第12話 緊張

 パーティーホールでは立食形式の会食が行われていた。

 長らく王都へ出向していた騎士達を労い、故郷ルミエール領の素材や味つけを意識した料理が多く並んでいる。ソールたち調理担当が前日から仕込んでいた力作ぞろいだ。


 ――覚悟はしていたが、流石に注目の的だな。


 ホールの片隅でサンドイッチを口にしながら、ニュクスはそんなことを思う。

 誰も言葉には出さぬが、帰還したばかりの騎士のほとんどから、疑念らしき視線がニュクスに注がれている。

 例外的に、執事長と何やら談笑しているドラクロワ団長や、久しぶりに再会したリスの頭を笑顔ででているウーは、ニュクスのことはあまり気にしていないようだ。

 この数週間で屋敷内の人間からは多少は心を開かれるようになったが、帰還したばかりの者達にとってニュクスは、領主の娘であるソレイユの命を狙ったぞくとしか映っていないのだろう。帰還を祝う席で波風立てるわけにもいかず、とりあえずは意識を向けるだけに留めているといったところか。

 もちろんニュクスは周りからの視線など大して気にしてない。暗殺者など後ろめたさのかたまりのような存在。今更、嫌悪感や不快感を抱かれたところで何とも思わない。


 むしろニュクスは気にされないことの方に不気味さを感じていた。その最たるは領主であるフォルス・ルミエールだ。

 フォルスは屋敷に帰還以後、一度もニュクスの方を見ていない。今だってソレイユと共に留守を預かっていたカジミールらを激励げきれいするばかりで、やはりニュクスの方へは意識を向けていない。表面上取りつくろっているだけにしても、娘の命を狙われてここまで冷静でいるのも不自然だ。ソレイユの言うように聡明で理解のある人物だとしても、現状この静けさが不気味でならない。


 そんなニュクスの心中を察したかどうかは定かでないが、不意に、カジミールとの会話を終えたフォルスとニュクスの目が合った。


「やあ。君は確か、絵師として招かれたお客様だったね。ソレイユから事情は聞いているよ」


 瞬間、ホール内に緊張が走った。

 暗殺者としてソレイユの命を狙ったニュクスと、娘の命を狙われたフォルスとの初めての接触。

 流石にこの場で争いごとにはならないだろうが、その場にいたほとんどの者が食事の手を止め、二人のやり取りを注視していた。

 マイペースに食事を続けているのは好物のシフォンケーキを頬張っているリスくらいのもの。ソレイユも落ち着いた様子で紅茶をすすっているが、意識はしっかりと二人の方を向いている。


「ニュクスと申します。剣聖けんせいうたわれたフォルス・ルミエールきょうとお会い出来、光栄の至りにございます」

「何もそんなに固くなる必要はない。領主の前だからと遠慮せずに、普段通りの口調で接してもらってもけっこうだ」

不躾ぶしつけな私でも、節度くらいは守ります」

「今の言葉は紛れもない私の本心なのだが。まあ良い、私が許しても周りの者が快く思わぬかもしれぬしな」


 愉快そうにも、威圧的にも見える絶妙な笑顔をフォルスはニュクスへ向ける。

 この程度で気圧けおされるニュクスではないが、それでも確かな緊張感をその身に感じていた。下手な殺しの現場よりも、当たり障りのない会話をしている今この瞬間の方がよっぽど息苦しい。病で肉体が衰えようとも、少なくとも気迫という面では剣聖は健在だ。


「会食が終わったら私の部屋に来なさい。話したいことがある」

「一人でですか?」

「無論だ。男同士、一対一で語り合おうではない」

「分かりました。ではそのように」

「うむ。楽しみにしている」


 笑顔のままニュクスの肩に触れると、フォルスは何事もなかったかのように元いた位置へと戻り、団長のドラクロワと談笑を始めてしまった。


 ――こいつが、最後の晩餐ばんさんにならなければいいがね。


 二個目のサンドイッチを口にしつつ、ニュクスは苦笑いを浮かべる。

 ニュクスがふと顔を上げるとソレイユと目が合い、口パクで「ご健闘を」と告げられた。

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