第31話 思わぬ光景

「こんなところに屋敷があるとはな」

「廃墟となった貴族や商人の屋敷が、ぞくのアジトして使われるケースは多いですからね。前回の領主会議でも問題に上がっていました」


 敗走した盗賊を追って一行が到着したのは、グロワール郊外に位置する主亡き洋館であった。

 元はとある貴族の別荘として使われていた屋敷だが、十数年前に系譜けいふが途絶えて以降、管理する者もおらずにそのまま放置されていた。周辺には臣下用の宿舎や納屋、馬小屋なども残されており、古びているとはいえ、拠点としては十分すぎる設備を有している。

 

「お嬢さんたちはここで待っていてくれ。どうせ大した戦力は残っていない。わざわざ大勢で押し掛ける必要も無いだろう」

「珍しくやる気ですね」

「俺が行くのが一番無難かなと思っただけだ。お嬢さんの手をわずらわせる程のことじゃないし、眼鏡っ娘は……うん、中にアダルトな光景が広がっていないとも限らないからな」


 盗賊たちがさらってきた女性を紳士的に扱っているとは思えない。13歳の少女には刺激が強すぎる光景を危惧きぐした、ニュクスなりの配慮だ。


「確かにリスには刺激が強すぎるかもしれませんね。よいでしょう、私はリスと一緒にここで待つことにします」

「刺激?」


 あなたはまだ知らなくてもいいのよと言わんばかりに、ソレイユは小首を傾げるイリスの頭に優しく手を乗せた。さながら姉と妹のようだ。


「わたしも付き合うよ。女性達を救出するなら、同性がいた方がいいと思うんだ」

「それもそうだな。よろしく頼むよ、弓使い殿」


 ウーが名乗りを上げたのは、ニュクスに単独行動させないための監視としての意味合いが強いが、口にした理由もまた本心であり、囚われの女性達をこの手で救い出したという気持ちはとても強かった。


「さてと、それじゃあ行くとするか」

「そうだね」

「二人とも、よろしくお願いします」


 屋敷の中へと立ち入るウーとニュクスの背中を、ソレイユは信頼の眼差しで見送った。




「どういうことだと思う?」


 屋敷に踏み入るなり視界に飛び込んできた思わぬ光景に、ウーは疑念に目を細めた。

 エントランスには、盗賊とおぼしき三人の男の死体が転がっていた。死体にはまだ体温が残っており、血も乾いていない。死亡してからまだ間もないようだ。


自暴自棄じぼうじきになってやけ酒したら、三人仲良く、誤って階段を踏み外したってのはどうだ?」

「面白い推理だね。階段から落ちた衝撃で胸や首に穴が空き、首筋がぱっくりと裂けましたと」


 盗賊たちの死体には明らかな外傷が見て取れた。一人は心臓部に風穴が空いた状態で仰向けに倒れ、一人は刃物で首を裂かれ状態で階段に伏し、一人は首を穿うがたれた姿で壁に背中を預けている。


「冗談はここまでにするとして、こいつらが何者かに殺されたことは間違いないな。頭目を失って盗賊団は壊滅状態、アジトに残された金品を巡って仲間割れでもしたか、好機とみた商売敵の別の盗賊が殴り込みでもかけてきたか。大方そんなところだろ」

「どちらにせよ、穏やかな話じゃないね」


 警戒心を強め、ウーは何時でも戦闘に移れるように弓へ手をかけた。


「それなりに広いお屋敷のようだし、手分けして探索したほうがよさそうだね。わたしは西側を見てくるから、君は東側をお願い」

「一人で大丈夫か?」

「一人じゃ寂しい?」


 ウーはあざとい声でそう返した。余計な心配だったようだ。


「一応、聞いてみただけだよ。まったく、お嬢さんといい弓使い殿といい、ルミエールの女はくせが強い」

「クラージュは、わたしのそういうところに惚れてくれたんだよね」

「ここで惚気のろけるとは恐れ入る」


 後でクラージュをひやかしてやろう(とばっちり)と心に決め、ニュクスは屋敷の東側へ通じる廊下の方を向いた。


「探索が終わったらこのエントランスに集合しよう。地下室がある可能性もあるから、探索は念入りにね」

「安心してくれ。仕事柄、探索は得意な方だ」


 別れ際にウーに短く手を振り、ニュクスは屋敷の東側へ早足で向かった。

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