第27話 昼下がりの談笑

「お嬢さん、少しいいか?」

「あなたの方から声をかけてくるとは珍しいですね」


 昼下がり。お屋敷のテラスで紅茶をすすっていたソレイユに、ニュクスが相席した。

 側に控えるしゅ色の髪の若いメイドはニュクスを警戒しているらしく、緊張感で表情を強張らせている。


「そう怯えた顔をしなさんなメイドさん。別に取って食いやしないから」

「お、怯えてなど」


 後ろでくくった朱色の長髪をなびかせながら、メイドは全力で首を横に振る。あまりにも分かりやすいそんな姿を見て、思わずニュクスも微笑みを浮かべる。


「そういえば、礼を言ってなかったな」

「わ、私にですか?」

飛翔種ひしょうしゅが襲撃した時、俺に林檎園りんごえんまでの道筋を教えてくれただろ? 俺は土地勘とちかんが薄いし、あんたのおかげで間に合った。ありがとう」

「と、当然のことをしたまでです。町の人たちの命がかかっている状況でしたから」

「俺のことを随分ずいぶんと怖がっていたからな。暗殺者に声をかけるのは、確かに勇気がいるよな」

「い、いえ、そんなことは」


 おどおとしているメイドを見て、ニュクスは悪戯心を刺激される。


「メイドさん。お名前は?」

「ソ、ソールと申します」

「ソソール?」

「ソールですよ」


 冗談だと分かっているが、念のためにとソレイユがさり気なく補足する。


「メイドさん。よく見ると可愛いらしい顔しているな」


 童顔だがスタイルがよく、ソレイユと並んでも遜色そんしょくのない美しさをソールは持っている。男心をくすぐるルックスなのは紛れもない事実だ。


「……最終的にはその呼び方なんですね」


 紅茶を啜りつつ、ソレイユが目を細める。


「か、可愛いらしいなんてそんな……」


 顔を覗き込んできたニュクスと目が合い、ソールは赤面しながら口をパクパクさせている。

 美形なニュクスの顔が至近距離にあること、一方でその美男子は主君の命を狙った暗殺者であるという事実。事なる二つの感情で、ソールは軽いパニック状態だ。


「やっぱり取って食ってしまうか」

「ひっ!」


 いやらしい笑みを浮かべたニュクスを前にし、ソールは両肩を抱き、短い悲鳴を上げた。


「お客様。ナンパ男みたいな真似はその辺で」

「お嬢さんが言うなら仕方がない」


 ソールの頭に優しく手を乗せて苦笑すると、ニュクスはソレイユの向かいの席に掛け直した。

 緊張が解けたソールは赤面したまま、大きく深呼吸をしているクールダウンを図っている。


「ソール。ニュクスの分のお茶とお茶菓子を用意してきて。ゆっくりで大丈夫よ」

「は、はい。分かりました」


 ソレイユの指示を受け、ソールはそそくさとキッチンの方へと向かっていった。


「あまりうちの可愛いメイドをいじめないであげてください。ソールは真面目な頑張り屋なんですから」

「もうしないよ。これからはお嬢さんをからかうことにしておく」

「そうですね。それが一番平和的です」


 一呼吸置き、ソレイユは紅茶を口にする。


「それで、用事というのは?」

「おっと、忘れるところだった」

「忘れかける程度の用事なら、構う必要はなさそうですね」

「冗談だ。俺が悪かったよ」


 咳払いをし、ニュクスは話題を仕切り直す。


「近い内に、この屋敷を出ようと思う」

「短いお付き合いでしたね。新天地しんてんちでもご達者たっしゃで」

「出るのは屋敷だけだ。誰もルミエール領を出ていくとは言ってない」

「冗談です。ソールを虐めた仕返しと思ってください」


 白い歯を覗かせて悪戯っ子のようにソレイユが笑う。

 領主代行でも才覚溢れる剣士でもない。

 年頃の少女としての顔がそこにはあった。


「だから悪かったって。戻って来たらメイドさんにも謝るから」

「いいでしょう。それで、屋敷を出るというのは?」

「言葉の通りだ。いつまでも屋敷に厄介やっかいになるのも悪いと思ってな」

「客室は自分の部屋だと思って自由に使っていいと言ったはずですが?」

「別に俺はいいんだが、臣下や使用人たちはそうは思わないだろう」

「お心遣いは感謝しますが、住む宛てはあるのですか?」

「町へ来た頃と同じ、オネットさんの宿に世話になろうと思う。実は最初に話を持ってきたのはオネットさんの方なんだ。飛翔種の襲撃からイリス達を守ってくれて礼がしたい。閑散期かんさんきだし、住む場所が必要な時があれば、いつでも宿の一室を提供するってさ」

「初日にお話しした通り、あなたの行動に制限はかけるつもりはありません。オネットさんからの了解も得られているのなら、私の方から言うことは何もありませんよ」

「話が早くて助かる」

「だけど、たまにはお屋敷にも出勤しゅっきんしてくださいよ?」

「出勤?」

「表向きは絵師としてお招きしているんです。ずっと宿屋に引きこもっていたら、領民たちにも怪しまれてしまいますよ」

「そういえばそうだったな。忘れかけてた」

「まったく」


 などと談笑している間に、ソールがお茶とお茶菓子を乗せたぼんを手にテラスへと戻って来た。


「メイドさん。さっきは悪かった」


 有言実行。ニュクスは早速、戻ってきたばかりのソールへ謝罪の言葉を口にした。


「はい?」

「今度こそ取って食いやしないから安心してくれ」

「は、はい」

「平和で何よりです」


 いまいち状況が飲み込めずキョトンとしているソールを見て、ソレイユは穏やかな笑みを浮かべていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る