第43話 空より出でし脅威
「なるほど、事情は承知しました。戦力強化のために、僕を雇用したいということですね」
翌日の正午前。傭兵ギルド内の一室を借り、ソレイユはファルコに対して雇用の話を持ち掛けていた。
この場にはニュクスと、お付きのリスも同席している。ソレイユとファルコは面談のように机を挟んで向かい合い、リスはソレイユの隣に。ニュクスだけは唯一椅子に座らず、いつもの癖で壁に背中を預けて腕を組んでいた。
雇用を持ち掛けるにあたって、昨日はウーがぼかして伝えていたソレイユの任務内容についての詳細も教えた。対アマルティア教団を目的として結成される連合軍へ参加すべく、王都を目指していること。領に残してきた防衛戦力との兼ね合いで、少数精鋭での旅路であること。戦力強化のため傭兵の雇用を考えていること――等々。
王都までの旅路はまだしも、連合軍に合流してアマルティア教団との戦闘が本格化すれば、命の保証が出来ない危険な任務が続くことだろう。これは決して、生半可な覚悟で受けられる仕事ではない。
「対アマルティア教団という性質上、危険かつ長期的なお仕事となることでしょう。もちろん、それなりの報酬はご用意するつもりですが、今後の
「ソレイユ様は正直な方ですね。失礼ながら交渉下手でもある。傭兵の雇用など、マイナス要素をひた隠しにし、耳触りの良い言葉を並べておけばよいものを。危険性を前面に打ち出していては、雇えたはずの人間も雇えなくなりますよ」
「危険性その他諸々、全てを承知した上で、それでも
「世間知らずかどうかはともかく、武人としてはごもっともな意見だと思います。少々理想が高すぎるきらいはありますがね」
言葉とは裏腹に、ファルコの口調に
「ファルコ・ウラガ―ノ。様々な危険性について開示した上で改めてご依頼します。あなたの力を貸していただきたい。雇用の件、どうかご検討いただけないでしょうか」
「ソレイユ様……」
ソレイユが深々とファルコへ頭を下げると、ファルコは困惑気味に壁際のニュクスに目配せした。人目の無い場所とはいえ、貴族が傭兵に頭を下げるなど
「頭を上げてくださいソレイユ様。貴族であるあなたが、
「貴族と傭兵である以前に、私達は一人の人間。ましてや私は、あなたに命を
「では言葉を変えましょう。僕の目を見てください」
ファルコの優しい言葉を受け、ソレイユが
「ソレイユ様のお話しはよく分かりました。ですが、少しだけ時間を頂けませんか?」
「もちろんです。二つ返事で決められるお話しではないでしょうし」
「おっと、誤解はしないでください。決して迷いがあるわけではないのです。邪神復活を目論むアマルティア教団は、この世界に混沌をもたらそうとしている。その驚異から人々を守ろうとするソレイユ様の行動には正義があります。そのお手伝いが出来るのなら、僕はとても嬉しい。
僕が欲するのは、気持ちを整理し、新たな覚悟を胸に刻むための時間です。ソレイユ様と行動を共に出来るというのは、僕にとってとても
「初めてお会いした時から感じていましたが、あなたはやはり、私のことを以前から知っていたのですね?」
「ルミエールの名は師からよく聞かされました。そして僕の持つこの槍は、僕以上にあなたのことを、あなたの中に流れるルミエールの血を、よく知っています」
神妙な面持ちでファルコが机上に置いたのは、布の巻かれた柄の長い方の槍。
ニュクスとの戦闘では一度も抜かず、
「この槍が、私の中に流れるルミエールの血をよく知っている?」
「説明しま――」
ファルコが槍に巻かれた布を解こうとした瞬間、突然ギルドの外が騒がしくなり、一同の動きが止まった。
「見ていてくださいあなた!!」
「何事だ?」
ニュクスが窓から外の様子を確認すると、ギルドの面する大通りの中心で、やつれた印象の中年女性が声高に叫んでいた。周辺には見物人が湧いている。知り合いらしき数名は「落ち着きなさい」と声をかけ、女性を
「あなたを殺したこの街は、今日滅びます!」
「お、奥さん……」
「気でも振れちまったのか」
「あの女性の放つ殺気、本物です」
「そのようだな。事情はよく分から――」
言いかけてニュクスの顔色が変わる。女性が
「……嫌な感じがする」
魔術師であるリスも不穏な気配に気づいたらしい。その
しかし、二人が危機に気付いた時にはすでに遅かった。女性の抱く恨みつらみは、すでに黒い宝玉へと大量に注ぎ込まれている。最早止める間もない。あとほんの二言三言で、条件は整ってしまう。
「見ていてください。あなた!」
女性が一際大きな叫びを上げた瞬間、黒い宝玉が
突如空中で発生した怪現象に、その場に居合わせた者たちの視線は釘付けとなっていた。未知に対する困惑がその場を支配し、危機感を抱いている者はまだ少数派だ。
「早くその場を離れろ!」
ニュクスが大通りの人々へ向けて叫ぶが、それとほぼ同時に
「この街の崩壊を、この目――」
やつれた中年女性とその周辺にいた数名の上半身が、空中の魔法陣から
女性達を噛み千切った存在は人肉を
巨大な
竜種に分類されし魔物の一体。
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