第47話 困った時はお互い様

 ニュクスとファルコが噴水広場で一体の翼竜よくりゅうを撃破したのと同時刻。

 ソレイユと翼竜による大通りでの戦闘も、決着の時を迎えようとしていた。

 リスの放つ魔術によって翼竜は着実に体力を削られていき、少しでも気を抜いて高度を落としたなら、その瞬間には周辺の建物の屋根を足場に跳躍したソレイユが容赦なく斬り付けていった。全身を切り刻まれた翼竜はすでに満身創痍まんしんそうい。弱り切った体で必死に高度を保っているが、それももう限界に近い。


「トニトルス!」


 リスが言の葉を唱えた瞬間、翼竜の両翼目掛けて、より高高度から雷撃が降り注いだ。翼のふしが焼き切れた翼竜はとうとう飛行状態を維持することが出来なくなり、力なく大通り目掛けて落下を始めた。

 まだ大通りには少なからず逃げ遅れた人達がおり、翼竜の巨体に巻き込まれないとも限らない。地表に衝突する前に、完全に仕留めなければいけない。


「リス、足場を」

「スカーラエ!」


 建物を足場にしていては間に合わない。ソレイユはリスが魔術で発生させた風を足場にするという荒業で落下途中の翼竜へと迫り、真正面から翼竜の目を見据えた。


「終わりです」


 ソレイユが振り下ろしたタルワールが、翼竜の頭部を顎まで一刀両断した。

 頭部を両断されて死を迎えぬ生き物などほとんど存在しない。ソレイユの一太刀を受け、翼竜の体は地表に衝突する寸前で霧散むさんし消滅した。


「レクトゥス」


 渾身こんしんの力で刀身を振り下ろしたことで空中に投げ出される形となったソレイユの体を、リスは魔術で作り出した優しい風のクッションで包み込み、静かに地表まで着地させた。ソレイユの身体能力を持ってすれば自らの足で着地することも可能だっただろうが、お付きの臣下として、少しでも安全な方法でソレイユを下ろしてあげたかった。


「やりましたね、ソレイユ様」

「喜んでばかりもいられないわ、竜は街中に出現している。一度ニュクスと合流して作戦を練らないと」


 ニュクスの向かった噴水広場方面に、さらに二体の翼竜が下りていくのが見えた。現状、幸いなことに大通りに新手が現れる気配は無い。この場を離れてニュクスの援護に向かう余裕はある。

 

「ソレイユ・ルミエール様ですね。ご無事で何よりでございます」


 不意に傭兵ギルドの方から、黒いコートをまとった長身の壮年そうねん男性が駆け寄って来た。男性はオッフェンバックきょうの臣下の一人で、昨日の会食の場などでソレイユとは面識があった。


「あなたは確か、オッフェンバック卿の」

「護衛官が一人、ギスラン・ダルヴィマールです。オッフェンバック様の命を受け、こちらへと伺いました。つきましては、互いの状況を確認するために情報の共有を行いたいのですが」

「もちろんです。ですが、広場の方で仲間が戦っておりますので、なるべく手短に」

「承知しました。それではまずこちらの状況から――此度こたびの事態を受け、オッフェンバック様はグロワール全域に非常事態宣言を発令しました。それを受けまして現在、衛兵えいへいが中心となり最寄りの避難所への住民の避難誘導を、騎士団は全戦力を持って竜の迎撃へと、それぞれあたっております」

「しかし、失礼ながら騎士団の戦力だけでは、全ての竜に対処するのは難しいのでは?」

「それが私がこの場へとやって来たもう一つの理由でもあります。今し方、ギルドの傭兵達にオッフェンバック様からの正式な依頼という形で、此度の竜討伐への参加を要請してきました。報酬目当てで大金を吹っかけてくる者、竜の相手が出来ると聞いて胸をおどらせる者、街の危機に純粋な正義感で立ち上がってくれた者。参加理由は様々ですが、相当数の傭兵の協力を取り付けることが出来ました。中には傭兵としての旅の中で竜討伐を成し遂げたことのある者も数名おり、騎士団の戦力と合わせれば、竜への対抗も十分に可能だと考えています」

「確かに傭兵さんたちの協力があれば、戦力的な問題は解決しそうですね。竜との戦闘経験を持つ者がいるのも心強い」


 ソレイユ達も魔物との戦闘経験は豊富だが、全ての竜を撃破するには人数不足だ。理由はどうあれ、傭兵達が街の防衛に参加してくれるのは朗報だった。

 傭兵ギルドを有するこの大通りの守りは傭兵達に任せても問題ないだろう。これで安心して噴水広場のニュクスに合流出来る。


「ソレイユ様はこれからどのように動かれるおつもりでしょうか? 魔物との戦闘はソレイユ様の方がお慣れでしょうから、自己判断で動いて頂いても構わないとオッフェンバック様は申しておりました。ただし、状況を把握するためにも、動向は知っておきたいとのことです」

「お心遣いを感謝します。私はこれから噴水広場で戦闘中の仲間と合流した後、此度の襲撃に関与していると思われるアマルティア教団の人間を捜そうと考えています。竜たちが魔術で召喚しょうかんされた存在である以上、召喚者を討てば存在を維持出来なくなるはずですから。もちろん教団の人間の捜索だけに留まらず、被害拡大を抑えるためにも、目についた竜はその都度撃破していく所存です」

「なるほど、大本を討つというわけですね。怪しい人物や一団がいれば報告するようにと、兵士たちにも指示を出しておきます」

「ありがとうございます。アマルティア教団には強力な魔術師も多い。発見しても決して早まった真似はしないようにと、念は押しておいてください」

「承知しました」


 ソレイユの指示に頷くとギスランはそのままうつむき、自らを恥じるかのように唇を噛みしめた。


「……お客様であるソレイユ様のお手をわずらわせる形となってしまい、誠に申し訳ありません。本来なら我々自身の手で、このグロワールの街を守り抜くのが筋なのでしょうが」

「困ったときはお互い様ですよ。目の前の危機を放っておいては、ルミエールの名が泣きますしね」

「グロワールに暮らす一市民として、心より感謝いたします」

「感謝の言葉にはまだ早いですよ。それは、事が解決するまで取っておいてください」


 深々と頭を下げるギスランを元気づけるかのように、ソレイユはその肩に優しく触れた。


「ギスランさん。一つ確認してもよいですか?」


 ある程度の情報交換は出来た。最後に一つだけ、ソレイユ側からも確認しておきたいことがある。


「ウーとクラージュは、今どうしていますか?」


 主君としてこの場にいない臣下の動向は確認しておきたかった。時間的に2人はまだオッフェンバック卿の屋敷に残っていたはずだ。この状況下で2人がどういう行動を取るかには、ある程度は想像がついている。


「屋敷前にも翼竜が出現しましたが、ウー殿とクラージュ殿のご活躍により、オッフェンバック様の命は救われました。今もお二方は、屋敷で竜の迎撃にあたってくださっています。今すぐその場を離れることは難しいですが、ある程度の防衛体制が整った後には、ソレイユ様へ合流する予定とのことです。私は報告のために屋敷へ戻りますので、お二方に伝言でんごん等ございましたらお預かりいたします」

「私のことは心配せずに、あなた達は今やるべきことに全力を尽くしなさいと、そう二人にお伝えください。それと、今晩は皆で食事をしようとも」

うけたまわりました。一言一句漏らさず、お二方へと伝言いたします」

「よろしくお願いします。私もこのまま、噴水広場の方へと向かいます」


 腰に帯刀するタルワールの柄に触れたソレイユは、大きく深呼吸をして噴水広場の方へと体を向け、側に控えるリスもその動きに続く。


「ご武運をお祈りしています。ソレイユ様」

「ギスランさんも、お屋敷までの道中お気をつけて」


 言葉を交わすと同時にギスランはオッフェンバック卿の屋敷の方へ、ソレイユとリスは噴水広場の方へとそれぞれ駆け出した。

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