第33話 初見殺し

「それで隠れたつもりか?」

「なっ――」


 草陰くさかげに身を潜めていた召喚者しょうかんしゃ――黒いローブの男目掛けて、ニュクスはダガーナイフを投擲とうてきする。男は咄嗟とっさに倒れ込むようにしてそれを回避したが、集中力が途切れたせいで、黒いローブにほどこしていた姿を消す魔術の効力が切れてしまった。

 

ほとばしる竜のいななき! 顕現けんげんせ――」

「遅い」


 黒いローブの男は魔術で抵抗を試みたが、詠唱の時間など隙以外の何物でもない。慈悲じひなど微塵みじんもなく、ニュクスは男の首をククリナイフで裂いた。

 首から鮮血せんけつをまき散らし、男の体はゆっくりとした動きで崩れ落ちる。


「だから遅いって」

「ぐっ――」


 背後から魔術で奇襲をかけようとしていたもう一人の男の存在に、ニュクスは始めから気が付いていた。男の方を一度も見ずに背後にダガーナイフを投擲、見事に眉間みけんを射抜いた。


「召喚術に漆黒しっこくのローブ。やはり教団の正規部隊か」


 眉間を射抜かれた男のローブを物色し、ニュクスは確信を強める。所属が違うので情報が入って来なくても不思議ではないが、ルミエール領内に自分以外にもアマルティア教団の人間が入り込んでいたことには少しだけ驚いていた。

 教団最高位の魔術師であるパギダ司教の下、各地で任務にあたる魔術師や僧兵そうへいを中心とした部隊。命を賭ける覚悟は、男が首からぶらさげている赤黒い石のネックレスからも見て取れる。

 

「まさか、同じ組織の人間を殺す日が来るとはな」


 その言葉に決して後悔の念はない。

 人生何があるか分からないものだと、感心すらしていた。


「さてと、お嬢さんの方はと?」


 ソレイユの向かった方向へ視線を向けると、あちらも丁度ちょうど終わったようで互いに目が合う。


「こちらも片付きましたよ。あなたの言うように、召喚者を無力化したら魔物も消滅したようです」

「殺したのか?」

「いえ、色々と聞きたいこともあるので、気絶させて身柄を拘束するだけに留めておきました」

「そうか――」

「ニュクス?」


 ソレイユの言葉を最後まで聞かず、彼女の背後に転がっている二人の黒いローブの男へ向かってける。


「ぐっ――」

 

 ソレイユの脇を通り抜け、ニュクスは倒れている黒いローブの男の首筋に容赦なくククリナイフを突き立て、完全に命を絶った。


「待って!」


 すでに戦闘不能に陥っている者に対する情け容赦ようしゃない蛮行ばんこう。ソレイユは不快感に顔を歪め、ニュクスをとがめようと手を伸ばす。


「邪魔するな!」


 ソレイユの手を無理やり払い、ニュクスは息のあるもう一人の男の向かって斬りかかったが、


「ちっ!」


 気絶した振りをしていたらしい男は転がり込むようにしてニュクスの斬撃を回避。すぐさま上体を起こすとローブをはだけさせ、胸元の赤黒い石を握り、勝ち誇るかのように笑った。


「離れろお嬢さん!」

「えっ?」


 ニュクスは反応の遅れたソレイユを抱き留め、倒れ込むようにして黒いローブの男と距離を取る。

 次の瞬間、黒いローブの男の握る石は禍々しい気配を放つ漆黒の球体へと変化。球体は徐々に大きくなり、男の体もろとも周囲の空間を浸食。血も肉も、草木も大地も、空間を丸ごとえぐり取っていく。


「……あれは一体」

「意志一つで発動できる自害用の魔具まぐだよ。いや、道連れ用といった方が正確か。あの通り、球体に触れた物は例外なく消滅だ」


 球体は直径3メートル程までふくれ上がったが、そこから急激に縮小。最終的には何事も無かったかのようにその場から消失した。後に残されたのは円形に抉れた大地だけだ。

 

「こうなることが分かっていたから止めを?」

「そういうことだ。奴らは死を恐れない。囚われるくらいなら躊躇ちゅうちょなく死を選ぶだろう。自身を捕えようとする人間を道連れにしてな。巻き込まれないためには、発動の間を与えずに殺すのが一番確実だ」

「……甘かったのは私の方ということですか」

「あれはいわゆる初見殺しだ。気に病むことはない」


 ソレイユの肩に優しく触れ、ニュクスはフォローを口にした。。

 必要以上に殺す必要はないというソレイユの考えは至極真っ当なものなので、それを否定するつもりもなかった。


「こういっては失礼ですが、少し意外でした」

「何が?」

「あなたが、身をていして私をかばってくれたことがです。あなたが助けてくれなければ、私は無傷ではいられなかったと思います」

「それは……」


 指摘されニュクスは思わずハッとした。

 どうして自分は暗殺対象のソレイユを助けるような真似をした?

 あのまま見過ごしていれば、ソレイユは黒い球体に巻き込まれて死んでいた可能性だってあったはずなのに。


「……何となくだ」


 これは本音だった。ニュクス自身、明確な理由を持ち合わせてはいない。

 決して情が移ったわけではないし、自身が暗殺者であることを忘れたこともない。

 なのに、咄嗟にソレイユを助けてしまった。

 自分のことなのに、その理由が分からない。


「すみません。どうして助けたのかなんて、失礼な質問でしたよね。とにかく、あなたのおかげで助かりました。礼を言います」

「礼なんていい。俺は一度あんたの命を狙った人間だ」


 自身の混乱を誤魔化す意味もあったのだろう。あえて突き放すようにそう言った。

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