第13話 フォルス・ルミエール
「掛けたまえ」
「失礼します」
会食後。ニュクスは領主用の
ニュクスと向かい合うフォルスは、人の良さそうな笑みを浮かべて執務机の上で両手を組んでいる。その表情はニュクスへ契約を持ち掛けてきた時の、ソレイユの笑顔の仮面とよく似ている。
「娘が世話になったようだね」
「私を処分されますか?」
「その気があるなら早々に手を打っている。それをしなかったのは君を戦力として迎え入れたいという娘の意志を
領主たるフォルスの権限は当然ながらソレイユよりも上。
例えばフォルスが命令を記した書状を一通送れば、内心はどうあれクラージュら臣下は
「娘の命が狙われたというのに、
こんなことを言えた立場ではないが、フォルスの真意を確かめるため、ニュクスはあえて挑発的にそう言った。
「結果として娘は健在で、条件付きではあるが暗殺者である君を領の戦力として迎え入れた。その実力を持って君という剣を手に入れたわけだ。私が君に処分を下さないのは寛大さではない。言うなればこれは、戦士としてのソレイユに対する敬意の表れだよ」
「理由は理解しました。ですが、一つだけ訂正してもよろしいですか?」
「君は物怖じしないのだな」
続きを
「お嬢さんがご健在なのは結果ではありません。今はまだ過程です」
「そういえば、それが君とソレイユの契約だったな。君の言う通り、確かに今はまだ過程だ」
ニュクスがソレイユに力を貸す条件はいつでも彼女の命を狙えること。ニュクスが暗殺を継続する以上、先の衝突はあくまでも序章に過ぎない。
「父親の目の前で暗殺継続を宣言するか。本心はどうあれ、普通は改心した振りでもして取り
「下手な芝居をしたところでお見通しでしょう。大根役者よりも、馬鹿正直な愚か者の方がマシかと思いまして」
「面白い男だ。正直者は嫌いではないよ」
本心からそう言っているのだろう。フォルスは素の豪快な笑い声を上げていた。
自分なりにニュクスという人間に対する見極めを終えたのだろう。フォルスはゆっくりと立ち上がり杖をつくと、ニュクスの隣に移動しその顔を見下ろした。
「私の方からは以上だ。呼びつけてすまなかったね」
「本当に私は、これまで通りにしていてよろしいのですね?」
「うむ。重ねて言うが、現状、私には君に処分を下す考えはない。騎士団の者達にも、独断で早まった真似はせぬように言いつけておこう」
「不安はないのですか?」
「無い。君もその身をもって体験しているだろうが、あの子は強い。私を含め、歴代のルミエールの
「アルジャンテさえも?」
「少なくとも、私を越える日はそう遠くはないだろう。あるいはその先に、
親馬鹿でこのようなことを言うタイプではない。
「もしも、私がお嬢さんの暗殺を果たしたなら?」
「ありえない話だが……その時は私直々に、君の首を刈り取ることを約束しよう」
「……承知しました」
心臓を抉りとるような鋭い殺意。平静を装っていたニュクスの頬にも、微かな冷や汗が伝った。
「それでは、私はこれで失礼します」
「おっと、一つ言い忘れたことがあった」
フォルスに呼び止められ、ニュクスはドアノブに触れたまま振り返る。
「そういえば君は、町の子供達に絵を見せたり、絵画教室を開いたりしているそうだな」
「問題でしたか?」
「問題なんてとんでもない。ルミエールは地方故に都心部に比べると娯楽に乏しいからね。子供達の笑顔が増えることはとても嬉しい。領主として礼を言わせてもらうよ」
先程の殺気が嘘のような、穏やかな領主としての顔をフォルスはニュクスへ向けた。
戦士としての顔と慈愛に満ちた君主としての表情のギャップが激しいところも、流石は親子といったところだ。
どちらも素の顔であるからこそ、受け取る側は
「勿体なきお言葉です」
真顔でそう返し、ニュクスは執務室を後にした。
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