第2話 立ち位置

 アマルティア教団による大陸全土への宣戦布告をから約三週間。

 現状、アマルティア教団は大規模な攻勢には出ていないが、邪神を守護せし四柱よんはしら災厄さいやくの目覚めにより、野生の魔物の動きもこれまで以上に活発化していた。


 ルミエール領もその例外ではなく、領内では連日のように魔物の姿が確認されている。


「任せたぞ客人」

「お安いご用で」


 ルミエール領内リアンの町の郊外――農園近くの森林にて、灰髪の暗殺者ニュクスと赤髪の斧騎士クラージュは、周辺を荒らしていた5体のシメール(合成獣)種の魔物を討伐していた。

 クラージュが自慢の剛腕で振るったバトルアックスで2体のシメールを同時に両断すると、距離を取ろうと跳んだもう1体の首をニュクスは容赦なく刈り取った。

 残る2体は少し離れた位置で、刈りあげた黒髪をモヒカン風にまとめた長身の騎士――カジミールが相手しているが、


「俺の方も終わった」


 黒色の鎧に微かな返り血を付着させたカジミールが二人のもとへと合流した。

 カジミールの鎧は重装のクラージュとは異なり、胸部や肩だけを覆った軽装の物。インナーも半袖タイプなので、全体的に機動性を重視した装備となっている。

 愛用する武器は暴力的なフォルムをした、の長い金属製のメイス。クラージュの戦闘スタイルが叩き切ることならば、カジミールの戦闘スタイルは叩き潰すことである。


「流石はカモミールさんだ。仕事が早い」


 軽快な口調のニュクスがカジミールの右肩に触れる。


「……カジミールだ。ハーブではないのだから」

「申し訳ない。うっかり間違えてしまった」

「まあいい。間違いは誰にでもある」

「思い切って愛称で呼んでもいいだろうか? それなら間違いにくいだろうし」

「別に構わんぞ」

「じゃあ今日からカモさんで」

「……それではカモミールに対する愛称ではないか?」

「冗談だ。カジさんと呼ばせてもらうよ」

「まあ、それならば良いだろう」


 カジミールはぶっきら棒な印象とは裏腹に、温厚で滅多なことでは腹を立てない。ニュクスに名前を間違えられるのもこれが初めてではないが、一度も不穏な空気になったことはない。


「カジミール兄さん。客人だからと遠慮せずに、怒ってもいいのだぞ?」


 クラージュは溜息交じりにそう提案する。

 兄さんと呼んではいるが二人に血の繋がりはない。二人は幼馴染であり、クラージュは四つ年上のカジミールのことを昔から兄さんと呼んで慕っている。


「もう慣れた。ニュクスと共に任務にあたるようになって、もう二週間だからな」


 溜息交じりにカジミールが苦笑し、心中察すると言わんばかりにクラージュが優しくその肩に手を置いた。


「それにしても、アマルティア教団の台頭に四柱の災厄たちの復活か……500年間維持されてきた平和が、まさか俺たちの代で脅かされることになろうとはな」

「平時でも有事でも、私たち騎士の在り方は変わらない。命を賭して主君や民を守り抜くだけだ」

「もちろん俺も同じ気持ちだ。騎士となった日から、この命は主君と民のために奉げると誓った。願わくば、この国の全ての騎士に同じ気持ちであってほしいが……良くも悪くも平和な時代が長すぎた」


 ルミエール領のような魔物の頻出地域や、国家防衛の要である王国騎士団所属の騎士は戦闘経験が豊富だ。騎士としての誇りや矜持きょうじを持ち合わせた者も多い。

 一方で魔物の被害が少ない地域に関しては、平和ボケから戦闘経験や危機感が不足する傾向にある。もちろん平和ボケせずに己を鍛え上げている者も一定数いるだろうが、家柄だけで地位についた名ばかりの騎士も少なくない。

 長きに渡る平和が生んだ気のゆるみ。何時いつ何処どこでアマルティア教団や魔物の軍勢による襲撃が起こるか分からぬ以上、地域ごとの戦力や意識の差は大きな問題だ。


「同感だよ。敵の目線で語るのは不本意だが、今のアルカンシエル王国にはつけ入る隙が多すぎる。むろん王国騎士団とて、この問題を放置しておくつもりはないだろうが……」

「国境線防衛戦力の補充に加え、王都周辺の警備もこれまで以上に増強する必要がある。戦力不足の地域に派兵を行うだけの余裕があるかは、正直微妙なところだろうな」


 領家に仕える者として、領の平和を守ることが第一だが、大本であるアルカンシエル王国が揺らげばそれも立ち行かなくなってしまう。課題は山積さんせき。国家の今後を考えるとうれいしか浮かんで来ない。


 そんな二人の会話には参加せず、ニュクスはククリナイフに付着したシメールの血液の始末を終え、淡々と帰り支度を済ませていた。


「仕事も終わったし、俺は宿に戻るとするよ」

「たまには屋敷で一緒に昼でもどうだ? ソールに頼めば客人の分くらい追加で作ってくれるぞ」

「悪いが先約がある。腕の治療中はあまりイリスに構ってやれなかったからな。少し埋め合わせしないと」

「そうか。ならば無理に誘うのは野暮だな。イリスにもよろしく伝えておいてくれ」

「はいよ。お疲れさん」


 返事と同時に片手を上げ、ニュクスは一足先にその場を後にした。


「皮肉屋で掴みどころが無いが、子供との約束を優先する辺り、根は悪い人間ではないのだろうな」


 ニュクスの背中を見送りながら、カジミールが小難しい顔をして目を細めた。


「……私も時々、客人という人間が分からなくなるよ。彼がイリスや町の子供達の前で見せる顔は嘘偽りの無い本物の笑顔だ。自主的に領民の危機を救ってくれたことだってある。一度ソレイユ様のお命を狙った以上、信頼することは出来ないが……その一件さえ無ければ、良き友人になれたのではと思う時もある」

「運命の巡り合わせとは皮肉なものさ。彼がソレイユ様を暗殺するためにこの土地を訪れなければ、そもそも彼と知り合うことはなかっただろうからな」

「違いない。こういった形で巡りあった以上、もしもを考えるのは時間の無駄か」


 兄と慕うカジミールの前ということもあって、クラージュは普段は見せない少年のような笑顔を浮かべていた。


「兄さんは客人のことをどう思っている?」


 この際だからとクラージュはカジミールに尋ねる。ヴェール平原やカキの村の一件以来、何かと忙しかったので、こうしてゆっくりと会話を交わすのは久しぶりだった。


「さっき言った通りだ。皮肉屋で掴みどころが無いが、根は悪い人間ではないと思っている。ソレイユ様のお命を狙ったことは許しがたいが、ソレイユ様自身がそれを許したのなら俺はその考えを尊重する。実際、戦力としての彼はとても優秀だからな。それに、戦力とは違った意味で彼はソレイユ様に必要な人間なのではと最近は思うようになった」

「戦力とは違った意味?」

「距離感だよ。主君と騎士という関係上、俺たちはどうしたってソレイユ様に気を遣い過ぎてしまう。俺達より気さくとはいえ、リスだってソレイユ様に遠慮知らずというわけではない。だけどニュクスは違う。彼には気負いがなく、良くも悪くもソレイユ様に対して慣れ慣れしい。全面的な肯定はせぬが、国の行く末が案じられる有事だからこそ、彼のような軽口を心地よく感じることもあるのではと思う。少なくともそれは、俺やお前には出来ない立ち位置だ」

「それを言うなら誰にでも慣れ慣れしいだよ。流石に客人を買いかぶり過ぎだ」

「そうかもな」


 同時に破顔すると、二人は屋敷への帰路へついた。


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