第19話 親しい人

「皆が彼の存在を不安視する気持ちも分かるけど、私やクラージュも一緒だから大丈夫だよ。ねえ、クラージュ」

「客人の動向は我々が責任をもって監視すると約束しよう。まさか、私達では役不足だとは言うまい?」

「二人がこう言っているんだ。信じて送りだしてやるのも、仲間としての大事な務めだと僕は思うよ」


 ウーとクラージュの説得、カメリアの後押しを受け、それまで不満気だった者達も一応は納得してくれたようだ。

 皆からの信頼の厚いクラージュはもちろん、ウーが宣言したことが何よりも重要だった。王都から帰還したばかりのウーはニュクスとの面識が少なく情に流されることは無い。不安視していた者たちも、ニュクスの動向を見極めるための目としてウーは適任だと判断したのだろう。


 皆の不満を和らげる。これもソレイユがウーを同行者に選んだ理由の一つであった。


「ソレイユ様、私も連れていってください。私も力になりたいです」


 身を乗り出してそう主張したのはゼナイドであった。

 ソレイユ達と共に領の防衛にあたっていた連携の取りやすい臣下。その条件にはゼナイドとカジミールも当てはまる。主君への恩義を強く感じるゼナイドが、ソレイユの力になりたいと声高に主張するのは当然のことであった。

 隣に座るカジミールは腕を組んでどっしりと構えている。あえて口は挟まないが、カジミールは自分達が同行者に選ばれなかった理由にすでに見当がついていた。


「ありがとうゼナイド。本当は私も、あなたとカジミールにも一緒に来てもらいたかったのだけど、領のことを考えた場合、あなた達二人にはここに残ってもらった方が良いと判断したの。今後の動静どうせいによっては、他の領とも綿密な連携を図る必要が出てくる。連携を円滑に進めるためにも、応援としてロゼ領に出向していたあなたたちの存在は、重要な意味を持ってくるはずだから」

「……申し訳ありません。お考えあってのご判断でしたのに」


 思慮が足りずに感情的になってしまった自分をゼナイドは恥じた。

 そんなゼナイドを叱責しっせきすることはなく、ソレイユは微笑みを浮かべてゼナイドの肩に優しく触れる。


「ゼナイド。留守は任せましたよ」

「もちろんです。全力を持って領の防衛に務めます」

「カジミールもお願いしますね」

「承知しました」


 多くは語らず、カジミールは力強く頷いた。戦闘能力はもちろんのこと、ぶれない心こそがカジミールの最大の強みだ。


「近日中にはルミエール領を発ちます。各自、いつでも出立出来るように準備を整えておいてください。アマルティア教団と対峙する以上、とても危険な任務となることでしょう。装備品の確認はもちろんですが、後悔の無いよう、親しい人物ともしっかりとお話しをしておいてください。もちろん、誰も死なせるつもりはありませんがね」


 慈愛と自信に満ち溢れたソレイユの言葉によって、この日の会議は締めくくられた。


 ――親しい人としっかりと話しておくようにか。


 ニュクスの頭に真っ先に浮かんだのは、宿で待っているイリスの顔だった。




 会議を終え、数名の騎士がお屋敷のエントランスへ集まっていた。顔ぶれはクラージュ、カジミール、ゼナイド、カメリアの4名だ。ここにウーも加わればお馴染みの5人となるのだが、ウーはメイドのソールと約束があるらしく、この場には同席していなかった。


「カメリア殿。さっきは助かったよ」


 ソレイユがニュクスを連れていくと告げ、会議室内が騒めき立った時、真っ先に場をしずめてくれたのはカメリアだった。例えあの場にカメリアがいなかったとしても、クラージュやカジミールが場を鎮めていただろうが、他の者と同じ帰還組であるカメリアが真っ先に発言してくれたおかげで、混乱はより早く収まった。恐らくカメリアは、そこまで考えた上で意見してくれたのだろう。


「礼には及ばないよ。実際のところ、不安を口にする気持ちも分からなくはないんだけどね。皆の発言も、ソレイユ様の身を案じるが故のものだから」

「そういうカメリアくんは、ニュクスくんのことをどう思っているの?」


 興味本位でゼナイドが尋ねた。

 帰還したばかりの者の目から見た、ニュクスという存在の評価はとても気になる。


「面白い人材だと思うよ。僕自身はまだ彼とはほとんど話をしたことが無いけど、ソールも悪い感情は持っていないようだし、現状そこまで悪い印象は持っていないかな」

「基準がソールちゃんというあたりが、何ともあなたらしいわね」

「妹は僕の全てだからね」

「よっ! シスコン」

「ははは、照れるな」


 普通なら否定するなり怒るなりするところだろうが、何よりも妹を大事にしているカメリアにとってそれは最高の褒め言葉だった。そのことを承知で「シスコン」と口にしているので、ゼナイドも決して悪口のつもりで言っているわけではない。

 

「それにしても、剣術や気概きがいはもちろんのこと、有用な人材なら出自を問わずに登用するふところの深さといい、ソレイユ様もだんだんとフォルス様に似てきたね。まだ17歳の少女であるということを、時々忘れてしまいそうになるよ」

「俺も同感だ。ソレイユ様が将来どのような君主へと成長なされるのか、今からとても楽しみだよ。その成長を近くで見守り続けたいと、素直にそう思う」

「成長を見守りたいか。カジミール兄さんも歳を取ったな」

「本当にね。私やカメリアくんと同い年のはずなのに、達観しているというか何というか」

「カメリアはともかく、ゼナイドはもう少し落ち着きを覚えたらどうだ」

「だそうだよ。ゼナイド」

「反論できないのが悔しいところね」

「素直でよろしい」


 久しぶりに顔馴染み4人で過ごす空気感が心地よく、全員がとても穏やかな顔で笑っていた。

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