第38話 閃光招来

「遅れて悪いな」

「構いません。それよりも、リスと何やら作戦会議をしていたようですが?」

「あのデカブツを一撃で倒すために、完全詠唱で魔術を放つそうだ」

「……あの子ったら、あんな体で」

勇敢ゆうかんなのは、誰かさんの背中を見てきたからじゃないか」

「それは……」

「眼鏡っ娘の覚悟を受け止めてやれ。あいつの見せ場、俺達でしっかりと作ってやろうぜ」

「そうですね」


 両者並び立ち、それぞれの得物えものを構えて大食漢たいしょくかんの巨人と向かい合う。

 

「まずは時間稼ぎだ。もちろん狙いは分かるよな?」

「両足のけんですね」

「正解」


 同時に駆け出し、ニュクスは振り下ろされた右腕をステップで回避しつつ側面から。ソレイユは左腕が振り下ろされるよりも早く、その俊足で股を潜り抜けて、それぞれ背後を取る。

 クロスさせたニュクスのククリナイフと、ソレイユの一閃いっせんが両足の腱を同時に断ち、青銅色の巨体はバランスを失いひざいをついた。

 すかさずニュクスは巨体の背に飛び乗り、襟足えりあしの部分にククリナイフを突き立てたが、固い表皮と筋肉に阻まれ、思うようにナイフの刃先が進まない。


「ちっ!」


 腱が再生し、ガストリマルゴスが立ち上がろうと膝を伸ばす。地上に残るソレイユが再生した腱の片方を再度断ったが、巨体は片足だけで踏ん張り立ち上がる。

 これ以上は無駄だと判断し、ニュクスは素早くククリナイフを引っこ抜き、その反動を利用して地面へと着地したが、


「むっ――」


 ガストリマルゴスが重力に身を任せて背中から倒れ込んできた。背後に着地したニュクスに対する、全身を使った追い打ちだ。

 ニュクスは咄嗟にステップを踏んで落ちてくる影から逃れようとするが、逃げ切るにはわずかに距離が足りない――


「危ない!」

「悪いな」


 ソレイユが咄嗟にコートの裾を掴み、外見に似合わぬ馬鹿力でニュクスの体を抱き寄せる。そのおかげでニュクスの体は影から脱し、標的を失ったガストリマルゴスの巨体はたんなる転倒に終わる。巨体の引き起した地響きは、思わず立ちくらんでしまう程に激しい。


災厄さいやくはらいし希望の篝火かがりび――」


 この時点でリスの詠唱開始から1分30秒が経過。時間稼ぎも折り返しだ。そろそろ時間を稼ぐだけではなく、魔物の位置の調整も考えなくてはいけない。


 体を起こそうとするガストリマルゴスにあえて追撃はせず、完全に立ち上がるまで待つ。

 現在地はリスから30メートルほど離れているので、詠唱を邪魔させない程度に近くまで誘導しなければいけない。

 

「こっちだデカブツ!」


 投擲したダガーナイフがガストリマルゴスの右瞼みぎまぶたかすめ、怯ませると同時に注意を引くことに成功。持ってきているダガーナイフはこれで残り2本。目の前の巨人さえ仕留めれば後はどうとでもなるが、それでもあまり無駄使いはしたくないところだ。


「遅い」


 意識がニュクスに向いた隙を見逃さず、ソレイユが両足の腱を両断し、巨体に再び膝を付かせる。一連の動作でさらに1分程度の時間を稼げた。


いただきよりそそぐ――」

「ニュクスさん! 間もなくです」


 詠唱が終盤へと差し掛かったことを告げるヤスミンの声。

 朗報にニヤリと笑い、ニュクスは現状を冷静に分析しつつ、これからどう動くべきかを計算する。

 腱の再生したガストリマルゴスは両手をついて立ち上がり、真正面でククリナイフを構えるニュクスを、麻袋から覗く赤い瞳でにらみ付けている。怒りを一身に引きつけた状態は、標的を誘導するのに好都合だ。


「まあ。何とかなるか」


 リスとガストリマルゴスとの距離はおよそ10メートル。そのほぼ中心にニュクスがいる。


 最適解さいてきかいは、直ぐに決まった。


「お嬢さん。俺が合図すると同時に魔物の腱を断て」

「何をお考えで?」

「見てからのお楽しみだ」


 互いに時間が惜しいことは理解している。ソレイユはそれ以上追及せずに力強く頷いた。


「ご立腹だな」


 咆哮ほうこうを上げながら青銅色の巨体が迫る。ニュクスは素早く、リスとヤスミンの目の前まで後退した。


「ビビるなよヤスミン」


 振り向かずにそれだけ告げる。物凄い集中力で詠唱を続けるリスには、元より心配は不要だ。

 

「やるか」


 瞬間、ニュクスはダガーナイフを、強固な皮膚よりもろいであろう右の眼球目掛けて放つ。

 ダガーナイフは見事にまぶたさやに収まり、悲鳴を叫び散らす巨体はその場でもがき苦しみ、血の滴る右目を手で必死に押さえつけている。

 目への攻撃が有効なことには最初から気づいていたが、警戒されては困るのでいざという時のために取っておいていた。


「今だお嬢さん!」

承知しょうち


 両足の腱を断つタルワールの一閃。

 膝をついて前のめりに倒れた巨人の頭がニュクスの眼前で沈んだ。

 この隙を見逃さず、ニュクスはガストリマルゴスの左肩へと飛び乗る。


「――八枚の雲をことごと穿うがち――」


 リスの詠唱は間もなく終了する。決着の時は近い。


「さてと」


 腱の再生したガストリマルゴスが立ち上がり、肩に乗る厄介者を排除しようと、必死に右手で掴み取ろうとした。

 巨体のくせに臆病おくびょうなその姿はあまりにも滑稽こっけいで、ニュクスはあざけるような笑みを浮かべる。


冥土めいどの土産だ。一発入れさせてやるよ」

「ニュクス、何を!」


 ニュクスは狙ってくださいと言わんばかりに、肩から飛び降り無防備に空中に身を晒した。

 思いもよらぬニュクスの行動にソレイユは絶句した。真下から状況を確認していたヤスミンも、声を殺しながらも驚愕に目を見開いている。

 

 傷ついていない左目で怨敵おんてきの姿を正面に捉えたガストリマルゴスは歓喜の咆哮ほうこうを上げ、勢いよく振るった右腕でニュクスの体を吹き飛ばした。


「がっ――」

「ニュクス!」


 左腕が不自然な方向を向いたニュクスの体は、クラージュが護る集会場の建物へと衝突。壁を突き破って中へと突入した。

 思いもよらぬところから現れた人影と突然の衝撃に、内部は軽いパニック状態だ。


「――聖域へと呼び戻したまえ」


 リスの魔術の詠唱は完了した。

 後は招来しょうらいの号令と共に、位置を調節して魔術を発動するのみだ。


「ヤスミンさん。私の右腕を支えて」

「はい!」


 リスが上方へとかかげた右腕を、ヤスミンが両の手でしっかりと支える。

 狙うは巨体の胸部。ガストリマルゴスに阻止される可能性は限りなく低い。


 右目を潰され、なおかつニュクスを殴り飛ばすために振るった巨大な右腕のせいで、真下にいるリスとヤスミンは完全に死角。殴り飛ばされることで魔術の発動に巻き込まれないよう安全圏あんぜんけんに退避することまで込みで、全てはニュクスの計算通りだ。


閃光せんこう招来しょうらい! ラディウス!」


 言の葉と同時に、リスのてのひらを支点に極太のレーザーが上方へ向けて放たれた。

 完全詠唱のおかげで、お屋敷で使った時の数倍、いや数十倍の破壊力だ。

 困惑にも似た短い鳴き声と共に、ガストリマルゴスの胸部から頭部にかけて、上半身の広範囲が閃光へと飲み込まれる。


「痛っ! くっ……」

「支えてますから!」


 反動により体中に激痛が走り骨がきしむ。リスは右腕を逸らしそうになるが自身の気力とヤスミンの補助を受けて、何とか腕をかかげ続ける。万が一腕を下ろしてしまったら、リス自身の手で村を壊滅かいめつさせてしまうかもしれない。放出を終えるまでは、絶対に腕を下ろしてはいけない。


「もう少し……」

「うおおおおお!」


 地面に沈み込みそうになる反動と衝撃の中、ヤスミンは必死にリスの体を支え続ける。

 やがて右手から放出されるレーザーの勢いは弱まり、最終的には細い一本の光の線と化し、自然消滅した。


「やってやった……」


 放出の治まった右腕を力なく投げ出し、リスは勝ち誇って笑みを浮かべる。

 頭上のガストリマルゴスの巨体は、上半身が完全に消滅しちりと化していた。心臓を狙った一撃であったが、その極大きょくだいの閃光は心臓もろとも、腕も頭部もえぐり取ってしまった。

 下半身だけになったガストリマルゴスの体はバランスを失い後方へと転倒。地面へ衝突すると同時に黒い気体となり霧散むさんした。

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