第58話 空中戦
下方の大通りでは、傭兵や騎士たちがこの世のものとは思えぬ光景に驚愕し、例外なく上空へと視線を奪われている。視界に映るのは巨大な銀色の翼竜と、それと向かい合う形で遥か上空で静止する一人の人間。すぐさま状況を理解するのは難しいだろう。
ファルコの足元には絶えず強力な風が渦巻いており、ファルコを支える空中での足場となっていた。ファルコ自身に魔術の心得はない。これは
無論、人の身で竜の力を御しきることは、そう簡単なことではないが――
「久しぶりだから、少し難しいな――」
風の足場の固定が甘く、ファルコの体が一度ぐらついた。すぐさま微調整して安定感を取り戻したが、その隙をアンゲルス・カーススは見逃さない。
アンゲルス・カーススが大口を開けた瞬間、その口から巨大な空気の
アンゲルス・カーススの吐く空気の塊はテルムと呼ばれ、多くの罪なき人々がアンゲルス・カーススの吐くテルムによって命を落したと、伝承にも
「おっと!」
ファルコは右側へと倒れ込むようにして咄嗟にテルムを回避したが、それにより再び足場の固定が
アンゲルス・カーススがファルコ目掛けてテルムを吐き出す。距離的に回避する余裕はあったが、ファルコはこの場を動くわけにはいかなかった。水平にテルムが飛んできた先程とは違い、今回の攻撃は上から下へのほぼ垂直。ファルコが攻撃を回避したら、大通りにいる傭兵や騎士たちに被害が出てしまう。迫りくる空気の塊を正面から打ち破る他ない。
「
風の足場を蹴って自ら上昇し、ファルコはテルム目掛けてテンペスタを勢いよく突き上げた。テンペスタの周辺には圧縮された強烈な風が渦巻いており、巨大な空気の塊を
しかし、アンゲルス・カーススの攻撃はそれだけでは終わらない。ファルコが眼下の人間達を庇おうとする姿を見て勝機を感じたのだろう。今度は大通り目掛けて無差別的に、大量のテルムを吐き出した。ファルコの持つ正義感は、当然それらを見過ごせない。
「悪知恵の働く
憎らし気に口元を歪めながらファルコはテルムの排除へと向かった。
少し前までは空中での姿勢制御が安定していなかったのに、今のファルコは大地を駈けるかの如く、両足で空中を自由自在に走り抜けている。それは
「間に合え!」
しかし、いかに魔槍の力を持つとはいえ、ファルコ一人では状況への対処にも限界がある――
「うわあああああ――」
「いやあああ――」
さらにもう一発、大通りの南側の地表へとテルムが直撃。その衝撃で地面は
空気の塊――テルムの威力は凄まじく、もはや屋内すらも安全な場所とはいえない。
こちらの攻撃が届かない高度から一方的に虐殺を繰り広げるその姿は、まさに暴虐竜の名にふさわしい。
「これ以上やらせるか!」
例え避難しようとも、アンゲルス・カーススは避難場所ごと人々は粉砕する事だろう。アンゲルス・カーススを討つこと以外に、この暴虐を終わらせる方法は無い。
ファルコは勢いよく地面を蹴って
迫りくるファルコ目掛けてアンゲルス・カーススが三発のテルムを吐き出したが、ファルコはそれらを全て切り伏せていく。地上の被害を防ぐためにも、回避という選択肢は最早存在しない。
「捉えたぞ」
アンゲルス・カーススと同じ高度まで達したファルコが、強烈な追い風の勢いが乗った渾身の
「何……」
突如として南の方角から猛スピードで飛来した二体の翼竜がファルコとアンゲルス・カーススの間へと割って入り、アンゲルス・カーススを守る盾となった。
テンペスタが二体の翼竜を貫通。テンペスタの周辺に発生した強力な風の流れがさらに風穴を広げ、一瞬で体の限界を迎えた二体の翼竜は霧散し消滅した。攻撃の勢いは完全に死に、アンゲルス・カーススには届くことはなかった。
「厄介だな」
他にも複数体の翼竜がこちらへと向かってくのが見える。
暴虐竜アンゲルス・カーススは伝承にもその名が登場する翼竜たちの上位存在。それを守護せんと翼竜たちが集まることもまた、本能的に当然のことであった。
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