第6話 強がりを求めたりしない
「それで、話というのは?」
他の者達が去り、二人きりとなった会議室内でニュクスがソレイユに尋ねた。
領主であるフォルス・ルミエールの帰還が決まったタイミングでのことだ。内容にはだいたい想像がつく。
「あなたの処遇についてです。契約もありますから、私自身があなたを罰するようなことはしませんが」
「お父上のことか。その口振りだと俺のことを?」
「はい。父には早い段階で、私の身に起こった出来事とあなたを客人として招き入れた経緯について報告しています」
「それで、お父上は俺をどうするつもりで?」
「分かりません。返信には『事情は承知した』の一文があっただけで、その件に関してはそれ以上は何も。その後も何度かやり取りを交わしていますが、ニュクスに関する話題が出たことは一度もありませんでした」
「なるほどね。俺の処遇がどうなるかは、お父上が帰還してからのお楽しみと」
「茶化すのはどうかと思いますが、事情はそういうことになります。状況がどう転ぶか分からぬ以上、一応の覚悟はしておいてください」
「相手は
「父上は聡明な方ですから、感情的に処罰を下すような真似はしませんよ。たぶん」
「たぶんなのか……」
「冗談ですよ。父のことですから、私の意志は
「だと嬉しいね」
苦笑交じりにニュクスは肩を
「私の方からは以上です。お引止めしてしまい申し訳ありません」
「別にいいさ。どうせ今日は暇だったし。それよりも――」
壁に背中を預けていたニュクスが不意にソレイユに近づき、その顔を至近距離から見つめた。
「お嬢さんの方は大丈夫なのか?」
「何がですか?」
「無理していつも通りに振る舞ってます、って顔に書いてあるぜ?」
「……分かりますか?」
「標的の変化に気づかないようじゃ暗殺者失格だからな。もっとも、気づいているのは俺だけじゃないだろうけど」
クラージュやリスといった臣下、ソールたち使用人。屋敷のほとんどの者がソレイユの変化には気づいていたはずだ。あえて心配するような言葉をかけないのは、気丈に振る舞うことを選んだソレイユの気持ちを尊重してのことだろう。
「皆、私に気を遣ってくれたんですよ。領主代行たる者、感情を表に出してはいけませんから」
「お優しい奴らばっかりだからな。
「自分で言いますか?」
「悪人だからな」
「なるほど」
苦笑いでこそあるが、ソレイユがこの日初めて笑った。
「問題は山積みだが、お嬢さんは困難を前に怖気づくようなタイプじゃない。何か気に病むことがあるとすれば、それはもっと個人的な感情なんじゃないか?」
「……ウルズ・プレーヌ
「親しい人だったのか?」
「父の30年来の友人であり、家族ぐるみの付き合いがありました。小父様はルミエール領を訪れる機会も多く、私も幼少期はよく遊んでもらったものです。小父様が重役に就かれてからはお会いする機会が減っていましたが……まさかこのような形でお別れする時が来るなんて……」
絞り出すようにそう言うと、ソレイユは右手で目元を
「……結局、語ってしまいましたね」
「気にするな。
「
「弱さを知っておけば、暗殺にも役立つしな」
「やはり前言は撤回しておきしょう」
溜息交じりに苦笑すると、ソレイユは気持ちを入れ替えるかのように大きく伸びをした。
「言葉に出すだけでも救われるものですね。少しだけ、気持ちが楽になったような気がします」
「おっと、敵に塩を送ってしまったかな」
「あなたの真意はどうであれ、私から見たあなたは大事なお客様ですからね。素直にお礼を言わせていただきます。ありがとう」
「調子狂うな……」
憎まれ口を叩きながらも、ニュクスの表情はそこまで居心地悪そうなものではない。形はどうあれ、客人として招かれて早数週間。空気感に慣れてきているのかもしれない。
「お話しは以上ですが、お帰り頂く前に一つだけ確認してもよろしいですか?」
「何だ?」
「明日の午後の予定は空いていますか? ここ最近は仕事が立て込んでいましたが、明日の午後なら時間が取れそうなので、久しぶりに町の子供達に会いにいきたいのです。共に場を盛り上げてはくれませんか?」
「いいぜ。久しぶりにお嬢さんに会えると知ったら、イリスも喜びそうだ」
「それでは、明日の午後一時を目安にリスと共に町へ下りますので、子供達と一緒に中央広場で待っていてくれますか」
「了解した。俺の方も色々と準備しておくよ」
「リスにも伝えておいてください。もちろん、後で私からも説明しておきますが」
「……ああ、分かった」
どうして最初から自分で伝えないのだろうかと、ニュクスは一瞬だけ疑問を抱いたが、直ぐにその理由に思い当たったので聞き返しはしなかった。
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