第10話 過去を枷にしてはいけない

「結局、お家騒動はどうなったんだ?」

「兄弟唯一の生き残りであるご次男が家督かとくを継ぐことになったわ。心労がたったったのでしょうね。最初の事件から一月もしない内に旦那様はお亡くなりになり、正式にご次男が当主となられた。地位や名誉に興味がなく、家督争いから外れることを早々に明言していたご次男が継ぐことになったのは、運命の悪戯というか何というか……」

「家督争いの顛末てんまつは分かったが、どうしてあんたは流浪るろうの身に?」

「ご次男が家督を継いで間もなく、彼は私を含めた騎士全員を解任し、屋敷から追い出してしまったわ。兄弟を殺めた実行犯は騎士であるオドレイだった。そういった経緯から、騎士という存在を信用出来なくなってしまったのかもしれない。お金は裏切らないと思ったのかな、その後は、金で雇った傭兵を護衛として側に置いていると風の噂で聞いているわ」

「前例がある以上、騎士に不信感を抱く気持ちも分からんではないが、家督を継いだ瞬間に全員を解任というのはいささかやり過ぎな気もするな。有能な忠義者だって、少なからず存在していたはずだろ」

「……」


 何か思うところがあるのだろう。ゼナイドは閉口して目を伏せている。


「オドレイの牢の鍵を開けたのは誰だったんだろうな?」

「……そのことについては考えないことにしているわ。もう私はあのお屋敷とは無縁だし、深く考えてこれ以上人間不信になりたくないから」

「それもそうだな」


 ゼナイドも真相には見当がついているのだろう。今更どうすることも出来ない以上、全ては過去のことと、苦笑いで割り切ることしか出来ないのかもしれない。


「ルミエール領にはどういった経緯で?」

「騎士とは強い忠義心が求められる立場。理由はどうあれ主君に屋敷を追われた私に、騎士として生きる道は残されていなかった。幸い剣の腕前には自信があったから、傭兵に転職して生計を立てていたんだけど、とある仕事で私を雇ってくれたのが、王国騎士団の要請で任務に参加していた藍閃らんせん騎士団だった。ちなみに、その時騎士団を代表してギルドにやってきた交渉担当は、クラージュ君とカジミール君の二人よ」

「それじゃあ、その時の働きを評価されて?」

「まあそんなところ。私自身は別に自分を売り込むつもりは無かったのだけど、私の技量をフォルス様と団長のドラクロワ様が高く評価してくださって、『君さえ良ければ、正式に我が藍閃騎士団へ所属しないか』と、ありがたいお言葉をかけてくださったの。とても嬉しかったけど、二つ返事で『はい』とは言えなかったな」

「どうしてですか?」


 背後のゼナイドの顔を見上げる形でリスが尋ねる。

 魔術師であるリスには、騎士の気持ちを完全に理解することが出来なかったのだろう。


「負い目かな。理由はどうあれ私は、主君に屋敷を追われるという騎士として最も恥ずべき過去を持っている。そんな私が新たな主君の下で、騎士という立場に戻ってもよいのかとね。フォルス様に嘘はつきたくなかったから、私はこれまでの経緯を包み隠さずにお話しした。そしたらフォルス様はこうおっしゃったの。『騎士とは立場ではなく生き方。自身が誠の騎士であるのか否かは、生涯を通して証明していくものだ。過去をかせにしてはいけない。今はまだ道半ばだ』とね」

「流石はお嬢さんの父親ってところかな」


 過去に囚われず欲した人材を手にしようとするフォルスのスタンスは、娘のソレイユに通ずる物がある。ニュクスはまだフォルスと対面したことはないが、この親にしてこの子ありなのだろうなという印象を抱いた。


「フォルス様のお言葉で私は心を決めた。私の人生が誠の騎士たるものであったか、このルミエール領で証明してみせようと、そう強く誓った。臣下の中では新参者だけど、フォルス様を慕う気持ちは古参の方々にも負けないつもりよ。もちろん、勝ち負けの話じゃないってのは分かってるけどね」


 不器用に笑いながら、ゼナイドはドジっ子のような仕草で自分の頭をポカリと叩いた。柄にもなく神妙しんみょうに語ってしまったことに、気恥ずかしさを感じているのだろう。


「流れ者の私がルミエール領にやってきた経緯はこんなところよ。ごめんね、長々と自分語りなんてしちゃって」

「尋ねたのは俺の方だ。むしろこちらこそ申し訳ない。決して愉快な過去ではなかっただろうに」


 もといた屋敷での出来事を、ゼナイドはすでに過去のことを割り切れているのだろう。それはゼナイドの心にフォルスの言葉が根付いていることの証明でもある。


「あら、手が止まってしまっていたわ。リスちゃんの髪をセットしなくちゃ」

「……可愛くお願いしますよ」


 反抗的ではないリスの思わぬ言葉に、ゼナイドは一瞬キョトンとした。

 普段は聞くことの出来ないゼナイドの過去を知り、リスの中で何らかの心境の変化が起こったのかもしれない。


「よしよし、今日に限らず、お姉さんが何時でもリスちゃんを可愛くしちゃうぞ!」

「ちょ、調子に乗らないでください。今日は祝賀の場ですから仕方が無くです」


 などとツンデレっぽい台詞を放ちつつ、リスはゼナイドのヘアアレンジに身を任せた。


「……過去か」

「何か言った?」

「いや、何でもない」


 ゼナイドの問い掛けに、ニュクスは素っ気なく返した。

 そんな三人の下へ、唐突に一人のメイドが現れる。朱色の髪を持つ、ちょっとドジなソールだ。


「ニュクスさん。クラージュ様をお見掛けになっていませんか?」

「いや。午前中に任務が終わって別れたきりだけど」

「そうですか。祝賀の段取りについて確認したいことがあったのですが。もう少し探してみます」

「見かけたら、メイドさんが捜してたって伝えておくよ」

「ありがとうございます」


 頭を下げると、ソールは他の使用人とぶつかりそうになりながら、慌ただしくその場を後にした。


「相変わらずそそっかしいメイドさんだな」

「そこが可愛らしいんだけどね」


 などとニュクスとゼナイドは冗談めかして言いつつ、


「しかし騎士様はどこに行ったんだ? こういった時は率先して屋敷内で準備の手伝いでもしてそうなものだが」

「大方、落ち着かないから気晴らしに町の方にでも下りてるんじゃない。今日はフォルス様だけじゃなくて、騎士団のメンバーも帰還するからね」

「騎士様にとって、誰か特別な相手でも?」

「婚約者が帰って来るのよ。だから柄にもなくそわそわしているんだと思う」

「騎士様の婚約者様ね」


 あのお堅い騎士様が帰りを待ちわびる女性。一体どんな人物なのか、ニュクスは興味津々だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る