食堂、これまでにアマルティア教団の潜伏していた場所は全て中央区でしたしね。これまでに撃破した召喚者と消滅した翼竜の割合から考えるに、恐らくは次の拠点で最後だと思われます」

「とはいっても、中央区も広いからね」


 小難しい顔で腕を組んだウーが、ヴァネッサの方を一瞥いちべつした。

 詳しい事情までは知らないが、ヴァネッサが教団と関係していたことは状況から察していた。事は一刻を争う。今はどんな些細な情報でも欲しい。


「あなた、教団の他の拠点に心当たりはない?」

「……分かりません。そもそも、他に拠点があるだなんてことも初耳で」

「そっか。まあ、仕方がないか」


 駄目で元々だったので、ウーの表情にさほど落胆らくたんの色は見えない。

 元から教団に所属する人間ならばともかく、現地の協力者にまで事細かな情報が伝わっているとは思えない。ましてや教団側は、協力者たちを文字通り使い捨てにしてきたのだから。


「拠点の心当たりならあるぜ」


 不意に朗報をもたらした第三者の声。中央区の西側へと通じる路地の方から壁に手をつきながら姿を現したのは、胸部に傷を負ったシモン・ディフェンタールであった。


「あなたは、傭兵のシモンさん」

「……よう、弓使いのお嬢さん。昨日はどうも」


 シモンは飄々ひょうひょうとした様子だが足取りはやや重く、胸の傷はどうしたって注目を引きつける。


「シモンさん、その傷はいったい」

「ちょっとした眠気覚ましだよ……それよりも今は、教団の拠点の話の方が重要だろう」


 シモンの様子にウーはまだ物言いたげだが、それをクラージュは無言で首を横に振って制した。今のシモンからは何か強い覚悟のような物が感じられる。その意志は尊重してやりたい。


「心当たりがあると言ったが、それは本当か?」

「中央区の北側にある、パ―ジュ・ド・ティットルという書店へ行け。そこの店主は教団の協力者の一人だ。店には書庫として利用している大きな地下室がある。潜伏するにはおあつらえ向きの場所だろう……店主の爺さんは早々にあの黒い石を握りしめて、オッフェンバック卿の屋敷の方へと行っちまったみたいだがな……」


 パ―ジュ・ド・ティットルの店主とは、オッフェンバックきょうの屋敷前で罵詈雑言ばりぞうごんを吐き、最終的には無残に翼竜に食い殺されてしまったあの老齢の男性だ。店主不在の地下書庫は、シモンの言う通り潜伏場所には最適だろう。


「……出来れば俺自身の手で何とかしたかったが、生憎と今の俺じゃ返り討ちに遭いそうなんでな。そうなれば元も子もない。その点、あんたらにだったら安心して任せられる」

「今は時間が惜しい。何故お前が教団の事情に通じているのかはあえて問うまい。お前のもたらした情報、信じてもよいのだな?」

「……己の正義感に誓う。俺の言葉は真実だ」


 傭兵としての正義は一度失ってしまったが、シモン・ディフェンタールという一人の人間としての正義感まで失ったわけではない。ファルコと一戦交えたことで、シモンの目は覚めていた。


「分かった。北のパ―ジュ・ド・ティットルだな」


 この状況下でシモンが嘘をつく必要はない。クラージュ達には召喚者の潜伏場所の見当がついていなかった。妨害が目的なら、そもそも声など掛けずに放っておけばよかったのだから。

 そして何よりも、正義感という言葉を口にした際のシモンの真っ直ぐな目。感情論と言えばそれまでだが、武人としてその目は十分信用に値するものだとクラージュは判断した。


「直接案内してやりたいところだが、この後は用事がある。書店までの案内は――」


 微笑みを浮かべて、シモンはリスの後ろに控えていたヴァネッサの下へと歩み寄った。


「よお、ヴァネッサ。その様子だと、ファルコは間に合ったようだな」

「……今は死ねなかったのだから、今は生きてくれと言われました」

「あいつらしい言葉だ。もっとも、あいつのおかげで死にぞこなったのは、俺も同じだがね」


 苦笑しつつ、シモンがヴァネッサの頭に優しく手を置いた。


「ヴァネッサ。ファルコを助けると思って、この人達を書店まで案内してやってくれないか?」

「……シモンさんは?」

「俺はちょいと行くところがあってな」


 そう言うとシモンは、背に携帯する真新しいバスタードソードの柄へと触れた。愛用のバスタードソードはファルコとの戦闘で壊れてしまったので、近くの武器屋から形状の近い物を拝借してきた。決して盗んできたわけではない。迷惑料込みで定価以上の額を武器屋のカウンターへと置いて来た。


「シモン・ディフェンタール。お前はこれからどこへ向かう?」

「戦場へ」


 クラージュの問いに笑顔でそう返すと、シモンは大通り方面へと向けてゆっくりと歩みだした。

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