第9話 流れ者

「みんな張り切ってるな」


 魔物の討伐任務を終えたニュクスはお屋敷のエントランスの長椅子に腰掛け、忙しなく屋敷中を行き来する使用人たちの仕事ぶりを眺めていた。

 今日はルミエール領主――フォルス・ルミエールと藍閃らんせん騎士団の帰還する日。使用人たちは通常業務と並行して、簡素にではあるが領主の帰還を祝う祝賀の準備を進めている。

 もちろん領の治安維持にも余念は無い。午前中にはニュクスやカジミールがカキの村近くで野生の魔物の討伐を行ったし、屋敷で待機している者たちも、何時でも出撃できる態勢を整えている。


「最近は暗い話題ばかりでしたからね。フォルス様と騎士団の帰還は何よりの朗報です」

「騎士団に家族が在籍している人も多いわ。フォルス様のことはもちろん、家族の帰還を祝う気持ちも強いでしょうね」


 ニュクスの正面の一人掛けの椅子には、見慣れた深緑色のローブではなく、薄青のカジュアルドレスに身を包んだリスが、居心地悪そうに唇を噛みしめながら座っている。

 その後ろではブロンド髪の女性騎士――ゼナイド・ジルベルスタインが、満足気な表情でリスの亜麻色あまいろの髪を結いあげていた。

 せっかくの祝賀なのだからおめかししましょうというゼナイドの提案(強制)によって、リスはゼナイドの選んだ可愛らしいドレスに着替えさせられ、今は髪のセットの真っ最中。居心地悪そうな表情の理由もそういうことだ。

 

「小さな領だ。一族揃って領家の臣下というのも珍しくはないか」

「私みたいな流れ者の騎士もいるけどね」

「流れ者?」

「昔は別のお屋敷に仕えていたのだけど、ちょっとしたお家騒動があってね。お屋敷を追い出されてしまったの」


 ゼナイドはリスの髪を結う動作を一度止め、普段の陽気な印象には似合わない苦笑いを浮かべている。


「差し支えなければ、何があったかお聞きしても?」

「ぐいぐいくるわね。普通は察して聞かないところじゃない?」

生憎あいにくと善人じゃないもので」

「いいね、そのひねくれた感じ。そういうの嫌いじゃないよ」


 元より口をつぐむつもりは無かったのだろう。ゼナイドは目を伏せて過去話を展開していく。

 

「二年前のことになるわ。当時、私が仕えていたお屋敷の旦那様が病に伏せられたの。旦那様が後継者を指名していなかったこともあり、四人のご子息による家督かとく争いが本格化。最初の内こそ印象操作のアピール合戦程度だったのだけど……状況はどんどん血生臭くなっていったわ」

「殺しか?」


 ゼナイドが首を縦に振る。


「始めに後継者の最有力候補であった長兄が、次いで三男が何者かの襲撃を受けて死亡。仕組んだのは兄弟の中で最も自己顕示欲じこけんじよくが強かった末っ子の四男。実行犯は彼の臣下であり、恋仲でもあった若い女性騎士だったわ」

「ありがちだが、だからこそ悲惨な展開だな。誰の犯行か明らかになった時点で、その四男とやらにも破滅しか残されていなかっただろうに」


 早々に暗殺を決行した時点で、四男の計画は実に稚拙ちせつかつ短絡的だ。

 権力争いの絡んだ殺しというのは、長期的なスパンでの緻密ちみつな計算が求められる。それをおこたった時点で、そもそも権力者となる器では無かったのかもしれない。


「殺しが四男の指示であることは直ぐに発覚したけど、彼は知らぬ存ぜぬを貫き、全ての罪を恋仲であった女性騎士に被せた。彼女はすぐさま身柄を拘束され、処分が下されるまで屋敷の地下へ幽閉されることになったのだけど……処分が下される前に何者かが牢の鍵を開け、彼女を解放した。ご丁寧に、没収した武器まで手渡してね。そしてその日の内に最後の殺しが起こった。殺されたのは誰だったと思う?」


 少しだけ考えた後、ニュクスは回答を口にする。

 実行犯が非情なるアサシンだったなら残る後継者候補が狙われるだろうが、これまでの経緯を考えれば事態はもっと感情的に動いたのだろう。


「大方、黒幕の四男だろう。恋仲でもあった臣下を保身のために切り捨てるような男だ。愛想をつかされてもなんら不思議じゃない」

「正解よ。四男は背後から刺され、もだえ苦しんだ末に失血死。女性騎士は後を追うようにして、自らの体を刃で貫いた……即死じゃなかったから、一番早く現場に駆け付けた私が彼女を介錯かいしゃくした」

「親しかったのか?」


 恋人でもある主君の命に従ったとはいえ、実行犯である女性騎士の罪は重く、行動に同情の余地はないだはずだ。そんな相手に慈悲を与えた以上、少なくともただの同僚というわけではなかったのだろう。


「あの子……オドレイは妹のような存在だったわ。十数名いたお屋敷付きの騎士の中で、女性騎士は私とあの子だけだったから」

「ゼナイドさん……」


 込み入った事情まで聞いたのは初めてだったのだろう。肩に触れているゼナイドの手が震えているのを感じ、リスも悲しげな表情を浮かべている。


「オドレイの選択は愚かだった。同情の余地がないことも分かってる。私に何の相談もしてくれなかったことが腹立たしくもある……それでも、これまで積み上げてきた思い出があるから、心の底からあの子を嫌いになることなんて出来なかった」


 ニュクスはあえてゼナイドの言葉には反応を示さなかった。当事者以外の人間が何を言おうとそれは所詮しょせん、他人事でしかないのだから。

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