第14話 父と娘

「ニュクスと何を話されていたのですか?」

「大したことはない。娘が世話になっていると礼を述べたまでだ」


 ニュクスが去ってから程なくして、フォルスの執務室しつむしつにはソレイユの姿があった。

 人目が無いため、堅苦しさのない親子同士の距離感で会話が進んでいく。


「本当ですか?」

「本当だ……少しだけ脅しはかけたが」


 気まずそうに苦笑いを浮かべるフォルスを見て、ソレイユはまったくと言わんばかりに溜息をついた。


「ニュクスの反応は?」

「内心はどうあれ、目に見えた動揺はほとんど無かったよ。この私から殺意を向けられたというのに、あの若さで大したものだ。まだ彼の戦いぶりを拝見したことはないが、あの度胸といい佇まいといい、手練れであることは十分に伝わって来た。彼を戦力として欲したお前の気持ちがよく分かるよ」

「あれ程の逸材、ぞくと切り捨てるには惜しいですから」

「危険性を度外視してでもか?」


 娘の意志を尊重するという考えは変わらないが、親心からフォルスは問う。


「戦力強化の方が重要だと考えました。身の危険に関しては、大したリスクだとは思っていません」

「もしもの場合は返り討ちにすればよいと?」

「はい。ですが、願わくばその時が来ないことを祈るばかりです。戦力としても、子供達に笑顔を与える優しい絵描きのお兄さんとしても、彼を失いたくはありませんから」

「お前が決めたことだ。彼の処遇について私はとやかく言わない。だが、親心として一つだけ忠告させてくれ」

「忠告ですか?」

「その時が来たら迷うな」


 その時というのが、ニュクスが再び牙をいた時であることは言うまでもない。

 行動で示すかのように、ソレイユの返答は早かった。


「私は重大な局面で判断を誤る愚か者ではありません。剣聖けんせい・フォルス・ルミエールの娘ですから」

「余計な心配だったな」


 娘の成長を喜ぶかのように、フォルスは一人の父親としてとても穏やかな笑みを浮かべている。

 昔から家族を大事にする人ではあったが、言葉の節々には戦士としての剛健ごうけんさを感じることが多かった。そんな父の言葉も、今では剛健さよりも優しさを感じることの方が多くなった。父としてのフォルス・ルミエールはもちろん好きだが、戦士としてのフォルス・ルミエールが遠くなっていくようで、ソレイユはどこか寂しさに似た感情を抱いていた。


「……ウルズ小父おじ様は、まだ発見されないのですか?」


 ニュクスに関する話が一段落ついたところで、ソレイユは皆の前では口に出せなかった、親子にとって大切な人の名を口にする。


「アマルティア教団が撤退して間もなく、生存者捜索のための部隊が送り込まれたが、新たに確認された生存者は極わずか。人の形を成していない者も多く、犠牲者の中から個人を特定するのは困難な状況だ。現状、ウルズたち『熱砂ねっさ赤銅しゃくどう騎士団』は消息不明という扱いになっているが、それは決して生存の希望を抱く言葉とはなり得ぬだろう」

「覚悟はしていましたが、実際に言葉として聞くととても重いです……」


 ソレイユは唇を噛みしめ、涙を堪えるかのように目を伏せた。

 これまでは気丈に振る舞っていたが、父親の前では感情を隠せはしなかった。


「死は決して美徳びとくではないが、最後まで戦場で騎士としての矜持きょうじを貫き通したあいつのことを、私は友として誇りに思うよ……戦場に生きる者として、いつかこのような形の別れが訪れると覚悟していたが……やはり辛いものだな」


 フォルスは沈痛な面持ちで目を伏せると、感情を抑えきれず震えているソレイユの体を優しく抱き寄せた。フォルスのシャツの胸元は、ソレイユの涙に濡れていた。

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