第46話 共闘

 噴水広場へニュクスが到着した時には、すでに戦闘が開始されていた。

 血肉が浮かぶ赤い噴水付近で翼竜よくりゅうと交戦しているのは、先程まで一緒にギルドにいたはずのファルコだ。ファルコはたくみな槍術で翼竜の片翼のふしを粉砕することで飛行能力を奪い、有利な地上戦へと持ち込むことに成功していた。しかし、地を這う蜥蜴とかげに成り下がっても相手は竜の端くれ。その巨体から放たれる体当たりや尾の破壊力は十分驚異的だ。

 周辺にはまだ逃げ遅れた多くの人たちが残されているが、翼竜は自身から羽を奪ったファルコという怨敵おんてきつことに集中し、他の獲物に対する一切の興味を失っている。これはニュクスにとっても大きなチャンスだった。

 ファルコの方もこの場にニュクスが現れたことを気配で察したらしい。ニュクスが行動を起こしやすいようにと、あえて大ぶりな動作で翼竜の注意をより強く引きつける。


 しびれを切らした翼竜が体当たりに勢いをつけるために巨体を一度引いた、まさにその瞬間、


「不意打ちは殺しの基本ってな」


 勢いよく跳躍したニュクスが一刀のククリナイフを抜き、翼竜の頭部目掛けて容赦ようしゃなく刀身を突き立てた。刀身は脳に達する深さまで食い込み、翼竜は血の泡を吹いてその場に倒れ込んだ。ニュクスがククリナイフを引き抜くと同時に翼竜の体は限界を迎え、黒い気体となって霧散むさん、完全に消滅した。

 ニュクスは直ぐに翼竜の返り血に染まったククリナイフを、携帯していた黒い布でぬぐう。どうせ直ぐに次の戦闘が始まるだろうが、返り血は手元を滑らせることもあるで、小まめに処理しておきたかった。


「助かったよニュクス。君のおかげで確実に仕留めることが出来た」

「姿が見えないと思ったら、こっちに来ていたのか」

「ソレイユ様に加勢すべきかとも思ったけど、襲撃が大通りだけで終わる保証は無かったからね。大通りの騒ぎを受けて、多くの人が避難していたこの噴水広場を気にかけていたら案の定だったよ。全力は尽くしたつもりだけど、宝玉を握っていた花屋の娘さんを含め、6人も死なせてしまった」


 ファルコの視線の先に有るのは、血液で真っ赤に染まった噴水や、肉片の転がる染みだらけの石畳いしだたみ

 今でこそ人もけて戦闘出来る程度のスペースが確保されているが、翼竜の出現当時、噴水広場は数百人の群衆ぐんしゅうで溢れ返り、大混乱へと陥っていた。ファルコも人込みの影響で全力で武器を振るうことが出来ず、最初の襲撃から人々を守り切ることは叶わなかった。実際のところ、混乱状態の中で6人の犠牲しか出さずに済んだのは奇跡的な数字だったといえるだろう。単独でその結果をもたらしたファルコの活躍は、十分称賛にあたいするものだ。


いているのか?」

「僕は全力を尽くしたけど、それでも救えない命があった。ただ、その事実があるだけだよ。僕達が立っているのは戦場。今は悔いる時ではなく戦う時だ」

「お人好しだな。ようは戦いが終わったら、命を救えなかったことを後悔するってことだろ」


 冗談めかしたニュクスの物言いに、ファルコもやはり冗談めかして返す。


「君、実は性格悪いだろ」

「親愛の証とでも思ってくれ。これから一緒に旅をする、ことになるかもしれない相手だからな」

「一緒に旅をするか。だったらまずは、この戦場を乗り切らないといけないな」


 そう言うとファルコは背に担ぐ二本目の槍の柄に触れた。現状、まだ一本目の槍だけで立ち回れているが、状況によっては二本目の使用も考えなくてはいけない。


「今回の襲撃は、アマルティア教団によるものなのかい?」

「まず間違いないだろう。今のご時世、他にこんなことを仕出かす組織があると思うか?」

「無いね。あったら困る。しかし、竜を召喚しょうかんするとはまた厄介な」

「勝機はある。召喚術で召喚された魔物は、召喚者が倒されると存在を維持出来なくなるからな。数多くの竜を相手にするよりは、数人の生身の人間を相手する方が各段に楽だろう。竜なんて強力な魔物を召喚した以上、召喚者の負担も相当だろうしな」

「だけど、大通りの女性やここで翼竜を呼び出した花屋の娘さんはすでに命を落としている。なのに、翼竜は存在を維持していたよ?」

「あの人達が召喚したわけじゃない。召喚先の目印となる魔具まぐを持たされていただけで、召喚術を行った術者は別にいるはずだ。もっとも、今回の召喚は魔物の使役というよりも、凶暴な魔物をおりから解き放っただけという印象だが」

「どういう意味だい?」

「詳しい説明はお嬢さんと合流してからにしよう。お客様もいらしたようだしな」


 誰かが駆け寄ってくる気配がしたので、ニュクスは説明を一度中断した。

 二人のもとへやってきたのは、銀色の鎧にバックラー(円形の盾)とパイク(木の葉状の刃がついた長槍)を装備した若い衛兵えいへいであった。これだけの大事を経験するのは着任以来初めてのことなのだろう。若い衛兵は目に見えて緊張している。


「と、突然申し訳ありません。私はグロワール第四衛兵隊所属、マクシミリアン・コンパネーズと申します。現在、オッフェンバック様の指示を受け、住民の避難誘導にあたっています。お二方が翼竜を撃破してくださったおかげで、広場周辺の被害は最小限に抑えられました。兵士を代表して心よりお礼申し上げます」

「オッフェンバックきょうも動き出したか。衛兵さん達が住民の避難誘導を行ってくれるなら、僕達も戦いやすくなるね」

「騎士団を出撃させ、大勢の傭兵も雇用予定だと聞いております。直に戦力も整うことでしょう。お二方も引き続きご協力頂けないでしょうか?」

「元より最後まで付き合うつもりだ。それよりも衛兵さん、ここの最寄りの避難場所はどこだ?」

「直ぐ近くのコンサートホールとなります」

「近くて助かった。だったら早いところ、この広場に残っている人達を避難させてくれ。じゃないと、また血生臭い展開になっちまう」


 噴水広場を再び翼竜の黒い影が覆った。影の数は一度目の襲撃の時よりも多い。どうやら今回は二体でお出ましのようだ。


「翼竜の相手は僕達に任せて、衛兵さんは避難誘導に専念してください。安心して、あなたや避難中の人たちには、絶対に危害を及ばせないよ」

「わ、分かりました」


 マクシミリアンはすぐさま広場やその周辺に残っていた住民たちに呼び掛け、コンサートホール方面への避難誘導を開始した。


「どっちが先に一体片づけるか、勝負でもするか?」

「いいね。状況が状況だ、素早く仕留めるに越したことはない」


 それぞれの得物えものを構え、二人は笑顔で肩を並べた。

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