第20話 青空の下
――俺を連れてきたのは、こういうわけね。
ソレイユに付き添いリアンの町へと下りてきたニュクスは、広場で多くの人影に囲まれていた。事前に何も聞かされていなかったので、完全にはめられた形だ。
いや、今になって思えば予兆はあったのだが。
「ニュイだ!」
「本当だ。絵描きの兄ちゃんだ!」
ニュクスは広場に集まっていた子供達に詰め寄られていた。
絵描きのニュイが突如として姿を消して数日。旅の絵描きとの交流を楽しみにしていた子供達は、久しぶりの再会に目を輝かせている。
「久しぶりだな。皆」
ニュクスは爽やかな笑みで子供達を一先ず安心させる。純粋な目をした子供達の前で、
「……どういう状況だ?」
子供達に聞こえないよう、ニュクスは小声でそっとソレイユに耳打ちする。
「先日町へ下りた際に、次回は絵描きのお兄ちゃんも連れてくるからと、子供達に約束していましたので」
「そうならそうと先に言え」
「言えば、素直についてきてくれましたか?」
「まあな」
「あら、お優しい」
「言ってろ」
断る理由など何もない。子供達に絵を教える時間は決して嫌いではないからだ。
きっとソレイユもそれは承知の上で、病み上がりの客人に対するある種のサプライズとして、子供達との交流の場を用意したのだろう。
「ニュイ!」
「うおっ!」
突然、一人の少女がニュクス目掛けて抱き付いてきた。ニュクスの滞在していた宿屋の娘――イリスだ。
「イリスか。久しぶりだな」
「『久しぶりだな』じゃないよ! 突然いなくなっちゃって、心配してたんだから……」
イリスは今にも泣き出しそうな顔で声を震わせている。滞在中のニュクスが最も長い時間一緒にいたのはイリスだ。一時的とはいえ、兄のように
「ごめんよ。色々あって」
「色々って?」
「えっと……」
言葉に詰まり、ニュクスは冷や汗をかく。
まさか有りのままを語り聞かせる訳にもいかない。かといって、
「ごめんなさいイリス。全ては私のせいなの」
「ソレイユ様の?」
助け船を出したソレイユが、膝を折ってイリスに目線を合わせる。
「ニュクスの絵があまりにも素晴らしいから。館付きの絵師としてこの土地に留まるつもりはないかと、この数日間交渉していたんです。お話しは先日まとまりました」
「それって」
「はい。ニュクスはこれからもここにいられるということです」
「本当に?」
「ああ、本当だ」
不安気なイリスの頭を優しく
ニュクスがソレイユを殺すまでの間だけ有効な血塗られた契約。そのことも、この時ばかりはニュクスの頭の中から消えていた。
「やったー! 嬉しい」
「おっと」
勢いよく飛びついてきたイリスを抱き留めニュクスは微笑む。少しだけ傷跡に響いたが、そんなことはどうでもよかった。
「あれ? でも」
「どうしたイリス」
不意に
「ソレイユ様は、何でニュイのことをニュクスって呼んでるの? ニュイはニュイじゃないの?」
イリスの発言にニュクスは硬直する。偽名を名乗っていたことが、こういう形で裏目に出るとは思わなかった。
更なる助け船をソレイユに期待するが、
――って、何にも考えて無かったのかよお嬢さん!
視線の先のソレイユは、穏やかな笑みを浮かべたまま硬直していた。
どうやらうっかりミスに思考が追いついていないようだ。
「彼の本当の名前はニュクスですよ。ニュイというのは、画家としての名前なのです」
助け船は、一歩引いた位置から成り行きを見守っていたリスから出された。読書家であることが幸いし、説得力のある言葉が次々と飛び出していく。
「画家としての?」
「はい。小説家にペンネームがあるように、画家にも本名ではない画家としての名前を使用する場合があります。ニュクスは絵描きとして旅をしている身。滞在期間中は、画家としての名前で通すつもりだったようですよ」
「なるほど」
知的なリスから発せられる言葉はそれだけで説得力がある。イリスを始め、その場にいた全員が納得した様子で頷いている。
「それじゃあ、これからはニュクスって呼べばいいの?」
「ああ、それが俺の本当の名だ。ごめん、混乱させてしまって」
「許してあげる。ニュクスがこれからもこの町にいてくれることが、凄く嬉しいから」
「イリスは優しいな」
もう一度、優しく頭を撫でてやる。
「……助かった」
「いえいえ」
小声でリスに感謝を述べると、リスは誇らしげに口角を上げていた。
「リスのおかげで何とかなりましたね」
「お嬢さんは頼りなかったがね」
「あなたにそれを言う権利がありますかね?」
「無いね」
「正直な方ですね」
などと、ソレイユとニュクスが皮肉の応酬を繰り広げていると、
「ニュクス。早速絵を描こうよ」
「私も見たい」
「また旅先の話を聞かせてよ!」
子供達が活気づき、
やれやれと頭を
「よし! 今日は青空の下で絵画教室といくか。お嬢さん、アシスタントを頼むぜ」
「お任せください。子供達の笑顔のためです」
「眼鏡っ娘も手伝え」
「仕方ありませんね」
快晴の下、平和かつ文化的な時間が流れていく。
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