第35話 大食漢の巨人
「ラーミナ!」
リスの放った魔術が、周辺に展開する6体のエリュトン・リュコスを切り刻み、血のシャワーが降り注いだ。リスは村の中心に位置する集会場の屋根に立ち、近づこうとする魔物をことごとく魔術で迎撃していた。
魔物の襲撃を受け、ほとんどの村人が村で一番大きな建物であるこの集会場へと避難している。絶対にここを突破されるわけにはいかない。
相手が魔物だけなら、時間はかかるがリス一人でも十分に対処しきれただろう。しかし今回は多数の魔物に加え、3人の魔術師を同時に相手にしなければいけないので分が悪い。
「
「グロブス!」
「くっ!」
魔術を放つべく詠唱を始めた黒いローブの男の肩を、リスの放った
痛みで集中力が途切れ詠唱が中断。男の魔術は不発に終わった。
致命傷に至らない微弱な一撃だが、魔術の発動を妨げるだけなら十分に有用だ。
「ふむ。小さなお嬢さんだと思って侮りましたね。まさか詠唱無しで魔術を放てるとは」
アリスィダ神父は穏やかな口調ながらも体を小刻みに震わせ、額には青筋を浮かべている。
事態が思うように進まないことに、随分とご立腹のようだ。
「魔物の攻撃で時間を稼げ。その間に私はあれを呼び出す」
「このような小さな村で使うのですか?」
「私はこう見えても
「
大地の裂け目と見紛いし、汝のその
「やらせない」
アリスィダ神父の
「きゃあああああ!」
「うわあああああ!」
突如としてリスの足元を襲う揺れと集会場内からの悲鳴。集会場の後部に回り込んだ10数体のエリュトン・リュコスが、外壁に向かって一斉に体当たりを繰り出したのだ。
「いけない」
村人たちの命を守るのが最優先。一度アリスィダ神父から意識を外し、リスは集会場の後方へと群がるエリュトン・リュコスの群に狙いを定める。
「ラーミナ!」
血飛沫をまき散らす斬撃がエリュトン・リュコスの群を
リスはすぐさま振り返り、アリスィダ神父の魔術を妨害すべく動く。
「ラディウス!」
リスの手元から放たれた神速の光線がアリスィダ神父に迫るが、
「迅速な対応だが遅かったね」
「えっ?」
突如として地面から這い出して来た巨大な
「……大きい」
激しい地響きと共に巨大な右腕の持ち主が地中から姿を現し、全体像を地上へ晒した。
集会場の屋根の上に立つリスを見下ろす巨体。大きさは優に6~7メートルはあるだろうか。
顔は茶色い
頭から下は、体色が青銅色なことを除けば人間によく似ており、麻袋を被った巨人という表現が一番的確であろう。
巨人の名は『ガストリマルゴス』。
強靭な腕であらゆる物を
食べても食べても満ち足りることのない空腹感。
カキの村の人口など、ガストリマルゴスの前では
「ガストリマルゴス。その
「やらせない!」
ガストリマルゴスの振り上げた右腕にリスは狙いを定める。
詠唱無しのバージョンではあるが、
「エールプティオー!」
瞬間、ガストリマルゴスの右腕付近で激しい爆発が起こり、振り下ろされようとしていた右腕の動きが止まった。
集会場への被害を防げたことにリスは安堵するが、
「えっ――」
ガストリマルゴスの左腕が、リスの体を掴み取った。
集会場を狙った右腕は囮。アリスィダ神父の狙いは元よりリスの体を拘束することにあった。
「お嬢さんさえどうにかしてしまえば、村人など
「くっ――」
ガストリマルゴスの左手に力が籠り、リスの
アリスィダ神父の嗜虐趣味を
「良い顔だ。さっきまでの
慣れっこなのだろう。嗜虐趣味を満喫する神父の姿を見ても、配下の二人は何の反応も見せない。
「泣いて謝るなら、あなただけは見逃してあげても構いませんよ。私とて魔術師の端くれ。詠唱無しで魔術を扱える
「……あなたには野蛮がお似合いですよ」
体に走る痛みに耐えながら、リスは気丈にアリスィダ神父を睨み付ける。
諦めを知らぬ勇敢な眼差しは、アリスィダ神父の求めていた反応とは真逆のものだ。
「可愛げのない小娘だ。泣きじゃくり、命乞いでもしようものならたっぷりと可愛がってやったものを」
「お前たちはエリュトン・リュコスで集会場を落とせ。私はガストリマルゴスにあの小娘を喰らわせる」
アリスィダ神父の命令に頷き、二人の召喚者は待機させていたエリュトン・リュコスへ指示を出し、再度、集会場の周辺を包囲させた。
「ラーミ――」
「大人しくしていなさい」
「あぐっ――ああああああ!」
集会場を守るべく魔術を放とうしたリスを、
今までの数倍の圧をかけられ、リスの右腕から骨の折れる鈍い音が発生した。
「食事の時間だガストリマルゴス。才覚溢れる魔術師の小娘。さぞ美味に違いないぞ」
リスを握る左手が、大顎へと運ばれていく。
腐臭にも似た口臭を放つ
「……ごめんなさい。ソレイユ様」
眼前まで迫る暴力的な
死を覚悟したリスは、村人たちを守り切れなかった後悔を主君に謝罪し、涙交じりに目を伏せた――
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