第39話 災禍を払うために

「明るいな」


 日は沈み、グロワールの街には夜が訪れていた。

 流石は都心部だけあり、最先端の魔術式まじゅつしき街灯がいとうによって、ある程度の明るさは確保されている。そのため夜になってからも街の中心部は人の往来おうらいが盛んだ。

 地方であるルミエール領は、夜ともなれば光源は月明かりだけだった。屋外でこれ程明るい夜を過ごすのは久しぶりのことだ。


「君は確か、ニュクスだったよね」

「そういうあんたは、ファルコだったか?」


 噴水広場のベンチに腰掛けていたニュクスの隣に、二槍の傭兵――ファルコ・ウラガ―ノが腰を下ろした。数時間振りという、実に短時間での再会だ。

 この噴水広場は人の往来の多い街の中心部。近くにはファルコが拠点とする傭兵ギルドもあるため、他の場所に比べれば出会う確率は高いだろう。


「君達は、オッフェンバックきょうの屋敷に招待されているはずでは?」

「今頃は会食でもしてるんじゃないか? 俺は堅苦しいのが苦手だから、こうして街へくり出して来た」

「自由人なんだね。後で怒られたりしないのかい?」

「お嬢さんは何も言わないだろうけど、お付きの騎士様には色々と小言を言われるだろうな。今の内に煙に巻く算段でも考えておくさ」

「騎士様というと、途中で合流したあの大柄な彼のことかな? 僕は二言三言交わしただけだけど、確かに生真面目そうな印象だったね」


 などと雑談を交わしながら、ファルコは携帯していた革製のバッグから、食料らしき物の入った小袋を取り出した。中身はどうやら、食べやすいサイズに裂かれた干し肉のようだ。


「君も食べるかい?」

「それじゃあ、遠慮なく」


 干し肉をありがたく一枚頂戴し、ニュクスはそれを豪快に噛み千切った。

 保存食でもある欲し肉は旅人にとってはお馴染みの食品。ニュクスも旅の途中には、自家製の干し肉をよく食していたものだ。


「うまい」


 噛む度に口の中に広がる肉の旨味に、ニュクスは柄にもなく顔を綻ばせる。最近はご無沙汰だったので、味に懐かしさを感じていた。


「お気に召して良かったよ。旅のお供は、やっぱり欲し肉だよね」


 干し肉をさかなに会話が弾んでいく。


「そういえば、傭兵仲間のおっさんは一緒じゃないのか?」

「依頼完遂の報告を済ませて、今し方ギルドの前で別れてきたところだよ。僕の使ってる宿とシモンの部屋は、方向が真逆でね」

「それで、宿に戻る途中で俺を見つけたと」

「そういうこと。迷惑だったかな?」

「俺も暇だったし別にいいさ。抜け出した手前、直ぐには屋敷に戻れないからな」


 そういうと、ニュクスは欲し肉をくわえながら苦笑した。


「昼間の君との戦いは、なかなかスリリングだったよ。二刀のククリナイフと無数のダガーナイフ。他にも何か、武器や戦術を隠し持っていたんじゃないかい?」

「ご想像にお任せするよ」

「こんなことを言ったらおかしい奴だと思われるかもしれないけど、君の全力を引き出せなかったのは少し悔しいね。一人の戦士として、純粋な力比べを楽しんでいたのは事実だ」

「お互い様だろ。あんただって結局、最後まで二本目の槍は抜かなかったわけだし。正直俺も、あんたの全力を引き出せなかったことは少しだけ残念だった」


 ファルコの背負う二槍の内、柄の長い一本。巻かれた布には直近で外された様子はなく、しばらくの間抜かれていないことが見て取れる。


「前にも言ったけど、この槍は人間相手に抜くような代物じゃないんだよ」

「だったらその二本目の槍は、どういった時に使うんだ?」

災禍さいかを払わんとする時さ。願わくば、こいつを抜く時が来ないことを祈りたいけど、昨今の情勢を見るに、そう遠くないかもしれないね」

魔槍まそうか?」

「ご想像にお任せするよ」


 ニュクスを真似て欲し肉を咥えて苦笑すると、ファルコはおもむろにベンチから立ち上がった。


「また君と話せて良かったよ。僕はそろそろ行くことにする」


 ファルコは欲し肉の入った小袋をニュクスへ向けてほうった。


「君にあげるよ。宿にはまだ作り置きがあるから」

「そういうことなら遠慮なく」

「ソレイユ様にもよろしく言っておいてくれ」


 笑顔で手を振ると、ファルコは軽快な足取りで往来の雑踏ざっとうへと消えていった。

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