第52話 慈悲はありませんよ

「なんてことを……」

「……酷い」


 中央区の南側。避難所として使われている劇場に立ち入ったソレイユとリスは、視界に飛び込んできた凄惨せいさんな光景に表情を曇らせていた。

 事の発端は、劇場前で数名の衛兵えいへい怪訝けげんな表情で入り口を凝視していたこと。通りがかりのソレイユが事情を聞いたところ、衛兵たちは避難の進捗しんちょく状況の確認のために訪れたのが、劇場前でおち合うはずだったこの地区を担当する衛兵の姿が見えないのだという。

 不穏な雰囲気を感じたソレイユは衛兵たちにその場で待機しているように指示、リスと二人で劇場内の様子を探りにやってきたのだが――


 劇場内では避難してきた数百名の住民と、避難誘導にあたっていたと思われる十数名の衛兵たちが、例外もなく血の海に沈んでいた。

 人々は劇場の客席で身を寄せ合ったまま、恐怖の表情で絶命している。我が子をかばおうと覆いかぶさったのも虚しく、息子ごと体を両断された母親。頭部を失った老齢の男性。果敢かかんにも脅威へと立ち向かい、槍を手にしたまま体がねじ切れてしまった若き衛兵。劇場内はまさに地獄絵図であった。


 そんな狂気的な空間の中にも、生者の姿が確認出来る。

 主役気取りなのかどうかは定かでないが、舞台上には7名の黒いローブ姿の男達の姿があった。

 このような状況であのような奇異きいな出で立ちをしている一団など、アマルティア教団以外にありえないだろう。

 中心で祈りを捧げるようなポーズを取ったまま微動だにしない4名の男を、武器を手にした残りの3名が護衛するように取り囲んでいる。ニュクスの読み通りだとしたら、中心の4名が召喚者ということになるのだろう。


「アマルティア教団ですね?」

「ふむ。避難所を拠点とするのはよい案だと思ったのですが、思ったよりも早くばれてしまいましたね。まあいいでしょう。邪魔だてする者は例外なく殺す。それが、私達の任務ですから」


 この場をまとめていると思われる、メイス手にした男がフードを下ろし素顔をさらした。男は今回の作戦において副官を務める人物でもある。男は金髪きんぱつ碧眼へきがん陶器とうきのような白い肌を持つ長身の美青年で、このような異質な状況でなければ、その容姿はさぞ舞台映えしたことだろう。死体だらけの劇場内で笑みを浮かべるその姿には、狂気以外は何も感じられない。


「劇場内の人々を殺したのは、あなた達ですか?」


 もちろんそれ以外にあり得ないことは分かっている。ソレイユはいきどおり故に、あえてそう尋ねた。


「はい。私達が殺しました。騒がしいと、召喚者の集中の妨げとなってしまいますからね。魔術で瞬間的に切り刻みましたので、ほとんどの者が悲鳴を上げる間もなく即死しましたよ。彼らは避難場所を求めてここまでやってきた。我々は死という最も安全な場所へと彼らを送って差し上げただけです。そのことに何の問題がありますか?」

「なるほど、よく分かりました」


 鋭い眼光のソレイユが、金髪の男を注視しつつタルワールへと手をかけた。


「慈悲はありませんよ」

「それはこちらの台詞です。あなた方が何者かは存じませぬが、この場所へと立ち入った以上、命は――」


 瞬間、金髪の男の右の肩口が裂かれ、勢いよく鮮血が吹きあがった。


「があああああああああ――」


 激痛に顔を歪め、男は肩口を抑えたままその場に膝をついた。

 その背後には、タルワールに付着した血液をを描くようにして払うソレイユの姿があった。慈悲は無いとあらかじめ告げた。相手の口上に付き合ってやる義理はない。


「貴様……」


 美顔を激痛と怒りで醜悪しゅうあくの色に染めた金髪の男が、メイスを左手に持ち替えた。一瞬で距離を詰めてきたソレイユに驚きながらも他の二人のローブの男も行動を開始し、それぞれ長槍と長剣を構えてソレイユを取り囲んだ。


「ソレイユ様! 援護を」

「リスはそこにいて。返り血を浴びるのは私だけでいい」

「……その自信、粉々に打ち砕いてくれる!」


 金髪の男がソレイユ目掛けてメイスを振り下ろした。近接戦闘に特化すべく、肉体には筋力強化の魔術を、武器には硬質化の魔術を予め施しておいた。この一撃には並の人間はもちろん、重装の騎士を鎧ごと粉砕するだけの破壊力がある。


 の話ではあるが。


「遅い」


 ソレイユは舞うような鮮やかな身のこなしでメイスの軌道から外れると、容赦なくタルワールをぎ、メイスを握る金髪の男の左腕を肘下ひじしたから切り落とした。


「うあああああ! 腕、私の腕――」


 失った腕から溢れ出る血液で黒いローブを赤く染めながら、金髪の男はその場に倒れてのたうち回った。


「死ね!」

「乱暴な言葉遣いですね」


 攻撃後の隙をつき、長剣使いが左側面から切りかかったが、ソレイユは咄嗟に振り抜いたタルワールの鞘で長剣使いの右腕を一撃、衝撃で長剣が手から零れ落ち、右腕があらぬ方向を向いた。

 その直後、殺気十分に背後から槍使いが長槍を振り下ろしてきたが、ソレイユ相手に殺気を発するのは御法度ごはっと。攻撃を完全に読んでいたソレイユはサイドステップで右方向へと回避し、そのまま半回転の勢いを乗せたタルワールの一撃で腹部を切り裂き、槍使いの命を絶った。


「おのれええええええええ!」


 息を吹き返した長剣使いが左手に持ち替えた長剣で背後からソレイユへと斬りかかったが、ソレイユは一度も後ろを振り返ることなく、逆手に持ち替えたタルワールを背後へと打ち出し、長剣使いの胸部を貫くことで止めとした。


「……ほとばしる竜のいななき……顕現けんげんせし暴虐ぼうぎゃくの――」

「やらせませんよ」

「あっ――」


 地を這いながら必死に魔術を詠唱しようとしていた金髪の男の背に、ソレイユは容赦ようしゃなくタルワールの刀身を突き立てた。金髪の男の詠唱はピタリと止まり、刀身を抜いた瞬間、傷口からあふれ落ちた血液が舞台上をさらに赤く染め上げた。

 金髪の男が最期の瞬間に唱えようとしていたのは、凄まじい衝撃波を発生させるスコーパエの詠唱だ。仮に詠唱に成功していたとしたら、この劇場は間違いなく崩壊していただろう。道ずれ覚悟の自害のつもりだったのかもしれないが、それは同時に護衛対象のはずの教団の召喚者たちを巻き込むことになる。どうやら金髪の男が最後に選んだのは任務を達成するという義務感よりも、利己的な復讐心だったようだ。


「護衛の人間を失ったというのに、そのことにも気づかずに召喚術の継続のために集中している。つくづく狂信的な一団ですね」


 舞台の中央で微動だにせずに集中を続けている教団の召喚者達に、ソレイユは憐れみの視線を送った。無抵抗の者を攻撃するのは気が引けるが、召喚者達をどうにかしない以上、惨劇さんげきは終わらない。このまま放置というわけにはいかないだろう。




「ソレイユ様。中の様子はどうなっていましたか?」


 劇場の入り口から出てきたソレイユとリスのもとへ、劇場前で待機していた衛兵たちが駆け寄って来た。衛兵たちは血を帯びたソレイユの姿に一瞬不安気な表情を浮かべたが、それがソレイユ自身の血ではないと分かり、表情は安堵へと変わった。


「……アマルティア教団の人間により、避難してきた住民および避難誘導にあたっていた衛兵全員が惨殺ざんさつされていました。劇場内は血の海、酷い有様です」

「……そうですか」


 同僚と住民たちの訃報ふほうを知り、衛兵たちは沈痛な面持ちで目を伏せた。


「教団の人間は?」

「武器を手に襲い掛かって来た3名を撃破。竜の召喚を行っていた4名の召喚者は取り調べの必要もあると考え、自害の方法を断った上で意識を奪い、捕縛しておきました」


 ヴェール平原での経験を踏まえ、自害用の魔具を全て破壊した上で召喚者達の身柄を拘束した。かなり荒っぽい方法で意識を奪ったので、少なくとも今回の事態が収束するまでは意識を取り戻さないだろう。


「召喚者達の意識が途切れた以上、彼らの魔術供給によって存在を維持していた竜達も消滅することでしょう。何か報告等は入っていませんか?」

「幾つかのエリアから突如として竜が消滅したとの報告が上がっています。ですが、依然半数近くの竜は変わらず活動を続けており、事態の収束には至っておりません」

「そうですか。どうやら拠点はここだけではないようですね」


 竜の召喚及び存在維持に必要な魔力量に対して、劇場内にいた召喚者の数が少ないというリスの意見もあったので、竜の完全消滅に至っていないのは想定内であった。教団側も、もしもの場合に備えてリスクを分散させたのだろう。


「皆さんは中の召喚者の身柄の拘束をお願いします。私達はこのまま、アマルティア教団の他の拠点を探しにいきます」

「承知しました。責任を持って被疑者の身柄拘束に務めます。ソレイユ様もどうかお気を付けください」

「ありがとうございます」


 衛兵たちに一礼すると、ソレイユはリスの手を取った。


「行きましょう、リス」

「はい、どこまでもソレイユ様にお供いたします。ですがその前に」


 微笑みを浮かべると同時に、リスはポケットから取り出したハンカチで、ソレイユの頬に付着していた返り血を拭った。

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