第21話 お嬢様不在

 翌日の早朝。

 余所よそ行きのドレッシーな服装に身を包んだソレイユとリス、付き添いの侍女じじょ2名を見送るため、屋敷内の全ての臣下、使用人達がエントランスへと集まっていた。

 ニュクスだけは一団と少し距離を置き、階段近くの壁にもたれ掛かって事の成り行きを見守っている。


 この日ソレイユは不在の父の代理として、アルカンシエル王国有数の商業都市――グロワールで開催される貴族会議へ参加する予定となっていた。会議は泊まり掛けで、最低でも3日間は屋敷を空けることとなる。領主の娘という身分を考えれば護衛が少なすぎるが、人員不足の今、護衛の戦力はリスをつけるのがギリギリだった。


「それではクラージュ。留守を頼みましたよ」

「お任せください」


 ソレイユとリスが屋敷を空ける以上、領の守り手はクラージュ他数名しかいない。領の平和はクラージュの肩にかかっているといっても過言ではない状況だ。


「ニュクスも、いざという時にはよろしくお願いします」

「お嬢さんのお願いとあれば」


 緊張感のないニュクスの返答。

 ソレイユは微笑みを返しているが、クラージュを始めとした臣下達は、軽薄けいはくなニュクスの態度に不満げに顔を曇らせている。


 ――流石に今回はお留守番か。


 貴族階級が多く集まる場。前科のある得体の知れない人間は連れていけないだろう。ニュクスもそれは理解している。

 むしろ、ソレイユとリスが不在の間の領の平和を支えることこそが、信頼を勝ち取る一番の近道ともいえる。もちろん、お嬢様不在の3日間に何かが起こるとは限らないわけだが。


「それでは行ってきます」

「道中お気をつけて」


 ニュクス以外の全員が外へと出て、ソレイユたちを乗せた馬車を見送った。


 〇〇〇


「さてと、どうしたもんかね」


 客室を使うようになって数日が経つが、毎日必ずリスかソレイユが訪ねて来ていたので、二人が不在の今、少しだけ退屈に思うところがあった。

 今日はイリスの友人の父親が運営する農園で林檎りんごの収穫があり、それを手伝いに行ってる子供も多いそうだ。そのため町に出て子供達に絵を教えることも出来ない。


 写生でもしながら、気が向いたら林檎園の見学にでも行ってみようか。

 そんな風に予定を考えていると、


「クラージュ・アルミュールだ」


 客室をノックする音。律儀にフルネームを名乗っている。


「どうぞ」

「失礼する」


 館内だというのに、クラージュは上下を重厚な銀色の鎧で固めている。まるでこれから戦場にでもおもむこうかという出で立ちだ。


「何か用か?」

「少し付き合え。話がある」

「デートのお誘いか?」

「冗談は好かん。武器を持ってついて来い」

「武器を? 武器をネタに座談会か?」

「冗談は好かんと言っただろう。早く身支度を済ませろ」

「武器だけあればいいや。あとはそうだ、靴をブーツに履き替えてもいいか? 話とやらが済んだら、丘を登って写生のポイントを探したい」

「構わん。もっとも、そんな体力が残っていればの話だがな」

「怖い怖い」


 武器持参の外出に加え、敵意剥き出しの顔から放たれたこの発言。

 荒事の気配を感じずにはいられない。

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