第22話 暗殺者VS騎士

「それで、話しって?」


 クラージュに連れられてやってきたのは、屋敷の直ぐ側にある修練場だった。

 初対面の際、クラージュがこの場所から姿を現したことは記憶に新しい。


「私は貴様が信用ならない。主君を殺そうとした人間を客人として扱わねばならぬ。おかしな話とは思わぬか?」

「そうだな。あんたの言っていることは正論だ。おかしいのはお嬢さんの方」

「貴様! ソレイユ様を侮辱ぶじょくするか!」

「……面倒くさい奴だな」


 クラージュの不満の矛先ほこさきはソレイユではなく、あくまでもぬけぬけと客人扱いを受けているニュクスに向いているらしい。結局のところ主君に対して甘いようだ。


「それで、あんたは俺をどうしたいんだ? お嬢さんのいない間に俺を追い出すか?」

「……ただ追い出しただけでは、ソレイユ様は納得してくださらないだろう」

「だったらどうする?」

「貴様が不要だということを証明すればいい。ソレイユ様は貴様を戦力として迎え入れたようだが、戦力としてまるで役に立たないと分かれば、客人として優遇する意味もなくなるだろう」


 クラージュはそう言うと、あらかじめ修練場に用意しておいた、愛用の方手持ちのバトルアックスを右手で構える。華美な装飾は省き、対象をたたき切ることに重きをおいた無骨なシルエットは、屈強な肉体を持つクラージュによく似合っている。


「手合わせ願おう。完膚かんぷなきまでに叩きのめし、貴様は無用な存在だと証明してみせる。そうなれば貴様は王都へ送還だ。今の内から覚悟しておけ」

随分ずいぶんと荒っぽい方法を取るんだな。騎士様ってのはもっと優雅なものじゃないのか?」

生憎あいにくと私には、武術の心得しかないものでな」

「この戦いに意味はあるのか?」

 

 暗殺未遂の犯人としてあまり偉そうなことは言えないが、少なくともこれはソレイユが望む展開ではないだろうとニュクスは思う。領主代行不在の間に臣下と客人が争うなど、不毛以外の何物でもない。


「ある。貴様を追い出す口実が作れるからな」

「俺が力を示したら?」

「……戦力として認め、少なくとも感情的に追い出すような真似はしないと約束しよう。信用するしないはまた別の話だがな。貴様がソレイユ様の命を狙ったという事実は消えぬ」

「つくづく常識人だな、あんたは」


 大きく溜息をつきながら、ニュクスは二刀のククリナイフを抜き、器用に手元で回し始める。


「力を示せというのならシンプルで分かりやすい」

「決まりだな」

 

 両者距離を取り、武器を構えて睨み合う。


「いざ!」

「あいよ」


 相反するテンションで戦闘開始。

 先手を放ったのはクラージュの方だった。

 体格に似合わない俊敏さで一気に距離を詰め、真正面から渾身の一撃を振り下ろす。


「容赦ないな」


 ニュクスはクロスさせた二刀のククリナイフでバトルアックスの刃を受け止める。

 片手で振るったとは思えぬ一撃の重さ。まともにくらえば頭をかち割られるどころか、胸部まで両断する勢いだろう。


「私の一撃を受け止めるか。だが、力比べで私に勝てると思うな」

「力比べをする気はないさ」

「むっ!」


 二刀を開いた勢いでバトルアックスを弾き、そのままクラージュの懐に飛び込み、あごを頭で突き上げた。

 

 身長差を利用した至近距離からの強力な頭突き。脳震盪のうしんとう必至ひっしかと思われたが、


「効かぬ!」

「まじか――」


 多少の眩暈めまいを感じながらもクラージュは怯むことなく、強烈な左ストレートをニュクスの腹部に打ち込んだ。

 馬鹿力によりニュクスの体は勢いよく吹き飛んだが、しっかりと受け身を取って着地し、ダメージは最小限に抑える。

 

「今の一撃で脳が揺れないはずないんだがな」

「貴様の方こそ、私の拳を喰らった割には元気そうだな」


 クラージュは目を細めながら首を鳴らし、ニュクスは不快そうに腹部をでた。

 勝敗を決する程ではないが、両者の受けた一撃は決して軽いものではない。


「いい拳だな。喧嘩けんか慣れか?」

「日頃の鍛錬たんれん賜物たまものだ。そういう貴様こそ、優男やさおとこのような外見をしてなかなかタフなようだ――」


 問答もんどうの最中、ニュクスは服の下に隠し持っていた投擲とうてき用のダガーナイフを二本、容赦ようしゃなく抜き放った。

 ゆったりとした衣服には、暗器を潜ませるという使い道もある。


「くっ、卑怯ひきょうな!」


 一本をバトルアックスで叩き落とし、もう一本を籠手こてで弾いて攻撃をしのぐ。

 問答中の攻撃は騎士であるクラージュにとっては完全に想定外のものであり、目に見えて動揺している。


「戦いなんて卑怯で上等だろう」


 動揺を見逃さず、ニュクスは再度間合いを詰めてクラージュに斬りかかる。

 クラージュが振り上げようとした斧の柄をククリナイフの固い柄で弾き、一瞬バランスを崩させると、鎧の隙間狙ってもう一方のククリナイフを振るう、


「甘い!」


 クラージュが籠手でククリナイフを防ごうとする。ニュクスの想像した通りの展開だ。


「ああ、確かに甘いな」


 瞬間、両手が使えないクラージュの隙を突き、ニュクスは顎目掛けて右足で蹴り上げた。


「仕込み――」


 ニュクスの履いているブーツはつま先から刃物が飛び出す特別製だ。顎を蹴り上げれば、刃は易々と口内まで貫通するだろう。

 

 もちろんニュクスにその気はないが、


「……何故止めた」


 つま先の刃は、クラージュの顎の数ミリ手前で静止していた。ニュクスは体幹が強く、片足を上げた姿勢でも微動だにしていない。


「客人が滞在先の臣下を殺したら大問題だろ」

「……皮肉を言ってくれる」


 唇を噛みしめながら、クラージュは右手のバトルアックスを手放した。


「私の負けだ」


 クラージュの敗北宣言を受け、ニュクスも静かに右足を地面へと下ろす。


「……約束は約束だ。貴様の戦力としての価値は認めよう」

「意外と素直なんだな。自分で言うのもなんだが、俺の戦術は仕込み武器ありきの邪道じゃどうだ。この結果、不本意じゃないのか?」

「邪道は好かんが、それはあくまでも私個人の感情の話だ。戦い方など戦士によって千差万別。邪道が貴様の戦術だとしても、それ自体に異を唱えるつもりはない。恥じるべきは、貴様の邪道を正面から粉砕出来なかった私自身の弱さだ」

「とことん真っ直ぐな男だな。生きづらくはないか?」

「放っておけ、生来せいらいの性格だ」


 眉をしかめながら、クラージュは地面に落ちたバトルアックスを拾い上げた。


「客人とはいえ少しでも不穏な動きを見せれば、その時は分かっているな?」

「あんたの一撃をくらうのは、想像しただけで痛そうだ」


 軽い口調とは裏腹にニュクスの顔は真剣そのものだ。

 クラージュの真の実力は、今回の手合わせだけで測れるものではない。

 負けるとは思わないが、五体満足で勝てる自信はないというのがニュクスの正直な感想だ。出来ることならクラージュと戦うのはこれで最後にしたい。


「手合わせは終わりだ。後は自由にしてくれ」

「ああ、そうさせて――」


 これ以上言うことはないと、それぞれが反対方向へと歩き出した瞬間、


「クラージュ様、大変です!」


 息を切らせて修練場に飛び込んできたのは、ルミエール家に仕えるしゅ色の髪を持つ若いメイドだ。

 不安気な眼と焦りを感じさせる息遣いが、場に緊張感を呼ぶ。


「何があった?」

「街道沿いの林に魔物が出現したと町の方から報告が! 最悪、町へ侵入される恐れも」

「分かった。直ぐに向かう。住民たちには安全が確保されるまで町を出るなと伝えろ」

「かしこまりました!」


 メイドは足早にその場を後にした。


「先週大規模な討伐とうばつを行ったばかりだというのに、最近の出現率は異常だ」

「手伝おうか?」

「客人の手は借りん。屋敷で待機していろ」

「お優しいね」

「領としての面子もある。客人の力に頼るようでは、守り手失格だからな」


 時間が惜しいのだろう。それだけ言い残し、クラージュは馬小屋の方へと駆けて行った。


「守り切れれば、形なんてどうでもいいだろうに」


 ソレイユの真意をクラージュは理解していないらしい。

 自身を狙ったアサシンを引き入れたのは、領の戦力を増やし守りを盤石ばんじゃくにすること。

 当のお嬢さんは、面子めんつなど気にしていないだろうに。


「まあ、俺には関係ないか」


 クラージュ程の実力があれば魔物の討伐など容易いだろう。彼の言う通り、客人が出しゃばるような状況ではない。


 クラージュの言葉に従い、ニュクスは大人しく屋敷へ戻ることにした。

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