第29話 待ち伏せ

 ルミエール領を発って2日。

 一行は今日中にはグロワールの街へ到着する予定だったのだが……


「治安が悪化し、野盗が活気づいていると噂には聞いていましたが、想像以上ですね」


 ソレイユ、ニュクス、リス、ウーの四人は、大都市グロワール近郊の平原で、大勢の盗賊と遭遇していた。

 

 何故このような事態になってしまったのかというと、全てはグロワールへと続く街道に差し掛かった際に、危機を知らせる男女の悲鳴を耳にしたことから始まる。

 何事かと思いソレイユたちが現場へ駆けつけると、旅行者の乗った馬車が、騎馬を駆る十人の盗賊によって襲撃されていた。単独で護衛していたと思われる若い傭兵はすでに斬り殺された後。多勢たぜい無勢ぶぜいだったようだ。

 リスが魔術で牽制けんせいしたことで盗賊はひるみ、それ以上の犠牲者は出さずに済んだが、盗賊は無理やり旅行者から荷物を奪い取りその場から逃走。このままにはしておけないと、旅行者の護衛にクラージュ(見るからに堅牢けんろうな重騎士が、護衛として一番安心感を与えるだろうという判断)を残し、ソレイユ、ニュクス、リス、ウーの四人で盗賊を追跡。この平原までやって来たのだが、どうやら報告を受けた盗賊の仲間が待ち伏せしていたらしく、約30名の大所帯でのお出迎えとなった次第だ。


 以上が、現在の状況に至るまでの経緯である。


「稼ぎの邪魔をしてくれたというからどんな連中かと思いきや、ガキが一人に女が二人、人も殺せなそうな優男が一人。たったの四人かよ」


 頭に真っ赤なバンダナを巻いた頭目とうもくらしき筋肉質な男の発言を、ニュクスは笑いをこらえながら聞いていた。人も殺せなそうな優男とはあまりにも見る目が無い。親切心から、人を見かけで判断してはいけないと忠告してやりたい気分だ。


かしら。よく見りゃ女二人、かなりの上玉ですぜ。あれはいい金になる」

「何なら俺らで回しちまいましょうぜ。あれだけの上玉、売るだけじゃ勿体ねえ」

「アジトに繋いでいるどの女よりも抱き心地が良さそうだ」


 などと言って手下たちは、め回すようにソレイユとウーの体つきを見定めた。

 ソレイユは堂々たるものだがウーは不快感を隠さず、「気持ち悪い」と呟きつつ、眉をしかめて肩を抱いている。愛する男が隣にいれば目の保養ほようになっただろうが、生憎あいにくとこの場にクラージュは不在だ。


 一方、唯一話題に上がっていないリスは、自分だけが女扱いされていないことに若干ご立腹のようである。


「……私も一応、レディなんですがね」

「眼鏡っ娘よ。今は女性扱いを求めるべき状況じゃないと思うぞ」


 現状、盗賊達が向けてくるのは下卑げびた性的な目なので、それを向けられないに越したことはないのではとニュクスは思う。もちろん、女心が複雑であることには理解を示すが。


「……何か、やばそうな奴もいるな」


 ソレイユとウーを見て舌なめずりしている盗賊が大半の中、一人だけリスの方を見て薄気味悪い笑みを浮かべている長身の盗賊がいる。どうやら、外見には幼さの目立つウーのことが好みらしい。


「どうしましたかニュクス?」

「いや、何でもない」


 リスは熱心な視線に気づいていないらしい。気付いていないのならその方が幸せだろうと、ニュクスはあえてその存在を指摘しなかった。


「一度だけ忠告します。盗品を返却し、大人しく投降とうこうするのであれば、手荒な真似はしないとお約束しましょう。重ねて言いますが、忠告は一度だけです」


 ソレイユだって盗賊たちが素直に忠告を聞くとは思っていない、あくまでも形式的にそう告げているだけだ。

 この一帯はオッフェンバックきょうが治めし領地。どんな場所であれ、盗賊をつ行為をとがめられはしないだろうが、余所者よそものである以上、ある程度は形式に則っておきたかった。


「強がっちゃって可愛いね。ああいう勇ましいお嬢ちゃんはいじめがいがある」

「いいんですね? 頭」

「男は殺せ、女は奪え! ガキは……欲しい奴がいれば勝手に持っていけ。アジトに戻ったら乱痴気らんちきだ!」

「流石は頭、話しが分かる」

「どっちの姉ちゃん貰おうかな」


 頭目の宣言を受けて盗賊たちの志気が一気に上がる。予想通りの展開ではあるが、清々しい程に忠告を気にしていない。


「あちらさんはやる気満々のようだけど、どうするお嬢さん?」

「忠告はしましたし、降りかかる火の粉は払わねばいけませんね」

「加減は?」

「無用です。相手は一線を越えた外道の集。返り討ちに遭う覚悟くらい、とうに出来ているでしょう」

「それを聞いて安心した。戦いってのは、加減する方が疲れるからな」


 騎馬から下りて景気づけに首を鳴らすと、ニュクスは腰に携帯していた二本のククリナイフを抜いた。


「ソレイユ様はリスちゃんとこの場でお待ちください。たかが盗賊ごとき、ソレイユ様がお相手なされる必要はないです」


 そう言ってウーは、騎乗したまま弓を構えた。

 ウーの装いは軽装で、黒いノースリーブのブラウスに銀色の胸当てを合わせ、両手には茶色い革製のグローブを装着。オリーブ色のショートパンツの下は生足で、足元はグローブと同色の革製のブーツを合わせている。防御力など端から捨て、動きやすさを何よりも重視したスタイルだ。

 手にする弓は複合弓(コンジット・ボウ)で、木製の弓に金属板や魔物の骨を張り合わせたオリジナルだ。一般的な弓より威力が格段に向上しており、ウーの技量も相まって非常に強力な武器に仕上がっている。

 

「臣下に任せて高見の見物というのは、私のしょうに合わないのだけど」

「これからグロワールの街でオッフェンバック卿にお会いになるのです。返り血塗れでおもむくわけにはいかないでしょう」

「あら、そこを心配してくれていたの?」

「乙女として、外見には気を遣わなくてはいけませんよ」


 笑顔でそう言うと、ウーはやる気満々のもう一人へと声をかける。


「君の実力を拝むいい機会だね」

「俺も、弓使い殿の技量をこの目で見たいと思っていたところだ」


 ルミエール領にいる間は結局、ニュクスとウーが共に任務へのぞむ機会は無かった。

 ここに至るまでの旅路でも、やはり武器を抜くような場面は無かったので、二人の正式な共闘はこれが初めてのこととなる。

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