第32話 遭遇

「鍵なんてかけて、用心深いことで」


 ニュクスは屋敷の東端にある、元は書庫だったと思われる部屋を訪れていた。

 内側から鍵が掛かっていたので、無理やり蹴り破った形だ。

 書庫といっても書物の類は全て処分されているようで、中身のない空っぽの本棚だらけの、非常に殺風景な空間となっている。当然、囚われの女性達の姿はない。


「ここにも死体か」


 部屋の片隅では盗賊らしき男が息絶えており、腹部のあなから滴り落ちた血の赤で、殺風景な空間に申し訳程度のいろどりを与えていた。

 状況から察するに、何者かの攻撃を受けて負傷した盗賊が命からがら書庫へと逃げ込み施錠せじょう、結局そのまま息絶えてしまったのだろう。


 書庫にはこれ以上何もなさそうなので、ニュクスは次の部屋へと向かうことにした。


「ホールか」


 ニュクスの目の前にあるのは一際大きな両開きの扉。近くにキッチンがあることは確認済みなので、おそらくはパーティー用のホールだろう。

 両開きの扉を押し開けると、朽ちた木材の臭いがニュクスの鼻をついた。コートの袖で鼻を覆いつつ、ニュクスはホール内へと一歩踏み出したが、


 ――こいつか。


 不意に右側面から迫った槍による刺突を、ニュクスは咄嗟とっさにバックステップで回避する。

 明確な殺意と高い技量から繰り出された一撃。並の人間なら初撃で死んでいるところだ。盗賊たちを殺したのはこの槍使いだとニュクスは確信した。

 わざわざ相手に有利な広い空間で戦う必要は無いと判断し、ニュクスは二刀のククリナイフを抜きつつ廊下へと後退。

 ククリナイフを得物とするニュクスは、リーチの問題で槍使いとの相性が悪い。ホールに比べると相手が槍のリーチを生かしにくい廊下で戦うことが今は最良だ。


 ――そこだ。


 槍使いがホールから飛び出して来た瞬間を狙って、ニュクスはコートに忍ばせていたダガーナイフを二本抜き放ったが、胸を狙った一本は硬質な槍の柄に弾き飛ばされ、頭部を狙ったもう一本は最小限の首の動きで回避されてしまった。

 瞬発力だけで反応出来るタイミングではない。ニュクスのコートは仕込んだ武器の分重くなっており、見た目に比べてすそなびきが鈍い。その違和感に気付いていた槍使いは、仕込み武器の襲来をあらかじめ予測していたのだ。

 暗殺者であるニュクスの戦闘スタイルは不意打ちが基本。正面きっての戦闘でも、仕込み武器で相手の動揺を誘い、その隙をついて攻め立てるのが必勝パターンなのだが、この槍使い相手ではこの手の戦術は通用しないだろう。


 焦りは無いが、面倒な相手だなとニュクスは思う。

 戦闘能力はもちろんのこと、観察力や判断力、胆力たんりょくといった戦いに必要なあらゆる要素が、鋭い槍頭やりがしらの如く研ぎ澄まされている。実戦経験豊富な手練れの槍兵。十中八九、相手は戦場で生きてきたタイプの人間だ。

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