第50話 シモン・ディフェンタール

「この辺りの避難はすでに完了しているのか」


 中央区の西側へと到着したファルコは、武具店や衣料品店が軒を連ねる一角を探索していた。

 円滑に住民の避難が完了したのは、このエリアには直接翼竜が出現せず、混乱が最小限で済んだためだろう。いずれにせよ、避難が完了している状況はやりやすい。今だってそうだ。


 人気が無い故に、襲撃の羽音もよく響く。


「まったく、全部で何体いるんだ」


 不意に上空から迫った翼竜の噛みつきをファルコはバックステップで回避し、素早く抜いた槍でその右目を穿うがった。脳には届かず一撃で仕留めることは叶わなかったが、翼竜にとってかなりの深手となったのは間違いない。

 翼竜が怪力でのたうち回るため、槍の穂先ほさきを進めて止めを刺すことが出来ない。ファルコは一度強引に槍を引き抜き、飛翔の間を与えず、再度、刺突を繰り出そうとしたが、


「俺も混ぜろよ、ファルコ!」

「シモン!」


 瞬間、衣料品店の屋根から跳躍してきた赤毛の傭兵――シモン・デフェンタールが愛用のバスタードソードで翼竜の首を一刀両断。ファルコが追撃するまでもなく、翼竜の体は霧散むさんし消滅した。

 一時的とはいえ、傭兵国家アルマ出身の実力者、ファルコ・ウラガーノが仕事のパートナーとして選んだ男だ。普段は飄々ひょうひょうとしていて迫力を感じさせないが、シモンの傭兵としての実力は本来とても高い。


「まったく、今日は仕事も無いからと思って昼まで寝てたら突然のこの騒ぎだ。この世の終わりかと思ったぜ」

「それはついてなかったね。けど、寝込みを襲われなかっただけましだったんじゃない」

「違いないな。何はともあれ、俺も今回の竜退治に参加させてもらうぜ。オッフェンバックきょうから報酬も出るようだし、何より人助けの観点から今回の事態じたいは見過ごせない」

「君が来てくれて嬉しいよ。早速だけど、幾つか聞きたいことがあるんだけどいいかな?」

「何だ?」

「実は今、事態を根本的に解決するためにアマルティア教団の人間を捜しているんだ。中央区に潜伏している可能性があるから、こうしてしらみつぶしに探索しているんだけど、この辺りで怪しい人物や一団を見なかったかい?」

生憎あいにくと見てないな。俺もこの辺りには今し方到着したばかりだから何とも言えないけど」

「そうか。まあ、そう簡単に見つかれば苦労はしないよね」

「いまいち状況は飲み込めないけど、俺もその探索とやらを手伝えばいいのか?」

「そうしてくれると助かるよ。だけど、その前にもう一つだけ聞いてもいいかな? とても重要なことだ」

「何だよ、改まって」

「君はどうして、さっきからずっと僕に殺意を向けているんだい?」


 隠していたつもりだったが、やはりファルコの目は誤魔化せないなと、シモンはどことなく嬉しそうに微笑んだ。


「俺が傭兵で、これが仕事だからだよ!」


 突如として牙をいたシモンが一気に間合いを詰め、バスタードソードでファルコを一閃いっせんした。

 ファルコは動揺することなく、槍ので冷静にその一撃を受け止める。刃と柄とが拮抗きっこうし、両者顔を突き合わせてのにらみ合いとなった。


「何となく想像はつくけど、一応聞いてみようかな。誰の依頼で僕の命を? 守秘義務だって言うなら、無理に答える必要はないけど」

「別にいいさ。今回の仕事に守秘義務なんて無い。お前の想像通り、俺の雇い主はアマルティア教団だよ――」


 シモンが均衡きんこう状態を解くために強引に槍を弾くと、体勢を整えるために両者同時にバックステップを踏み、相手から距離を取った。


「依頼を受けたのはいつだい?」

 

 間合いを意識しつつ、ファルコは両手で槍を構え直す。

 対するシモンも決して隙は見せず、中段で愛用のバスタードソードを構えている。


「お前と出会うよりも前からだ。教団側からの依頼は、作戦の支障となる可能性ある傭兵をマークし、必要とあらば作戦時の混乱に乗じて殺せというものだ。アルマ出身の実力者――ファルコ・ウラガ―ノ。お前は目立ち過ぎた」

「君にフルネームで呼ばれるのは、何だか新鮮だね。教団の依頼を受けた理由はお金かい? それとも思想的な問題?」

「金に決まってんだろ。大金を稼いでこその人生だ」

「報酬額はどれくらい?」

「去年の年収の20倍ってところかな。当面は遊んで暮らせる」

「安くみられたものだ。僕をつのなら、依頼主にもっとふっかけてもばちは当たらないと思うよ」

「いいなそれ。お前を殺した後に、依頼主に交渉してみることにするよ――」


 不意にシモンが懐から手斧を取り出し投擲とうてき、ファルコは器用に槍を操りそれを弾き飛ばすと、一気に間合いを詰めて渾身こんしんの刺突を繰り出した。

 しかし、シモンの反応速度も負けてはいない。槍の穂先をバスタードソードでたくみに逸らすと、背中に隠し持っていったもう一本の手斧をファルコ目掛けて左手で投擲した。

 ファルコは咄嗟とっさに体を逸らしたが完全にはかわしきれず、手斧が右肩を僅かに裂いた。戦闘中だからだろう。痛覚など存在していないのではと錯覚させる程に、ファルコは痛みに対して無反応だ。


「シモン、どうして大金が必要なんだい? 君に殺されてしまうかもしれない僕には、聞く権利があるだろう」

「大金を欲するのに理由が必要か? 豪遊ごうゆうするもよし、極上の女をこの手に抱くのも悪くない。金さえあれば大概たいがいの欲望は満たせるってもんだろ」

「そういう考え方を否定する気はないけど、少なくともそれは君の本心ではないよ。君の根は善人だからね」

「お前に何が分かるんだよ」

「分かるさ。たったの二週間とはいえ、共に人助けのために戦ってきた相棒だからね」

「言っただろ。俺は教団の依頼を受けてお前に近づいただけだ。一緒に行動してたのだって、お前の動向を観察していただけに過ぎない。俺が善意で人助けをしていたと思っているなら、とんだ見当違いだ」

「そうかな? 依頼人の心に寄り添い、時には涙さえ見せた君の姿は、嘘偽りの無い素のシモン・ディフェンタールだと僕は感じたけどね。仮にあれが演技だとしたら大したものだ。今すぐ傭兵を止めて役者に転職すべきだよ」

「……」


 攻撃的な反論ばかりを繰り返していたシモンが、この時ばかりは何も言い返さなかった。目を伏せて唇を噛みしめるその姿には、複雑な胸の内を感じさせる。


「本当の理由を聞かせてくれないか? どんな理由であろうと僕の態度は変わらないけど、君と戦わないといけないのなら、せめて理由くらいは知っておきたいから」

「……そうだな。悪人ぶるのも疲れた。始めから全てを話したうえで、お前と殺し合うべきだったな」


 俯いていたシモンがゆっくりと顔を上げ、ファルコの目をしっかりと見据えた。


「……娘が病気なんだよ」


 悲し気なシモンの表情は戦場を生きる傭兵ではなく、葛藤かっとうを抱く一人の父親としての顔であった。

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