二章 竜撃都市

第1話 槍使いの傭兵

「や、止めてください!」


 甲高い女性の悲鳴が宵闇よいやみを裂く。

 大都市グロワールへと繋がる街道沿いで、若い女性が5人の盗賊に囲まれていた。

 赤毛をおさげにした、童顔であどけなさの残る女性は、ゆったりとしたポンチョの上からでも分かる色気のある体つきの持ち主であり、盗賊たちは生唾を飲み込みながら下卑げびた笑みを浮かべている。

 アマルティア教団の宣戦布告以降、各地で教団や魔物の襲撃に対する備えが進められているが、その影響で本来の目的である治安維持が疎かとなり、一部の地域では野盗や犯罪組織による被害が増加傾向にあった。

 本来はグロワールへと繋がるこの街道も、兵士達による巡回が頻繁に行われていたのだが、ここ数週間で回数は激減。巡回の合間をって蛮行ばんこうを働くのは容易で、周辺を根城とする盗賊たちは活気づいていた。


「こ、来ないで」


 腰を抜かした女性が、後ずさりながら懇願こんがんする。

 街道近辺で活動する盗賊たちの主たる生業なりわいは強盗と人攫ひとさらい。

 捕えられればどこに売り飛ばされるか分かったものじゃないし、飢えた獣のような目を見るに、売り飛ばす前に自分達で楽しむ気満々の様子だ。

 日が落ち始めた薄暗い宵の刻に加えて女性の一人歩き。今は兵士の巡回時刻とも外れている。状況は最悪だった。


「脱がせろ」

「そうこなくっちゃ!」

「きゃっ!」


 リーダ格と思しき髭面の大男が命じると同時に、一人の盗賊が女性の着ていたポンチョを剥ぎ取り、次に力づくで女性のブラウスの右袖を引き千切った。


「ちまちましないで、さっさといちまえ」

「うひひ! だそうだぜボインちゃん」

「止めて!」


 鼻息を荒げながら、盗賊は女性の胸元へと手を伸ばしたが――


「女性の扱いがまるでなっていない」

「なっ――」


 女性に迫った盗賊の体が宙を舞う。不意に襟ぐりを掴まれ、そのまま強引に後方に投げ飛ばされてしまったのだ。


「野郎!」


 土に塗れた盗賊が、自身を投げ飛ばした相手を睨み付ける。

 いったいどこから現れたのか、女性を庇うようにして一人の青年が盗賊との間に割って入った。背には、布の巻かれた槍が二本携帯されている。

 

「絵にかいたような蛮族だな」


 金髪を結い上げた美青年は盗賊たちを見て侮蔑的ぶべつてきに苦笑すると、自身の着ていた緑色のケープを、肩を抱いて震えている女性へ優しく羽織らせた。


「もう安心だよ」

「は、はい」


 突然現れた青年に困惑しながらも、女性はその存在に安心感を覚えた。

 大都市グロワールには仕事を求めて多くの傭兵が集まる。街の大衆食堂兼酒場で働く女性は旅の傭兵と接する機会も多く、青年が傭兵を生業とする人間だと直感的に見抜いていた。


「お兄さんよ、お楽しみの邪魔はよくないぜ。覚悟は出来ているんだろうな?」


 リーダー格の髭面が帯刀していたカトラスを抜き、4名の部下もそれに習い、それぞれ手斧やメイスなどの武器を構えた。


「たったの5人でとは、いい度胸だね」

「ぬかせ!」


 一人の盗賊が手斧で勢いよく青年に殴り掛かった。

 盗賊は先程青年に投げ飛ばされた怒りで、殺意に満ち溢れている。


「遅い」

「はっ?」


 呼吸の如き刹那せつなの間に青年は手斧の軌道から消えた。

 

「あがっ――」


 次の瞬間、盗賊は背後から強烈な一撃を受け昏倒こんとう。前のめりに倒れ込み、地面へ伏した。


「次は誰が来る?」


 青年は得物である二槍の内の一本だけを握り、丈夫な柄を生かし鈍器のようにして扱っていた。槍頭やりがしらには布が巻かれたままなので、手加減している形だ。


「全員でかかるぞ!」


 如何に手練れとはいえ、多数の前では不利であろう。

 そう判断したリーダーの髭面は、3名の部下と共に一斉に青年に襲い掛かった。


「手間が省けて嬉しいよ」


 場に不釣り合いな爽やか笑みを浮かべて、青年は4人の盗賊を向かえ打つ。使用するのはやはり槍の柄だけであった。




 勝敗は数分で決した。大の男4人は瞬く間に意識を刈り取られ、今は仲良く地面でおねんねしている。リーダー格の髭面に至っては、自慢のカトラスまでへし折られる始末だ。

 青年は盗賊達の荷物を物色し、女性をさらうために使うつもりだったと思われるロープで5人の盗賊たちを手早く捕縛した。意識を取り戻してもこれでは直ぐには身動きが取れない。後は街の兵士に報告し、盗賊達の身柄を確保してもらえばそれで解決だ。

 

「怖かっただろう。大丈夫かい」


 驚きのあまりへたり込んでいる女性に、青年は優しく手を差し伸べる。

 その体には傷はおろか、衣服に目立った汚れ一つついていない。とても5人の盗賊と戦闘した直後とは思えない姿だ。


「ありがとうございます。何とお礼を言ったらよいか」

「お礼なんていいよ。美人の危機は放っておけない主義でね」

「美人だなんてそんな」

謙遜けんそんしないで。色々な土地を旅してきたけど、君みたいな美人はそうそういないよ」

「は、恥ずかしいですそんな」

「ご、ごめんよ。困らせるつもりは無かったんだ」


 女性は気恥ずかしさからか俯いてしまった。それまで冷静だった青年の方が慌ててしまい、無意味に身振り手振りを繰り返す。


 そんな青年の姿が面白可笑しかったらしく、女性の緊張は一気に解けた。


「面白い方」

「ようやく笑ってくれたね」


 青年が改めて差し伸べた手を、女性は快く取った。


「君はグロワールの街の人だよね?」

「はい。街の食堂で働かせていただいています。夜は酒場に変わるので、傭兵のお客様も多いですよ」

「もしよかったら、後で街を案内してくれないかな? 初めての土地なもので、色々と分からないことも多くてね」

「どちらからいらしたんですか?」

「アルマだよ。アルカンシエルには二週間程前に到着した」

「アルマって、傭兵国家として有名なあのアルマですか?」


 青年は笑みを浮かべてコクリと頷いた。


「しかし、アルマの傭兵さんがどうしてこのアルカンシエルに?」

「気配を感じ取ったものでね」

「何のですか?」

戦渦せんかの気配をさ。傭兵の居場所は戦場と相場決まっているからね」


 そう言うと青年は、盗賊の撃退に使った槍を背負い直した。

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