第39話 返らぬ答え

「リス! 大丈夫!」


 ガストリマルゴスの消滅と同時に、ソレイユがリスの下へと駆け寄る。

 緊張の糸が切れたのだろう。リスの直ぐ後ろではヤスミンが腰を抜かしていた。


「ソレイユ様……」

「あなたのおかげで魔物を倒すことが出来たわ。本当にありがとう」

「ソレイユ様のお役に立てて何よりです……痛っ!」

「あまり動かない方がいい。状況が落ち着いたら、直ぐに治療出来るように手配するから」

「ごめんなさい。いつもなら私が誰かを治療する側なのに」

「謝らないで。あなたのおかげで皆が救われた」


 リスの体を優しく抱きしめると、着ていた紺色のジャケットを脱ぎ、それを枕にリスを横たわらせた。

 

「ごめんねリス。少しそこで待っていて」

「分かっています。集会場の方ですよね」


 ソレイユが力強く頷く。

 ガストリマルゴスは倒せたがこれで全てが終わったわけではない。集会場の安全を確保し、アリスィダ神父たちも捕縛ほばく、ないしは撃退しなければいけない。


「ヤスミン。リスのことをお願いね」

「は、はい!」


 リスの身をヤスミンに預け、ソレイユは集会場の方へと向かった。




「うおおおおおおおお!」


 おびただしい量の返り血を浴びながら、クラージュが飛びかかって来た二体のエリュトン・リュコスを両断した。

 集会場に何かが衝突したような音が響いたことは気になるが、「問題ありません」と言う中のフィグ村長の声を受け、状況は確かめずに防衛に専念していた。

 

 召喚術といっても流石に無尽蔵むじんぞうに魔物が湧いて出るわけではない。順調に魔物の数は減り、確認出来る限り残す敵はあと三体。


「残り二体!」


 タワーシールドで獣の頭部をかち割り脳漿のうしょうごと霧散むさん

 背後に獣の鳴き声を感じ取り、振り向きざまに両断しようとバトルアックスを強く握るが、


「お、おい、あんた! そんな怪我で――」


 誰かの身を案じる村人の声が聞こえた瞬間、一つの人影が集会場の中から飛び出し、クラージュの背後にいたエリュトン・リュコスの首を落とした。


「これで残り一体か?」

「客人か? どうして集会場の中から……その怪我はどうした!」


 霧散する直前の獣の頭を踏みつけたニュクスの姿を見て、クラージュは驚愕に目を見開いた。

 ニュクスは右手一本でククリナイフを扱い、左腕は力なく投げ出されている。コート越しでも左腕に安定感が無いのは明らかだ。間違いなく折れているだろう。

 腕以外にも、左脇腹にはじんわりと血がにじんでいるし、吐血か口内を切っただけなのかは定かでないが、口元には血がしたたったような跡も残されている。


名誉めいよの負傷だ。あまり気にするな」

「集会場を襲った衝撃の正体は客人だったのか」

「ダイナミックに緊急退避したもんでな。安心しろ、中の人には迷惑はかけてない」

「……それだけボロボロの男が飛び込んで来たら、村人たちもさぞきもを冷やしただろうに」


 などと二人が近況報告している間に、残る最後の一体が屋根の上から奇襲きしゅうをかけてきた。二人同時に武器を振るうべく構えたが、


「これで最後ですね」


 ソレイユのタルワールがエリュトン・リュコスの体を縦に一刀両断。地面に落ちる間もなく、その体は霧散し消滅した。


「割り込みが流行ってるのかね」

「客人が言うか」


 魔物の群を殲滅せんめつしたことで、三者同時に武器を収めた。


「ソレイユ様。ご無事で何よりです」

「リスとニュクスのおかげです。二人がいなければ、あの巨大な魔物を倒せていたか分かりません」

「リスは大丈夫なのですか?」

「反動がかなり体にきているようでした。命に別状は無いと思うけど、自身の体に治癒魔術を付与する余裕は無さそうね」

「直ぐに医者に見せねばなりませんね。ある程度回復すれば、自身の治癒魔術で回復を早めることも可能でしょうが」

「申し訳ないけど、負傷したリスやニュクス、村の人たちのことを任せてもいいかしら? 戦いはまだ終わりではないわ」

「あの神父を名乗る男と部下一名ですか」

「ええ。魔物が消滅すると同時に殺意も消えた。敗北を察すると同時に姿をくらましたのでしょう。逃せば、また何を仕出かすか分かりません。何としても身柄を抑えないと」

「お一人で大丈夫ですか?」

「あれだけの魔物を召喚した後です。疲弊ひへいしていないわけがありません。遅れは取りませんよ」

「承知しました。村のことはお任せください」


 力強く頷き、クラージュは集会場内の村人たちに安全を知らせるべく、建物の扉を叩いた。


「ニュクスもお疲れ様でした。怪我も酷いですし、ゆっくりと――」


 ソレイユがクラージュと言葉を交わしていたほんの僅かな間に、ニュクスの姿は消えていた。まるで始めから誰もいなかったかのように。


「ニュクス?」


 呼びかけに対し、いつもの飄々ひょうひょうとした答えは返ってこない。

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