第34話 素性

「ニュクス。この黒いローブの一団の正体に心当たりはありますか?」

「アマルティア教団の人間に間違いない。黒いローブや召喚術しょうかんじゅつを使っていたところを見るに、正規部隊だろうな」

「アマルティア教団ですか? 一時期は国家こっか転覆てんぷくを狙って各地で暗躍あんやくしていたと聞いていますが、この数十年目立った活動はしていなかったはずでは?」

「息を潜めていただけだよ。世間一般には邪教じゃきょうみ嫌われながらも、実際には魔術師を中心に、信徒数しんとすうは過去最大にまで増加している。各地で魔物の動きが活発化している今、その大本おおもとである邪神を崇拝すうはいする組織が息を吹き返すのは道理どうりだ」

「……召喚術や黒いローブの男達の素性にも心当たりがあり、アマルティア教団の現状にも精通している。ニュクス、やはりあなたは」

「ああ、俺が所属しているのはアマルティア教団の暗殺部隊だ」


 世間話でもするかのような軽い口調で、ニュクスはあっさりと真実を語る。

 聞かれた時点で真実を答えるつもりだった。こうして教団の人間と接触してしまった以上、正体が露見ろけんすることは避けられないと考えたからだ。


「……ごめんなさい。素性について尋ねるつもりはないと最初に言ったのに」

「別にいいさ。話の流れってのもある」


 苦笑しながらそう言うと、ニュクスは真っ直ぐとソレイユを見据える。


「どうする? 俺の正体が分かったわけだが、今度こそ捕えて王都へ送還そうかんするか?」

 

 ソレイユがニュクスの素性を知った今では、これまでと心象しんしょうも異なるだろう。所属は違っても、今回ルミエール領内で騒動を起こしたのは、ニュクスと同じ組織に属する者達なのだから。


「……いえ。今まで通りでいいです」

「いいのか?」

「はい。あくまでも私が契約を交わしたのはニュクスという個人。所属など関係ありません。私があなたに殺されるまで、契約は続行です」

「お嬢さんがそう言ってくれるなら、俺としてもありがたいね」


 緊張感はあるが不思議と険悪けんあくな空気ではない。

 真実の一端を共有することで、お互いに肩の荷が少し下りたのかもしれない。


「あなたがアマルティア教団の人間だということは、今は私の胸だけに留めておきます。悪戯に他の者との亀裂きれつを深める必要もないでしょう」

「ご配慮に感謝するが、それだとお嬢さんは嘘つきになってしまうぞ」

「いずれ皆にも伝えますよ。今はその時ではないだけです」

「物は言いようか」


 口では敵わなそうだと、ニュクスは大袈裟おおげさに肩をすくめた。


「それにしても、どうしてアマルティア教団がキャラバン隊の襲撃など?」

「残念だが俺にもそれは分からない。教団は内部組織の独立性も高くてな。他所の部隊の活動までは把握していない」

「そうですか」

 

 ニュクスが嘘をついている可能性は疑っていないらしい。もちろん嘘などついてはいないが。

 

「ついでですから、もう一つうかがってもよろしいですか?」

「何だ?」

「アマルティア教団はどうして私の命を狙い、あなたを差し向けたのでしょう?」

「英雄の原石だからだそうだ」

「英雄の?」

「俺はそう聞いているが」

「ふふふっ、英雄ですか」


 ソレイユが破顔一笑はがんいっしょうし、その姿にニュクスは一瞬、呆気あっけにとられた。冗談めかして言ったわけではないし、笑いを誘うような話題だったとも思えないからだ。

 

「英雄ではなく、影の英雄ですがね」

「どういうことだ?」

「機会があったらお話ししますよ」


 笑顔のソレイユが言葉を切るのと同時に、脅威きょういは去ったと判断したクラージュがヤスミンをともなって合流した。離れた位置にいたので、これまでの会話はクラージュ達には聞こえていない。


「正直驚きました。ソレイユ様たちが召喚者とやらを倒すと同時に、あれだけいた魔物が煙のように消滅しょうめつしてしまうなんて」


 クラージュはほおに薄い引っき傷を負った程度でほぼ無傷だ。鎧に付着している大量の返り血が、奮戦ふんせんぶりを物語っている。

 もちろんヤスミンの身もしっかり守り切っており、彼もねた血液で衣服をらしているだけで体に異常は見られない。


「……遠目に黒い球体は目にしていましたが、一体何があったのですか?」


 空間ごと切り取ったかのように、円形に抉れた大地を目の当たりにし、クラージュは唖然あぜんとする。


「召喚者が私を道連れにしようとした結果です。ニュクスが助けてくれなければ、五体満足ではいられなかったかもしれません」

「そんなことが」


 目を伏せたクラージュがニュクスの方へと向き直り、深々と頭を下げた。


「礼を言うぞ客人」

「明日は雨かな」

「感謝の念ぐらいは素直に受け取っておけ」

「そうだな」


 苦笑しながらも、ニュクスはクラージュの言葉に頷いた。


「ソレイユ様。この者達は何者なのでしょうか?」

「アマルティア教団所属の人間たちのようよ」

「あの邪教の? つまり、野盗やとうではなかったと」

「そうなりますね。目的は不明ですが」


 想定していたのは魔物の大群か、物資狙いの野盗の襲撃の二択だけ。

 魔物を自在に操る勢力による襲撃など完全にイレギュラーであり、領を守る者として頭を抱えずにはいられなかった。


「どうしたヤスミン」


 先程から一言も発しないヤスミンをニュクスが気に掛ける。

 ヤスミンはソレイユ達と距離を置き、自害する前にニュクスによって命を絶たれた黒いローブの男の死体の前に立ち尽くしていた。


「そのネックレスは?」


 ヤスミンの腕に、血塗れのネックレスが巻き付けられていることにニュクスは気がついた。襲撃の前に会話を交わした時には、あのような物は所持していなかったはずだ。


「……兄がいつも身に着けていた母の形見です。合流する直前に、血だまりの中で見つけました」

「そうか」


 覚悟をしておくようには言っておいたが、現実を自らの目で確かめるのはやはり辛いものだろう。ましてやヤスミンは、まだ15歳の少年なのだから。


「……こいつらがキャラバン隊に魔物をけしかけたんですよね?」

「状況的に考えて間違いないだろうな」

「……許せない」


 ヤスミンが腰に帯剣していた護身用のナイフに手を伸ばそうとしたが、ニュクスは素早くその手を制する。


「止めておけ。死体に怒りをぶつけても、自己嫌悪しかいてこないぞ」

「……でも」

「それに、恐らくまだ終わりじゃない」

「えっ?」


 ヤスミンが頭に疑問符を浮かべると同時にそれは起こった。

 突如として激しい爆発音が響き渡り、その場にいた全員の視線が、立ち上る黒煙へと奪われた。

 爆発が起こったのは、リスを残してきたカキの村の方向だ。


「村が!」

「ヤスミン殿!」


 馬へと飛び乗ったヤスミンをクラージュが追いかける。

 リスが待機しているのでそうそう被害が拡大することは無いだろうが、何者かの襲撃が起こったことは間違いない。


「村を襲っている奴が親玉かもしれないな」

「どういうことですか?」

「仕留めた連中の中には、指揮官クラスの人間が見えなかったからな」

「確かに、いくら魔物を使役しているとはいえ、襲撃者が4人だけとは考えにくいですからね」


 正規部隊の指揮官クラスの実力はニュクスにも未知数だ。今し方片づけた連中のように易々と死んではくれないだろう。ニュクスの表情も自然と引き締まる。


「行きましょうニュクス。領民たちの危機を放ってはおけません」

「お嬢様のお願いとあらば」


 ヤスミンとクラージュを追い、二人も村へと向かった。

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