第49話 勝機

「今回の同時多発的な襲撃は、黒い宝玉型の魔具まぐ――ノタを利用した遠隔えんかく召喚しょうかんだ。ノタというのはギルドでも軽く触れたが、遠隔召喚を行うための目印のことだな。本来、召喚術ってのは強力な分、効果範囲が狭いものだが、ノタを利用すれば条件付きではあるが、召喚者が遠くにいる状態での召喚が可能となる。通常なら召喚された魔物のすぐ近くに召喚者が存在するものだが、今回の場合はそうとうも限らないというわけだ」

「条件付きというのは?」

「一つ目は、召喚した魔物を使役しえき出来ないということだ。召喚者が魔物の近くにいなければいけない理由の一つは、魔力供給と同時に命令を植え付け使役することにある。誰々を殺せ、あの建物を破壊しろ――という具合にな。だけどノタを使った遠隔召喚は、魔物を使役することをはなから放棄している。使役しないことで結びつきが弱くなり、通常より距離を置いても召喚および存在の維持が可能になるってカラクリだ。召喚された竜たちは召喚者の指示で動いているわけじゃない。ただ本能のままに殺戮さつりくを繰り返しているだけなんだよ」

「なるほど。さっき君が言っていた、凶暴な魔物をおりから解き放っただけというのはそういう意味か」


 得心がいき、ファルコは腕を組んで頷いた。内心ニュクスがどうしてここまでアマルティア教団の手の内に詳しいのか気になっていたが、今は街を守ることの方が重要なので詮索せんさくはしなかった。


「とはいえ、竜の使役を放棄したことは、教団にとっては大したデメリットになっていないだろうな。何せここは人口の多い大都市だ」

「教団の目的は邪神復活の時を早めるべく、殺戮によって恐怖を生み出すこと。たとえ自由に操れなくとも、獰猛どうもうな竜が本能のおもむくままに都市部で暴れたらどうなるかは火を見るより明らかです。確かに教団側にデメリットはありませんね。まさか巻き添えをくらうほど愚かではないでしょうし」

「そういうことだ。だが、その他の条件はデメリットとなりえるかもしれない」

「それは何ですか?」

「通常の召喚よりも魔力消費が激しいこと。離れていようとも、魔物が召喚者の魔術によって存在を維持するという前提は変わらない。より遠くに魔力を注ぎこまないといけない以上、通常よりも魔力の消費が大きくなるのは道理だ。便利な能力にはそれ相応の代償が伴うってことだな。恐らく召喚者は複数人いるだろうが、竜という強力な存在を召喚したことも相まって、召喚中は自由に身動きも取れないと推察される。これは大きなデメリットのはずだ」

「発見さえ出来ればつのは容易いということですね。ですがグロワールの街は広い、捜すのはなかなか骨が折れそうです」

「それに関しては意外と簡単かもしれないぞ。あくまでも俺の想像の域は出ないがな」

「是非聞かせてください」

「近い近い」


 ソレイユが興味きょうみ津々しんしんといった様子でグッとニュクスへ顔を近づけ、ニュクスは距離感の近すぎるソレイユに思わず圧倒されてしまった。ニュクスは苦笑しながら、ソレイユの体を優しく押して距離を広げる。


「遠隔召喚の弱点、いや限界というべきかな。遠隔といっても、召喚可能な距離は限られている。じゃないと極端な話、協力者さえいれば自国から他国に向かって魔物を放つことだって出来てしまうからな。

 竜は街全体に出現しているが、遠隔召喚の効果範囲的にはギリギリのはずだ。少なくとも、街の端から端までは召喚が届かないと考えられる。それに加えて、弱点でもある身動きの取れない複数人の召喚者をバラバラに配置しておくとは思えない。作戦に参加している人数は多くはないだろうし、召喚者を一か所にまとめて他の人員で護衛すると考えるのが自然だ。そう仮定すると、街全体に召喚を行える場所に固まっていることになるわけだが」

「まさか、今私達がいるのと同じ中央区に?」


 それらの条件に一番適しているのはグロワールの中心部であるこの中央区だ。作戦の進捗しんちょく状況を確認するためにも、街の中心部というのは好都合だろう。ニュクスの予想が当たっているとすれば、まさに灯台下暗しである。


「あくまで可能性だ。だけど、調べてみる価値はあると思うぜ。街中を調べるにしろ、今いる中央区から始めるのが無難だろうしな」

「行動の指針は必要ですし、ニュクスの読み通りなら、事態をより早期に収束させられる。調べてみる価値は十分にあると思います。リスとファルコもよろしいですか?」

「もちろんです。私はどこまでもソレイユ様にお供します」

「僕も賛成です。説得力のある意見でしたしね」


 全員が同意を示し、今後の行動の指針は定まった。

 先ずはニュクスの提案通りに手分けして中央区を探索。竜と遭遇した場合には、街の安全確保の観点からそれも撃破する。探索の成果が無かった場合には噴水広場へと集合、再度作戦を練り直すという方向で話は決まった。


「僕は中央区の西側を見てきます。馴染みの場所も多いので、探索しやすいかと」

「俺は東側を見てくる。少し気になる場所もあってな」

「では私は南側を見てきます。リスは――」

「私もソレイユ様と供に行きます。状況が状況とはいえ、主君に臣下が一人もついていないという状況はよくないと思いますので」


 食い気味にリスは身を乗り出した。現状、この場にソレイユの臣下はリス一人だけ。主君の側を離れるわけにいかないという主張は当然のものだ。


「眼鏡っ娘の意見はもっともだ。残る北側は早めに探索を終えた奴が向かうってことでいいだろう」


 異論は出ず、探索場所の分担も決まった。

 そうと決まれば善は急げなのだが、招かれざる客がそれを許してはくれない。


「まったく、こんな時に」


 噴水広場上空に3体の翼竜が飛来し、ファルコは鋭い眼光で槍を構えた。周辺の避難誘導も完了していないので、見過ごすわけにはいかないだろう。


「手早く片づけましょう。時間が惜し――」

「お待ちなさい。翼竜の相手は我々がしましょう」


 ソレイユの言葉を遮る野太い男性の声、振り返ってみるとそこには、両腕を組んだリーダーらしき褐色かっしょく肌のスキンヘッドの男性と、部下らしき6人の傭兵の姿があった。


「あなたは確か、カキの村で」


 リーダー格の男性とは、ソレイユは一度だけ面識があった。

 それはヴェール平原で発生したアマルティア教団によるキャラバン隊襲撃事件の犠牲者をしのび、カキの村でり行われた合同葬儀の場でのことだ。

 少し言葉を交わしただけだったが、褐色肌の男性はソレイユに対して、自分はキャラバン隊を護衛していた傭兵の友人だと語っていた。涙こそ見せなかったが、無念さに体を震わせている姿が印象的だった。


「ご無沙汰しております、ソレイユ様。ジルベール傭兵団、団長のジルベール・クライトマンです。不躾ぶしつけながら大通りでのソレイユ様と屋敷の使いとのやり取りを聞かせていただきました。この場は我らに任せ、ソレイユ様は己の成すべきことをしてください」

「よろしいのですか?」

「友人の無念を晴らしてくれたソレイユ様には、いつか恩返しをしたいと考えていました。友人のかたきでもあるアマルティア教団には、いつか一泡吹かせてやりたいとも思っていましたしね――」


 言い終える前には、ジルベール傭兵団はすでに行動を開始していた。コンジットボウを装備した長髪の弓兵は狙撃に最適なポイントへと陣取り、小柄な女性魔術師は迎撃のため詠唱えいしょうを開始。重装の槍使いと長身の大斧使いは広場の中心部で翼竜を迎え撃たんと武器を構え、細身の女性剣士とモーニングスターを操る筋肉質な青年は、大剣を抜いたジルベールの両脇を固めている。


「行ってくださいソレイユ様!」

「ありがとう、ジルベールさん」


 瞬間、噴水広場へと降り立った翼竜とジルベール傭兵団との戦闘が開始された。

 彼らの思いに応えるためにも、必ずやアマルティア教団の野望を阻止せねばならない。


「行動開始です。必ずや生きて再会しましょう」

「そうだな。ここでお嬢さんに死なれたら俺が困る」

「大丈夫。ソレイユ様には私がついています」

「修羅場はたくさんくぐって来た。負ける気はしませんよ」


 ソレイユの言葉に全員が力強く頷き、リスとソレイユは中央区の南側へ、ニュクスは東側へ、ファルコは西側へとそれぞれが向かって駈けて行く。

 ファルコは去り際に、同業者であるジルベール傭兵団の面々に翼竜の習性について伝えていくことも忘れなかった。

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