第28話 太陽と夜

「イリス相手とはいえ、あなたがあのような約束をするとは、少し意外でした」


 馬をりながら、ソレイユは並走するニュクスへそう語り掛けた。

 内緒話のつもりなのだろう、クラージュとウーには少し距離を空けるように指示していた。ニュクスの背後には同乗者のリスがいるが、ソレイユの意をみ、音を遮断しょだんするシレンティウムという魔術を自身に施し、会話が聞こえないように配慮している。気が散るのを防ぐためだろうか? ローブのフードも目深にかぶっていた。

 一瞬だけ相手の耳から音を奪い、混乱を生じさせることがシレンティウムの本来の用途なのだが、使い方によっては、今回のように仲間のプライバシーに配慮することも出来る。


「果たしようのない約束なんてするべきじゃないと頭の中では分かっているのに、イリスの必死な姿を見たら、瞬間的にそのことが頭から消えてしまった。最低最悪の無責任だと猛省もうせいしてるよ」

「無責任なんかじゃありませんよ。あなたはイリスとの約束を絶対に守る、いや、守らざるおえなくなる」

「どういう意味だ?」

「今回の任務中に私の暗殺を決行するつもりだったのでしょう? それが成功すれば、とてもじゃないがルミエール領には二度足を踏み入れることが出来ない。だから、イリスにももう戻らないと告げていた。だけど大丈夫です、私は絶対にあなたには殺されませんから。無事に任務が終われば、当然あなたも一緒にルミエール領に戻ることになる。そうなれば、イリスとの約束は果たされます」

「イリスとの約束を守るために、暗殺は自重しろと?」

「そうは言っていません。契約は契約。何時いかなるタイミングで私の命を狙おうとそれはあなたの自由。私には、その全てを退ける自信があるというだけのことです。あなたの心がけなど関係無い。あなたは結果としてイリスとの約束を果たしてしまうだけです」

「大した自信だな。俺に殺されない自信があるから、俺とイリスの約束は果たされるときたか」

「言っておきますが、私に一度敗北したあなたには、私の自信を馬鹿にする資格は無いと思いますよ」

「馬鹿になんてしていないさ。ただ、お嬢さんらしいなと思っただけだよ。俺とは真逆であんたは何時だってまぶしい。さながら太陽のようにな」

「太陽ですか。悪い気はしませんね」


 ソレイユが年頃の女性らしい、とてもキュートの笑顔を見せた。太陽という表現がお気に召したようだ。


 自信という名の輝きに満ちあふれた太陽。

 領民たちを優しく包み込む温かな太陽。

 外敵を容赦ようしゃなく焼き払わんとする猛々たけだけしい太陽。


 ソレイユ・ルミエールという存在は、多面的な意味で太陽そのものなのだ。


「真逆と言いましたが、私が太陽ならあなたは?」

「俺か?」


 意地悪な笑みを浮かべて、ニュクスは皮肉交じりに自分を評する。


「夜かな。太陽を飲み込むのはいつだって、夜の訪れを知らせる闇だろう。俺とお嬢さんの関係性そのものだとは思わないか?」

「思いませんね」


 ソレイユのあまりの即答振りに、ニュクスは思わず面食らってしまう。少しくらい困った顔をしてくれたら可愛げがあるのにと、太陽に文句を言ってやりたくなる。


「夜が訪れようとも太陽は消滅するわけではない。夜が終わればまた日は昇る、日が沈めば夜の闇が世界を覆う。今日こんにちに至るまで、世界はその流れを繰り返してきた。明日も明後日もその先も、きっと世界はそうやって回っていく。太陽と夜は相反する存在ではない。あえて言うならばそう、太陽と夜とは良き隣人ですよ」

「良き隣人ね。俺とお嬢さんが?」


 有り得ないと言わんばかりに、ニュクスは鼻で笑った。

 暗殺者と標的が良き隣人同士だとしたら、それは何とも滑稽こっけいな話だ。


「少なくとも、今の私達は二人肩を並べて馬を駆っていますよ」

「隣人って、物理的なことかよ」


 口でこのお嬢さんに勝つのは当分無理そうだと、ニュクスは諦めの溜息を漏らした。


「あなたの力、頼りにしていますよ」

「前に言った通りだ。お嬢さんを殺すのは俺の役目。お嬢さんを殺そうとする奴がいれば、そいつら全員、俺が殺してやるよ」

「最高の返事です。とてもスリリングな旅路になりそうですね」

「言ってろ」


 皮肉の応酬のはずなのに、二人の笑顔は何時になく晴れやかであった。




 かくして、戦士たちはルミエール領を旅立った。


 目的地はアルカンシエル王都――サントル。到着は10日後を予定している。

 王都サントルまでの道程に、危険はほとんど存在しない。王都を含めた都市部は地方に比べて魔物の出現数が少ないが、対する北部のルミエール領は魔物の頻出地域。すなわち、王都へ向けて南下するに従い、魔物と遭遇する機会は減っていくことになるのだ。

 無論、魔物の動きが活発化している影響で、生息域や個体数に変化が生じている可能性は否めないが、ルミエール領出身である猛者もさたちにとって、それらは旅路の障害にはなり得ない。


 王都までの旅路に、大きな危険など存在しないはずだった。




 しかし、この時はまだ誰も想像していなかった。

 安全だとばかり思われていた都市部でさえも、すでに安息の地たり得ないのだと。

 宣戦布告以降、沈黙を続けていたアマルティア教団。 

 静寂せいじゃくは、嵐の前の静けさでしかなかったのだ。


 大都市グロワールを襲った災厄さいやくを、人々は後にこう呼んだ。


 竜による襲撃――竜撃りゅうげきと。

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