第37話 覚悟

「再生能力を持つ怪力の巨人。厄介やっかいですね」

「神父を仕留めそこなったのは不覚だった」

「……ごめんなさい。あなたはずっと斬りかかるタイミングをうかがっていたのに、私を助けようとして」

「お嬢さんを助けちまったことも含めて不覚だって言ってるんだよ」

「まあ、酷い」


 背中合わせに苦笑しつつ、頭上から迫った拳の影を、それぞれ反対方向へ跳んで回避する。


「神父が身を潜めた以上、今度こそあの巨人をどうにかしないといけませんね。ニュクス、何か良い案はありますか?」

「見たところ、あのデカブツの再生能力は不完全な印象を受ける」

「どういうことですか?」

「こういうことだ!」


 不意にニュクスは駆け出し、ガストリマルゴスの腕を足場に青銅色せいどういろの胸元まで跳躍ちょうやく。クロスさせたククリナイフでバツ印に胸部を裂いた。


 剛腕ごうわんに掴み取られる前にニュクスは素早く着地し、ソレイユの下へと舞い戻る。


「胸の傷を見ろ」

「一瞬で再生しましたね」


 ニュクスが戻るのとほぼ同時に、胸の傷は綺麗きれいに塞がっていた。首がつながった時といい驚異的な再生速度だが、注目すべき点はそこではない。


「じゃあ、左手の甲は?」

「そういうことですか」


 胸の傷がすぐさま再生したのに対し、先程ニュクスが八つ当たりでつけた手の甲の傷はまだ再生しきっておらず、五割程度しか傷が塞がっていない。


 体の部位により再生速度に違いがある。これは攻略の大きなヒントとなり得る情報であった。


「首や胸部は他に比べて再生が早い。恐らく、生命維持に必要な箇所かしょを優先的に再生する仕組みなんだろう」

「確かに再生能力が万能ならば、部位ごとに、ここまであからさまに再生速度が異なるのはおかしいですからね」

「奴は不安なんだよ。裂けた首やえぐれた胸をすぐさま再生しないと、止めを刺されるかもしれないってな――」


 一瞬、集会場の方を向いたガストリマルゴスの動向を気にし、ニュクスは注意を引くために目を狙ってダガーナイフを投擲とうてき。目には当たらなかったが被り物ごと左の頬を裂き、巨人の注意は再度ニュクスの方へと引きつけられる。


「首をねたり心臓を貫いたり、一撃必殺ならば倒すことが出来るということですね」

「言う程簡単じゃないがな。厚い皮膚と筋肉のせいで、剣じゃ一撃で止めを刺すのは難しい。かといって連続攻撃で傷を広げようにも、あの再生速度の前じゃ俺達の体力が尽きる方が先だろう」


 ニュクスはガストリマルゴスの連続パンチをくぐり、股をもぐって背後を取った。

 そのまま右足のけんをククリナイフで切断し、その巨体に膝をつかせた。


「やってみますよ。魔物との体力勝負、望むところです。二対一ですし、十分に見込みはあります」


 膝をついたガストリマルゴスの巨体を駆け上がり、ソレイユが襟首えりくび目掛けてタルワールで斬り付ける。再生されても何度も何度も、巨体の襟首に赤い線を引いていく。


「俺も付き合う前提なのね」


 加勢すべく、ニュクスも巨体を駈け上ろうと構えるが、


「待ってニュクス!」

「眼鏡っ娘、無理せず寝てろ」


 折れた右腕を抑えながら、覚束おぼつかない足取りでリスがニュクスに近づいてきた。


「あの魔物、一撃必殺なら倒せるんですよね?」

「その可能性は高い」

「私の魔術なら倒せます。普段は詠唱無しでの発動なので威力は控えめですが、完全詠唱の状態で放てばきっと」

「その体で大丈夫なのか?」

「命に関わるようなことは無いのでご安心を。臣下としてソレイユ様のお役立ちたいし、やられたままでいるのも嫌です」

「ごもっともな理由だな」

「……ただ、反動が大きいので、今の状態では体を支えきれずに攻撃がれてしまわないかが心配です。二発目を放つ体力は、たぶん残っていないでしょうし」

「俺が支えます!」

「ヤスミンか」


 平原から真っ先に村へと向かったヤスミンは、村に立ち入る前にクラージュに保護され、状況が落ち着くまで隠れているようにと村外れの小屋に退避させられていた。どうやら居ても立ってもいられず、小屋を飛び出してきてしまったようだ。


「魔術を放つリスさんの体を、俺が真っ直ぐ支えます!」

「失敗すればあのデカブツは真っ先にお前らを狙うぞ。命をける覚悟はあるのか?」

「もちろんです。言っておきますがこれは復讐心ふくしゅうしんじゃありません。村の人達を守りたい一心です!」

「分かった。眼鏡っ娘から絶対に手を離すよ」

「はい!」


 ヤスミンの覚悟を聞き入れ、ニュクスはより具体的な計画をリスと打ち合わせる。


「俺はどうしたらいい?」

「ニュクスにお願いしたことは二つ。一つは詠唱が終わるまで時間を稼ぐこと、今回は閃光せんこうを放つラディウスを使うつもりなので、三分程度かかります。

 二つ目は魔物の誘導。ラディウスはとても強力です、水平方向に放てば、村に大きな被害を与えてしまう。被害を抑えるために魔術は上方じょうほうへ向けて放ちます。詠唱から発動まで私は身動きが取れませんので、詠唱終了と同時に、私達が魔物の体を下から見上げるような形を作ってください」

「簡単に言ってくれちゃって」


 一つ目はどうとでもなるが、二つ目は非常に難易度が高い。

 リスとヤスミンに危害を及ばせず、かつ近くに巨体を配置させる。

 詠唱に要する時間とのね合いもあるので、常に計算をしながら動く必要があるだろう。


「まあ、何とかなるか」


 覚悟を決め、ニュクスは二刀のククリナイフを構えてガストリマルゴスの方へと向き直る。

 首を攻めていたソレイユが荒ぶる巨体に振り落とされたようだ。大した怪我は負っていないようだが、いつまでも一人で戦わせておくのは可哀そうだろう。


「俺がお嬢さんに合流したら詠唱を始めろ」

「分かりました。ソレイユ様のこと、よろしくお願いします」


 言葉は発さぬまま短く頷き、ニュクスはガストリマルゴス目掛けて駆け出した。


「ヤスミンさんでしたよね。詠唱の終盤をお教えしますので、詠唱がそこに差し掛かったら、ニュクスとソレイユ様に合図してあげてください。

 言の葉は――いただきよりそそ燦々さんさんたる熱光を、聖域せいいきへと呼び戻したまえ――です」


「分かりました」

「では、始めます」


 深く息を吸い込み、リスは体の痛みに負けぬように精神を集中していく。


暗雲あんうんたちこめる灰褐色はいかっしょくの聖域――」


 リスが魔術の詠唱を始め、ヤスミンはその両肩を後ろから力強く支えた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る