第52話 慈悲はありませんよ
「なんてことを……」
「……酷い」
中央区の南側。避難所として使われている劇場に立ち入ったソレイユとリスは、視界に飛び込んできた
事の発端は、劇場前で数名の
不穏な雰囲気を感じたソレイユは衛兵たちにその場で待機しているように指示、リスと二人で劇場内の様子を探りにやってきたのだが――
劇場内では避難してきた数百名の住民と、避難誘導にあたっていたと思われる十数名の衛兵たちが、例外もなく血の海に沈んでいた。
人々は劇場の客席で身を寄せ合ったまま、恐怖の表情で絶命している。我が子を
そんな狂気的な空間の中にも、生者の姿が確認出来る。
主役気取りなのかどうかは定かでないが、舞台上には7名の黒いローブ姿の男達の姿があった。
このような状況であのような
中心で祈りを捧げるようなポーズを取ったまま微動だにしない4名の男を、武器を手にした残りの3名が護衛するように取り囲んでいる。ニュクスの読み通りだとしたら、中心の4名が召喚者ということになるのだろう。
「アマルティア教団ですね?」
「ふむ。避難所を拠点とするのはよい案だと思ったのですが、思ったよりも早くばれてしまいましたね。まあいいでしょう。邪魔だてする者は例外なく殺す。それが、私達の任務ですから」
この場をまとめていると思われる、メイス手にした男がフードを下ろし素顔を
「劇場内の人々を殺したのは、あなた達ですか?」
もちろんそれ以外にあり得ないことは分かっている。ソレイユは
「はい。私達が殺しました。騒がしいと、召喚者の集中の妨げとなってしまいますからね。魔術で瞬間的に切り刻みましたので、ほとんどの者が悲鳴を上げる間もなく即死しましたよ。彼らは避難場所を求めてここまでやってきた。我々は死という最も安全な場所へと彼らを送って差し上げただけです。そのことに何の問題がありますか?」
「なるほど、よく分かりました」
鋭い眼光のソレイユが、金髪の男を注視しつつタルワールへと手をかけた。
「慈悲はありませんよ」
「それはこちらの台詞です。あなた方が何者かは存じませぬが、この場所へと立ち入った以上、命は――」
瞬間、金髪の男の右の肩口が裂かれ、勢いよく鮮血が吹きあがった。
「があああああああああ――」
激痛に顔を歪め、男は肩口を抑えたままその場に膝をついた。
その背後には、タルワールに付着した血液を
「貴様……」
美顔を激痛と怒りで
「ソレイユ様! 援護を」
「リスはそこにいて。返り血を浴びるのは私だけでいい」
「……その自信、粉々に打ち砕いてくれる!」
金髪の男がソレイユ目掛けてメイスを振り下ろした。近接戦闘に特化すべく、肉体には筋力強化の魔術を、武器には硬質化の魔術を予め施しておいた。この一撃には並の人間はもちろん、重装の騎士を鎧ごと粉砕するだけの破壊力がある。
「遅い」
ソレイユは舞うような鮮やかな身のこなしでメイスの軌道から外れると、容赦なくタルワールを
「うあああああ! 腕、私の腕――」
失った腕から溢れ出る血液で黒いローブを赤く染めながら、金髪の男はその場に倒れてのたうち回った。
「死ね!」
「乱暴な言葉遣いですね」
攻撃後の隙をつき、長剣使いが左側面から切りかかったが、ソレイユは咄嗟に振り抜いたタルワールの鞘で長剣使いの右腕を一撃、衝撃で長剣が手から零れ落ち、右腕があらぬ方向を向いた。
その直後、殺気十分に背後から槍使いが長槍を振り下ろしてきたが、ソレイユ相手に殺気を発するのは
「おのれええええええええ!」
息を吹き返した長剣使いが左手に持ち替えた長剣で背後からソレイユへと斬りかかったが、ソレイユは一度も後ろを振り返ることなく、逆手に持ち替えたタルワールを背後へと打ち出し、長剣使いの胸部を貫くことで止めとした。
「……
「やらせませんよ」
「あっ――」
地を這いながら必死に魔術を詠唱しようとしていた金髪の男の背に、ソレイユは
金髪の男が最期の瞬間に唱えようとしていたのは、凄まじい衝撃波を発生させるスコーパエの詠唱だ。仮に詠唱に成功していたとしたら、この劇場は間違いなく崩壊していただろう。道ずれ覚悟の自害のつもりだったのかもしれないが、それは同時に護衛対象のはずの教団の召喚者たちを巻き込むことになる。どうやら金髪の男が最後に選んだのは任務を達成するという義務感よりも、利己的な復讐心だったようだ。
「護衛の人間を失ったというのに、そのことにも気づかずに召喚術の継続のために集中している。つくづく狂信的な一団ですね」
舞台の中央で微動だにせずに集中を続けている教団の召喚者達に、ソレイユは憐れみの視線を送った。無抵抗の者を攻撃するのは気が引けるが、召喚者達をどうにかしない以上、
「ソレイユ様。中の様子はどうなっていましたか?」
劇場の入り口から出てきたソレイユとリスのもとへ、劇場前で待機していた衛兵たちが駆け寄って来た。衛兵たちは血を帯びたソレイユの姿に一瞬不安気な表情を浮かべたが、それがソレイユ自身の血ではないと分かり、表情は安堵へと変わった。
「……アマルティア教団の人間により、避難してきた住民および避難誘導にあたっていた衛兵全員が
「……そうですか」
同僚と住民たちの
「教団の人間は?」
「武器を手に襲い掛かって来た3名を撃破。竜の召喚を行っていた4名の召喚者は取り調べの必要もあると考え、自害の方法を断った上で意識を奪い、捕縛しておきました」
ヴェール平原での経験を踏まえ、自害用の魔具を全て破壊した上で召喚者達の身柄を拘束した。かなり荒っぽい方法で意識を奪ったので、少なくとも今回の事態が収束するまでは意識を取り戻さないだろう。
「召喚者達の意識が途切れた以上、彼らの魔術供給によって存在を維持していた竜達も消滅することでしょう。何か報告等は入っていませんか?」
「幾つかのエリアから突如として竜が消滅したとの報告が上がっています。ですが、依然半数近くの竜は変わらず活動を続けており、事態の収束には至っておりません」
「そうですか。どうやら拠点はここだけではないようですね」
竜の召喚及び存在維持に必要な魔力量に対して、劇場内にいた召喚者の数が少ないというリスの意見もあったので、竜の完全消滅に至っていないのは想定内であった。教団側も、もしもの場合に備えてリスクを分散させたのだろう。
「皆さんは中の召喚者の身柄の拘束をお願いします。私達はこのまま、アマルティア教団の他の拠点を探しにいきます」
「承知しました。責任を持って被疑者の身柄拘束に務めます。ソレイユ様もどうかお気を付けください」
「ありがとうございます」
衛兵たちに一礼すると、ソレイユはリスの手を取った。
「行きましょう、リス」
「はい、どこまでもソレイユ様にお供いたします。ですがその前に」
微笑みを浮かべると同時に、リスはポケットから取り出したハンカチで、ソレイユの頬に付着していた返り血を拭った。
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