第7話 執着(そこまで物騒な意味ではない)

「やっぱりいたか」

「お帰りなさい」


 宿の自室に戻ったニュクスを迎えたのはイリスではなく、亜麻色あまいろのロングヘアーを持つ丸眼鏡の眼鏡っ娘――リス・ラルー・デフォルトゥーヌだった。左手にはしおりを挟んだ読みかけの小説が抱えられている。

 イリスは午後から友達の家に遊びに行くと聞いていたので、部屋の人の気配がある時点でリスではないかとニュクスも察してた。


「くどいようだが、読書なら屋敷ですればいいだろうに」


 ニュクスの言動からも分かるようにリスがニュクスの部屋を利用するのはこれが初めてではない。ニュクスが屋敷から宿へ移って以来これで三回目だ。


「くどいようですが、ここが一番読書に集中出来ますから」

「俺が屋敷にいる時も同じようなことを言ってただろう。俺がいてもいなくても、喧騒けんそうは大して変わらんと思うが」

「あの頃とは少し環境が違います。ニュクスが屋敷を出てから程なくして、カジミールさんとゼナイドさんが戻ってきましたからね。カジミールさんは無害ですが、ゼナイドさんは賑やかな方なので」

「あのブロンドのお姉さん、そんなに騒がしいのか?」

「……私に対してピンポイントで、ですがね。あの方は私に対して執着しゅうちゃくがありまして」

「執着?」

「……着せ替え人形のように、私に色々な服を着させて楽しむ趣味をお持ちなのです。任務でしばらく領を離れてた影響で欲求が強まっているようで、最近は回避するのも大変です」

「……なるほど、そいつは穏やかじゃないな」


 苦笑いを浮かべるリスに対して、やはりニュクスも苦笑いでそう返した。


「そういう事情ですので、ゼナイドさんの熱が冷めるまで、ゆっくりと読書が出来る場所を提供して頂けると助かるのですが」

「まあいいや。屋敷にいる時も眼鏡っ娘は静かなものだったし、別に邪魔にはならないだろう」

「ありがとうございます」

「そういえばお嬢さんから伝言だ。こっちに来ていることはお見通しだったらしい」

「ソレイユ様が?」

「明日は午後から町に下りて子供達と交流したいとのことだ。詳しいことは屋敷に戻ってから本人に聞いてくれ」

「承知しました」


 手身近に要件を済ませると、ニュクスは明日の準備のため画材の整理に。リスは読書にそれぞれ没頭した。

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