第8話 穏やかな午後

「悪かったな。せっかくの休みにつきあわせてしまって」

「いえいえ。俺でお役に立てるなら何なりと」


 翌日の午後。ニュクスとヤスミンは中央広場のベンチに腰掛け、肩を並べていた。

 私用でリアンの町を訪れていたヤスミンとニュクスがバッタリと会い、この後は予定も無いからと、ヤスミンが子供達との交流会の手伝いをしてくれた次第だ。


蒼穹そうきゅうを埋め尽くさんとする黒き飛竜ひりゅうの群。それでも、傭兵は決して諦めはしません――」


 ニュクスによる青空絵画教室が一段落つき、今はソレイユが子供達に童話の読み聞かせを行っている。

 今回読み聞かせているのは、二槍にそうを手に大陸中を渡り歩き、竜の脅威から人々を救った傭兵の物語だ。アブニールの伝承とは異なりほとんどが創作とされるが、モデルになった人物――アークイラ・コルポ・ディ・ヴェントは過去に実在していたとされる。


「こうして拝聴はいちょうするのは初めてですが、ソレイユ様の語りは素晴らしいですね。子供達へ読み聞かせているだけなのに、まるで舞台劇のようだ」

「俺もそう思うよ。お嬢さんにとって、子供達の前こそが最高の舞台だろうしな」


 子供達と触れあっている時のソレイユは、とても幸福な表情をしている。子供達との交流は、ソレイユ自身の心の安寧のためにもとても有意義なものだろう。


「ニュクスさんの絵も素晴らしかったです。俺、芸術とかはよく分からないけど、見たことのない景色を見れて、まるでその土地を旅したような、とても楽しい気持ちになれました」

「実のところ俺も芸術はよく分からないんだけど、誰かが俺の絵を見て楽しい気持ちになってくれるなら、それは素直に嬉しいと思う。ありがとう」

「ニュクスさんは多才なんですね。強いだけじゃなく、絵の才能もあるなんて」

「才能かどうかは分からないけど、絵と出会えて良かったとは思っている。絵という趣味があるから、俺はまだ人間らしくいられる」

「どういう意味ですか?」

「今の時間が楽しいってことだよ」


 いまいち話が飲み込めずにヤスミンは小首を傾げたが、笑顔の子供達を見守るニュクスの表情がとても穏やかだったので、些細な疑問などどうでもよくなった。ニュクスが楽しいと表現したように、子供達の笑顔で溢れるこの時間は何より尊いものに違いない。


「――平和の訪れた街には、住民達のとても晴れやかな笑みで溢れていました」


 耳心地の良いソレイユの語りが終わりを迎え、ソレイユは手にしていた童話の本をそっと閉じる。

 子供達から割れんばかりの拍手が巻き起こり、ベンチに腰掛けるニュクスとヤスミンもそれに習った。図らずも子供達が興奮気味に立ち上がったので、場はスタンディングオベーションだ。


「ニュクスとヤスミンもこちらへいらしてください。お屋敷からたくさんお菓子を持ってきたので、皆でお茶にしましょう」

「だそうだ。行くぞヤスミン」

「はい」


 世間の喧騒けんそうを感じさせない、穏やかな午後が過ぎていく。

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