第17話 意志

「う~ん」

「ん?」


 ウーは小首を傾げながら、観察するかのようにニュクスの周りを一周した。

 何事かと思いながらも、ニュクスは特に嫌な顔はせずに流れに身を任せる。


「君そうとう強いね。流石はソレイユ様のお命を狙った男ってところかな」


 あまりにも直球すぎるウーからの言葉に、ニュクスは一切表情を変えないが、成り行きを見守っていたクラージュの方が、驚きのあまり目を丸くしてしまった。


「ウー、流石に直球すぎで――」


 口を挟もうとしたクラージュに手をかざし、ウーは無言で制する。

 考えあってのことなのだろうと婚約者を信じ、クラージュはその場は閉口することにした。


所詮しょせんは返り討ちにあった哀れなぞくだよ。結果だけを見るなら、俺は強者とは対極にいる」

謙遜けんそんはよくないな。少なくとも君は、自分のことを弱い人間とは思っていないはずだよ」


 ニュクスの顔を真正面から見つめ、ウーは悪意を微塵も感じさせない可愛らしい笑みを浮かべている。言葉と表情のミスマッチさには、居心地悪さを感じずにはいられない。


「弓使い殿は、意外と疑り深い性格のようだ」

「ごめんごめん、不快な思いをさせるつもりは無かったの。君を危険視している人間は多いけど、少なくともわたしは、君に敵意を持ってはいないよ。ソレイユ様やフォルス様が君を許しているのなら、わたしに君を憎む理由はないから。意地悪な言い方だったかもしれないけど、さっきの言葉は純粋に君の力量に興味があっただけ。これから一緒に戦っていく人だもの。強い人の方がいいじゃない」

「俺の力量なら直に分かるさ。ルミエール領には連日魔物が出ずっぱりだからな」

「それもそうだね」


 納得した様子で、ウーはニュクスの肩に優しく二度触れた。

 気さくにボディタッチをしてくるのは素なのか、あるいは油断を誘うための芝居なのか。


「そうだ。一つだけ言い忘れてたことがあった」


 瞬間、ウーの表情から笑顔が消え、標的を射殺いころさんとする、射手としての鋭い眼光をニュクスへと向けた。


「わたしには主君の命令とは別に、絶対順守の行動原理があるんだ。わたしの意志はクラージュの意志だから、クラージュが君を敵だと判断した時は覚悟しておいてね」


 狙いは絶対に外さないという自らの技量を誇示するかの如く、ウーは右手の人差し指でニュクスの心臓の位置にそっと触れた。


「仲良くしようね」


 終わりよければ全て良しと言わんばかりに、ウーは明るい声色でそう締めくくった。

 顔に浮かべる笑みは作り笑いには見えない。少なくとも演技ではないのだろう。


「クラージュ、修練場の方に行こうよ。久しぶりにクラージュの斧裁きが見たい」

「分かった。斧と盾を用意してくるから、先に修練場の方で待っていてくれ」

「はーい」


 親に応える幼子のような口調で、ウーは一足先にその場を後にした。


「気を悪くしないでくれ。ウーにも悪気があったわけじゃない」

「別に気にしてないよ。むしろ退屈な日常に刺激をもたらしてくれて、感謝しているくらいだ」

「相変わらずの減らず口だな。気を回して損したよ」


 苦笑しつつ、クラージュもその場を去ろうとベンチから立ち上がった。


「客人はこの後は?」

「このまま宿に戻るよ。イリスと約束があってな」

「そうか」

「なあ騎士様」

「何だ?」

「あんたと婚約者の弓使い殿、けっこうお似合いだと思うぜ」

「よく言われる」


 どことなく嬉しそうに答えながら、クラージュも庭園を後にした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る