第41話 前夜祭

 グロワールの郊外。かつては製糸工場として使われていた廃屋に、黒いローブの男達を中心とした一団が集まっていた。人数は20名程度。アマルティア教団正規部隊所属の人間はその内8名だけで、残りはローブを身に着けていない、どこにでもいそうな普通の老若男女だ。


「決行はいよいよ明日です。諸君らの奮起ふんきに期待したい!」

「おおおおおおおおおお――」


 鼻から左頬にかけて真一文字の傷が走る、黒髪をオールバックにまとめた筋肉質な男――キロシス司祭の言葉を受け、ローブの男達の志気は高まり、覚悟を表すかのように身震いする者が続出した。はたから見たら狂信的としか映らぬ光景だろうが、それは彼らにとっては最高の褒め言葉であろう。教団内では、狂信的であればあるほど邪神ティモリアの恩恵を受け、より強大な魔力を享受きょうじゅできると信じられているからだ。


「……私達でも、上手くやれるのでしょうか」


 不安を口にしたのは、ローブ姿ではない、やつれた中年女性だ。

 彼女を含め、ローブ姿ではない者はアマルティア教団所属の人間ではなく、グロワールの街に暮らす一市民だ。邪神ティモリアに対する信仰心は持たぬが、自分達の現状に何らかの不満を抱き、此度こたびのアマルティア教団のグロワール襲撃に加担する、言うなれば内部の協力者達である。キロシス司祭の指揮する今回の作戦において、彼らの存在は非常に大きな意味を持つ。


「何も難しいことはありません。あなた方は我々の指示したタイミングで、その宝玉ほうぎょくへと怒りの感情を注ぎ込んでくれるだけでよいのです。さすれば宝玉はあなた方の願いに応え、このまわしき街に正義の鉄槌てっついを下すことでしょう」


 中年女性の手を取り、キロシス司祭はその手に黒い宝玉を優しく握らせた。この宝玉には特殊な魔術が施されており、ある存在を召喚するための目印として利用される。


 作戦当日は街中に協力者を放ち、同時多発的な襲撃を行う計画だ。


「共に、この街の崩壊を見届けましょう」

「はい。憎きこの街に制裁を」


 涙交じりに微笑み、中年女性は黒い宝玉へと頬ずりをした。

 女性は半年前に夫をうしない、人生に絶望していた。

 夫の命は盗賊によって奪われたが、女性の怒りの矛先は盗賊だけではなく、治安維持を怠ったグロワールの街そのものにも向いていた。それでも、生まれ育った街を心から憎むことは出来ず、当初は女性も自分を律することが出来ていた。しかし、数週間前に教団からの接触があり、内にくすぶる怒りの感情をたくみにくすぐられたことで状況は大きく変化。今となっては街に対する感情は、憎悪と呼べるまでの激しいものとなっていた。教団の介入が無ければこじらせることも無かったはずだが、女性はすでに正常な判断を欠き、盲目的もうもうくてきなまでに街の壊滅を祈るようになってしまっている。


「誰一人欠けてもこの作戦は成功いたしません。教団の人間も、我らの作戦に賛同して下さった皆様も、皆等しく同士。私の掛け替えのない大切な友人たちです。共に力を合わせ、最良の結果をもたらしましょう!」

「おおおおおおおお――」


 教団の人間の志気はさらに向上、協力者である市民達も表情に覚悟を宿し、黒い宝玉を力強く握りしめることでキロシス司祭の言葉に応えていた。


 例外的に、一組の男女だけは場の熱量に馴染めず、壁際で一連の流れを静観していた。露出度の高い衣装を着た若い女性は、絶望すらも通り越してしまったような、どす黒い瞳で虚空こくうを見つめ、男の方は狂信者達を侮蔑ぶべつしながら、早く全てが終わってほしいと、そう願っていた。




「あの者達は、本当に上手くやれるのでしょうか?」

「今や街に対するあの者たちの憎悪は最高潮に達している。積極的に工作してくれることだろうよ。極論きょくろん、街中に散らばってさえくれれば、それだけであの者達の役目は終わりだ。何も難しいことはない。要は複数個所に魔物を召喚出来ればそれでよいのだから」


 協力者である市民を帰した後、キロシス司祭は部下の問い掛けに愉悦ゆえつの笑みを浮かべていた。市民達のことを本心では協力者などと思っていない。彼らの存在は司祭にとってはただの捨て駒。協力者達は自分の目でこの街の終わりを目撃することを願っているだろうが、恐らく大半の者はそれを果たすことは出来ないだろう。

 同時多発的な襲撃を行うには、キロシス司祭の部下の数に対してこの街は大きすぎる。怪しまれることなく、街中に点在できる協力者の存在は今回の作戦に不可欠だ。魔術によって召喚された存在は、彼らの持つ黒い宝玉を目印とし、殺戮さつりくの宴を開始することだろう。


「明日の正午には、絶え間ない悲鳴と流血がこの街を埋め尽くすことだろう。その様、特等席から観覧させていただこう」


 祭を前にし、キロシス司祭は興奮気味に天を仰いだ。

 殺戮をある種のショーと捉えるキロシス司祭は、狂信者以前に狂人であった。

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