第16話 弓騎士

「その様子だと、おとがめは無かったようだな」

「騎士様か」


 屋敷内の庭園のベンチから空を見上げていたニュクスの隣に、クラージュが腰を下ろす。

 会食は少し前に終了し、仕事のある者以外はその場で解散となった。数カ月ぶりの我が家へと帰っていった者も多いので、一転、屋敷内は静かなものであった。


「この通り五体満足だよ。とりあえずこれからもよろしくな」

「これからは屋敷に人も増える。余計な衝突を避けるためにも、少し軽口は控えてみたらどうだ? ただでさえ周りからの印象は最悪なのだから」

「心配してくれるなんてお優しいじゃないか。前はあんなにつんけんしてたのに」

「私個人の感情としては複雑なところだが、この一カ月程の間に客人が存在感を発揮したのは事実だ。つまらんトラブルでこの土地を去るようなことになれば、宿屋のイリスや町の子供達が悲しむぞ」

「イリス達を悲しませるのは、確かに嫌だな」

「身の振り方はよく考えておけ。どのような形でこの土地を去ることになろうとも、子供達だけは絶対に悲しませるな」


 ニュクスはその言葉に、すぐさま返答することが出来なかった。

 ソレイユを殺すか、返り討ちにって自分が殺されるか。ニュクスの迎える結末にはこの二択しか存在しない。子供達を悲しませない未来など、そもそも用意できるはずもないのだ。

 意地の悪い言い方だったのは承知しているのだろう。ニュクスから返答が無くとも、クラージュはそれ以上は何も言わなかった。


「あっ! こんなところにいた」


 唐突に響いた、張りつめた空気を切り裂く陽気な女性の声。

 何事かと思い、二人揃って庭園の入り口へと視線を向けると、クラージュの婚約者のウー・スプランディッドが、不満気に頬を膨らませて駆け寄って来た。


「会食が終わった途端に消えちゃうなんて酷いよ。久しぶりに会えた婚約者が恋しく無いの?」

「少し出てくると、一言断っただろう」

「聞いてない」

「間違いなく言ったぞ。お前が聞いていなかっただけじゃないのか?」

「そんなわけ……あっ、そういえばリスちゃんと話してた時にクラージュから何か言われたような」

「その時で間違いなさそうだな」

「……ごめんなさい」

「分かればいい」


 目に見えてしょぼくれたウーの頭を、クラージュが優しく撫でる。

 ニュクスは完全に置いてけぼりだが、普段の堅物の印象からは想像もつかない甘々のクラージュの姿が珍しく、興味深そうに成り行きを見守っていた。


 そんなニュクスの生暖かい視線にクラージュも気づいたようで、


「……騒がせてすまんな」

「俺のことは気にせず、そのままイチャついててもいいんだぜ」

「冗談はよしてく――」

「お許しも出たし、キスでもしちゃう?」

「婚約者さんもノリノリのようで。お熱くて羨ましいね」

「よし、二人ともいますぐ黙れ」

「きゃあ~怖い」

「お~怖い怖い」


 ウーとニュクスの二人は同時に、肩を抱いて震えるというオーバーリアクションを見せた。


「ほぼ初対面のはずなのに、何故そこまで息がピッタリなんだ」


 思わぬシンクロ? にクラージュが呆れ半分に苦笑いを浮かべた。

 カジミールが通りかかって咄嗟にフォローでもしてくれないかと、クラージュは割と本気でそう思う。


「そういえば、自己紹介がまだだったよね。わたしはウー・スプランディッド。ルミエール家に仕える弓騎士にして、クラージュの婚約者だよ」

「ニュクスだ。事情は承知しているだろうけど、お嬢さんの勧めもあって、絵描き兼戦力として働かせてもらっている」

「これからよろしくね」

「こちらこそよろしく。弓使い殿」

「変わった呼び方をするんだね」

「気に障ったなら謝るが?」

「ううん。むしろ新鮮で面白いかも。わたしは別に気にしないから、好きなように呼んで」

「話が早くて助かるよ」


 明るく社交的で、相手と呼吸を合わせるのが上手なタイプ。それがニュクスがウーに持った第一印象だ。世間一般には好感をもたれるタイプだろうが、自分のような後ろめたさの多い人間には、少し疲れるテンションだなとニュクスは思った。

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