第35話 大食漢の巨人

「ラーミナ!」


 リスの放った魔術が、周辺に展開する6体のエリュトン・リュコスを切り刻み、血のシャワーが降り注いだ。リスは村の中心に位置する集会場の屋根に立ち、近づこうとする魔物をことごとく魔術で迎撃していた。

 魔物の襲撃を受け、ほとんどの村人が村で一番大きな建物であるこの集会場へと避難している。絶対にここを突破されるわけにはいかない。


 相手が魔物だけなら、時間はかかるがリス一人でも十分に対処しきれただろう。しかし今回は多数の魔物に加え、3人の魔術師を同時に相手にしなければいけないので分が悪い。


静寂せいじゃくの泉を浸食しんしょくせし――」

「グロブス!」

「くっ!」


 魔術を放つべく詠唱を始めた黒いローブの男の肩を、リスの放った光弾こうだんが貫通する。

 痛みで集中力が途切れ詠唱が中断。男の魔術は不発に終わった。

 致命傷に至らない微弱な一撃だが、魔術の発動を妨げるだけなら十分に有用だ。


「ふむ。小さなお嬢さんだと思って侮りましたね。まさか詠唱無しで魔術を放てるとは」


 アリスィダ神父は穏やかな口調ながらも体を小刻みに震わせ、額には青筋を浮かべている。

 事態が思うように進まないことに、随分とご立腹のようだ。

 

「魔物の攻撃で時間を稼げ。その間に私はあれを呼び出す」

「このような小さな村で使うのですか?」

「私はこう見えても嗜虐しぎゃく趣味でね。ああいう勇敢ゆうかnな少女には、なるべく大きな絶望を味わってもらいたいんだ」


 醜悪しゅうあくな笑みを浮かべると、アリスィダ神父はふところから取り出した、珪線石けいせんせきの埋め込まれた書物を地面へと置くとその上に手をかざし、魔術の詠唱を開始する。


清浄しょうじょうなる蛮勇ばんゆうけがれし善行ぜんこう


 上昇じょうしょうを続ける雨粒あまつぶ墜落ついらくを繰り返す叢雲むらくも


 現世うつしよを漂流せし矛盾ほこたてことごとく、


 大地の裂け目と見紛いし、汝のそのあぎとをもって――」


「やらせない」


 アリスィダ神父の不穏ふおんな動きを阻止するべく、彼の肩目掛けて自身最速の魔術――ラディウスを放とうとしたが、


「きゃあああああ!」

「うわあああああ!」


 突如としてリスの足元を襲う揺れと集会場内からの悲鳴。集会場の後部に回り込んだ10数体のエリュトン・リュコスが、外壁に向かって一斉に体当たりを繰り出したのだ。


「いけない」


 村人たちの命を守るのが最優先。一度アリスィダ神父から意識を外し、リスは集会場の後方へと群がるエリュトン・リュコスの群に狙いを定める。


「ラーミナ!」


 血飛沫をまき散らす斬撃がエリュトン・リュコスの群を蹂躙じゅうりんし、集会場への被害を抑えることに成功した。


 リスはすぐさま振り返り、アリスィダ神父の魔術を妨害すべく動く。


「ラディウス!」


 リスの手元から放たれた神速の光線がアリスィダ神父に迫るが、


「迅速な対応だが遅かったね」

「えっ?」


 突如として地面から這い出して来た巨大な青銅色せいどういろの右腕が盾となり、ラディウスの一撃を防いだ。強靭きょうじんな腕は、表面に僅かに焦げ跡が生じたのみでビクともしてない。


「……大きい」


 激しい地響きと共に巨大な右腕の持ち主が地中から姿を現し、全体像を地上へ晒した。

 集会場の屋根の上に立つリスを見下ろす巨体。大きさは優に6~7メートルはあるだろうか。

 顔は茶色い麻袋あさぶくろのような物におおわれているが、目元と口元の部分だけは切り取られており、血走った真っ赤な瞳、一噛みで岩石すらも粉砕してしまいそうな大顎と厚みのある鋭利な歯が、暴力的な印象を全面に押し出している。

 頭から下は、体色が青銅色なことを除けば人間によく似ており、麻袋を被った巨人という表現が一番的確であろう。

 

 巨人の名は『ガストリマルゴス』。

 強靭な腕であらゆる物をぎ払い、引き千切った獲物をその巨大な顎と歯で食い散らかす、大食漢たいしょくかんの魔物だ。

 食べても食べても満ち足りることのない空腹感。

 カキの村の人口など、ガストリマルゴスの前では前菜ぜんさいにすらならないだろう。


「ガストリマルゴス。その強靭きょうじんな右腕で集会場を潰してしまいなさい!」

「やらせない!」


 ガストリマルゴスの振り上げた右腕にリスは狙いを定める。

 詠唱無しのバージョンではあるが、しくも先程、黒いローブの男が放とうとしたのと同種の魔術だ。


「エールプティオー!」


 瞬間、ガストリマルゴスの右腕付近で激しい爆発が起こり、振り下ろされようとしていた右腕の動きが止まった。


 集会場への被害を防げたことにリスは安堵するが、


「えっ――」


 ガストリマルゴスの左腕が、リスの体を掴み取った。

 集会場を狙った右腕は囮。アリスィダ神父の狙いは元よりリスの体を拘束することにあった。


「お嬢さんさえどうにかしてしまえば、村人など何時いつでも食い殺せる」

「くっ――」


 ガストリマルゴスの左手に力が籠り、リスの華奢きゃしゃな体を締め上げる。

 アリスィダ神父の嗜虐趣味をみ、力を加減しているおかげでリスの体は潰れずに済んでいたが、それでも骨がきしみ、悲鳴を上げた筋肉は内出血を起こしている。


「良い顔だ。さっきまでの威勢いせいの良さが見る影もない」


 苦悶くもんに染まるリスの顔を見て、アリスィダ神父の気分は高揚こうようしていた。

 慣れっこなのだろう。嗜虐趣味を満喫する神父の姿を見ても、配下の二人は何の反応も見せない。


「泣いて謝るなら、あなただけは見逃してあげても構いませんよ。私とて魔術師の端くれ。詠唱無しで魔術を扱える才覚さいかくある魔術師を、こんな野蛮やばんな方法で殺したくありませんからね」

「……あなたには野蛮がお似合いですよ」


 体に走る痛みに耐えながら、リスは気丈にアリスィダ神父を睨み付ける。

 諦めを知らぬ勇敢な眼差しは、アリスィダ神父の求めていた反応とは真逆のものだ。


「可愛げのない小娘だ。泣きじゃくり、命乞いでもしようものならたっぷりと可愛がってやったものを」


 苛立いらだちに地団太じだんだを踏みながら、アリスィダ神父は二人の部下に命じる。


「お前たちはエリュトン・リュコスで集会場を落とせ。私はガストリマルゴスにあの小娘を喰らわせる」


 アリスィダ神父の命令に頷き、二人の召喚者は待機させていたエリュトン・リュコスへ指示を出し、再度、集会場の周辺を包囲させた。


「ラーミ――」

「大人しくしていなさい」

「あぐっ――ああああああ!」


 集会場を守るべく魔術を放とうしたリスを、万力まんりきのごとき剛腕が締め上げる。

 今までの数倍の圧をかけられ、リスの右腕から骨の折れる鈍い音が発生した。


「食事の時間だガストリマルゴス。才覚溢れる魔術師の小娘。さぞ美味に違いないぞ」


 リスを握る左手が、大顎へと運ばれていく。

 腐臭にも似た口臭を放つ口腔こうくうからは、雨樋あまどいすべる水流と見紛うような、大量の唾液だえきが滴り落ちている。


「……ごめんなさい。ソレイユ様」


 眼前まで迫る暴力的な歯列しれつ

 死を覚悟したリスは、村人たちを守り切れなかった後悔を主君に謝罪し、涙交じりに目を伏せた――

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