第40話 エキドナ
「監視役も大変だね、カプノス」
グロワールの街を見渡せる
くせ毛気味のオリーブ色のショートヘアーと
「思わぬ場所で会うものですね、エキドナ」
青年の名はエキドナ。アマルティア教団の暗殺部隊に所属しており、ニュクスに匹敵する戦闘能力を持つエースの一人だ。また、ニュクスが絵描きとしての顔を持つように、エキドナにも暗殺者以外にもう一つの顔がある。それは小説家としての顔だ。オットーというペンネームでメ―デン王国を中心に活動しており、重厚な人間ドラマに彩られた愛憎劇は、大陸中の読書家から高い評価を得ている。
ちなみに、ニュクスがソレイユ・ルミエール暗殺に赴く前、エキドナは彼に自身の新著をプレゼントしていたのだが、読書の習慣の無いニュクスは結局、ほとんどそれを読むことはなかった。結果として新著は、ルミエール家の屋敷で知り合った読書家のリスの手へと渡っている。
「あなた一人ですか?」
「今のところはね。別件で近くに来ていたから、たまたま一番乗りしただけだよ」
「暗殺のお仕事ですか? 私は何も聞いていませんが」
「君が知らないのも無理はない。私がクルヴィ司祭から指示を受けたのも、つい先日のことだからね。今回の仕事は暗殺というよりも、もしもの場合の事後処理担当。いわば保険だね」
「事後処理? ということは、何か正規部隊による作戦が起こるということですか」
「そのようだ。毎度のことながら、私たち暗殺者には詳細は知らされていないけどね」
エキドナの口調は世間話をするかのように穏やかだ。何が起こるか分からぬ状況など、暗殺者にとっては日常茶飯事。緊張や不安などまったく存在していない。
「とにかく、私がこの街へとやって来たのはそういう理由からだよ。偶然、君の姿を見つけたから、一言くらい挨拶しておこうかと思ってね」
「よく私を見つけられましたね。平時でも、限りなく気配を消しているつもりでしたが」
「私の感覚が鋭いのは君も知っているだろう。これだけは唯一、ニュクスにも負けないと自負している私の個性だからね」
「そうですね」
いつものことながら淡泊なカプノスの反応を受けて、エキドナは思わず苦笑いを浮かべた。もう少し感情的に言葉を発したら可愛げがあるのになと、若干の苛立ちを覚える。
「ニュクスは元気にしているかい? 今はこの街に滞在しているのだろう」
「標的の
「あのニュクスが仕損じたと聞いた時には驚いたよ。暗殺者としての彼の強さは、同僚である私達が一番よく知っているからね」
「それだけの相手だということです。司祭が無期限の任務を与えたわけですから」
「ニュクスの殺せなかった相手、確かソレイユとか言うお嬢さんだったかな。興味深いね」
「余計な手出しをすれば、ニュクスに殺されますよ」
「分かっているよ。ニュクスにちょっかいなんて出したら、彼や彼女の
肩を
「それでは、私はこれで失礼するよ。出番が無いに越したことはないのだけど、もしもの場合に備えて色々と下見をしておかないとね」
「ご健闘をお祈りいたします」
「ありがとうカプノス。君もニュクスの監視役、頑張ってね」
爽やかな笑顔でそう言うと、エキドナの姿は夜の闇の中へと消えていった。
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