第11話 帰還

 時刻は午後2時を少し過ぎた頃。

 領主フォルス・ルミエールを筆頭に、総勢21名の藍閃らんせん騎士団がお屋敷へと到着した。

 最初に、先頭の馬車から杖をついたフォルス・ルミエールが姿を現し、数カ月ぶりに故郷の大地を踏んだ。

 フォルスの姿を目にした出迎えの臣下達からは、領主の帰還に対する歓喜の声が上がる。


「長期に渡る参謀の大役、お疲れ様でした」

「ソレイユ。私が不在の間、よくぞルミエール領を守り抜いてくれた。領主代行の任、大義であったぞ」

「……少し痩せられましたね」


 先のアマルティア教団による国境襲撃の件もあり、激務が続いていたのだろう。病で衰えた父の体は、ソレイユの目には出立前よりも華奢きゃしゃに映っていた。


「そういうお前は一段と面構えが凛々しくなった。領主代行の経験がお前を成長させたのだと分かるよ。領主の座を譲る日も、そう遠くはないかもしれぬな」

「何をおっしゃいますか。父上はまだまだ現役でしょうに」

「そうだな。まだまだ若い者には負けぬよ」


 眼光鋭い勇将としてではなく、年頃の父親としての朗らかな笑みを浮かべ、フォルスはソレイユの肩に優しく触れた。


「……ウルズ小父おじ様の件は残念です」


 押し殺したような声で胸に顔を埋めてきたソレイユの頭を、フォルスは優しく撫でた。


「……その話は後でにしよう。帰還を喜ぶ臣下達の手前、主君たる私が意気消沈いきしょうちんしていては申し訳ないからな」

「承知しました」

「そういえば、大事な言葉を忘れていたな」


 娘を安心させるかのように、フォルスは温かみのある表情と声色でソレイユへ向かう。


「ただいま。ソレイユ」

「お帰りなさい」


 堅苦しさなど微塵みじんもない。父と娘の再会がここに果たされた。

 

 フォルスに続き、共に帰還した藍閃騎士団の面々も次々と馬車や騎馬から降り立っていく。

 身内や同僚の帰りを待ちわびていた者達が、それぞれ意中の相手との数カ月ぶりの再会を喜び、笑顔や涙を浮かべていた。

 

「お兄様。お帰りを心待ちにしていました」

「こうしてまたソールの顔が見れて、僕もとても嬉しいよ」


 勢いよく抱き付いてきたメイドのソールを、彼女と同じ朱色の髪を持つ青年騎士が優しく受け止めた。騎士の名はカメリア。ソールの実兄であり、藍閃騎士団の中心メンバーの一人だ。

 年齢はカジミールと同じ24歳。騎士団一とも評される高い身体能力の持ち主であり、ブロードソードを用いた高速戦闘を得意としている。


「ご無沙汰しております。ドラクロワ団長」

「ゼナイド。先のロゼ領での君とカジミールの活躍は王都にも届いていたぞ。私も団長として鼻が高いよ」

「ありがたきお言葉です」


 ゼナイドが深々と頭を下げる、白髪交じりの黒い短髪が印象的な壮年男性は、藍閃騎士団を束ねるレミー・ドラクロワ団長。フォルスとは20年来の付き合いであり、時に騎士団長として、時に一人の友人として、公私ともにフォルスを支える最側近と呼べる人物だ。


「……お帰り」

「それだけ?」


 クラージュは騎馬から降りた若い女性と、緊張した面持ちで向かい合っていた。

 女性の名はウー・スプランディッド。クラージュの婚約者であり年齢も彼と同じ20歳だ。

 茶色のロングヘアを一本の三つ編みにまとめたウーは、愛嬌のある大きな瞳で長身のクラージュの顔を上目遣いで見つめている。クラージュとは対照的に緊張している様子は見られず、主導権は完全に彼女が握っているようだ。


「他に何と言えばよいのだ?」

「ずっと会いたかった。愛してる! って言って抱きしめてもいいんだよ?」

「……流石に大勢の前ではな」

「二人っきりでならいいってこと?」

「……まあ、どうしてもというのなら」

「照れてる照れてる。クラージュは可愛いな」

「可愛いは止めてくれ」

「はいはい」


 ウーは満面の笑みを浮かべると、背伸びをしてクラージュの頭を優しくなでなでした。対するクラージュは、「人目のあるところでは止めてくれ」と赤面してその手を払いのけている。


「騎士様って、あんな顔もするんだな」


 隅で壁に背中を預けていたニュクスが、物珍しさに目を丸くしていた。

 そんなニュクスの呟きを拾った人物がいたようで、


「生真面目を絵に描いたような奴だが、婚約者のウーの前ではタジタジさ」


 普段は仏頂面ぶっちょうづらの印象が強いカジミールが、この時は愉快そうに白い歯を覗かせていた。ウーもクラージュ同様に年下の幼馴染であり、二人のやり取りはカジミールにとっては微笑ましいものであった。


「一見するとちぐはくだが、長年近くで見てきた身としては、とてもお似合いの二人だと思うよ」


 カジミールは兄貴分の目線でそう述べると、イチャイチャ? が一段落着いた二人の側へと寄った。


「カジミール兄さん。久しぶり!」

「ウー、元気そうで何よりだ。戻ってそうそう、あまりクラージュを困らせてやるなよ」


 兄貴分のカジミールが現れたことで、クラージュはほっと息を撫で下ろし、ウーは久しぶりの再会に嬉しそうに声を張り上げていた。幼馴染だという三人の関係性が、その瞬間に凝縮されていた。


「フォルス様と藍閃騎士団の帰還にともない細やかではありますが、昼食を兼ねた祝いの席を設けさせて頂きました。積もる話もあるでしょうが、続きはホールの方でと致しましょう」

「うむ。ではそのようにしよう」


 執事長の提案にフォルスが頷き、一行は屋敷のパーティーホールへ移動することとなった。

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