第14話 死闘、記憶

 余裕そうに笑みを浮かべるヴァンパイアを前に木槌を肩に担げば、ぶつかり合う闘気と魔力が目に見えるほどの濃度で周囲に広がり、その気に中てられた弱い兵士や弱い魔物が倒れていく。


 こう向かい合っている状態では――先に動いたほうが勝つ。

「っ――」


 木槌を振り被りながら駆け出した瞬間、目の前にはヴァンパイアがいた。咄嗟に木槌を振ったが片手で受け止められてしまった。


「甘いな、雑兵」


 木槌を握り潰されたのと同時に放たれた拳が腹部を捉え、その衝撃で吹き飛ばされた。受け身を――いや、ぐるりと体勢を整えれば上手く着地することができた。追い打ちを警戒したが来ず、ならば、こちらから向かうことにしよう。


 踏み込み腕を振り上げれば、迎い討つように拳を向けられた。だが、空中で体を捻り避け、ヴァンパイアの腹に両足蹴りを食らわせた。


「お返しだ」


 滑るように数メートル吹き飛んだが、手応えは無かった。


「……面白い。雑兵ではなく接近戦闘員インファイターか。ならば、我もそれに倣うとしよう」


 その宣言通り、ヴァンパイアは両腕に魔力を注いで筋力を増大させた。


 良いだろう。小細工は無しだ。


 真っ向から――


「殺ろうか」


「楽しませてみろ」


 純然たる殴り合い。


 拳闘士であるが故、加えてウサギであるこの身のおかげで回転数は上がるが代わりに拳に重さが十分に伝えられない。


 殴り殴られ――避ければ避けられ――防げば防がれる。


 ここまで真っ向から殴り合うのはいつ振りだ? 記憶にはないが、久しいのは確かだろう。


 およそ三分間の殴り合い。体感ではもっと長いが……それでもまだ足りない。


 まだ――続けられる。


「大体わかった。もういい」


 呟くような言葉を耳が捉えたのと同時に俺の拳は空を切り、横に移動したヴァンパイアに体を蹴り上げられ、吹き飛ばされた。


「っ――」


 防御する暇も無い不意の一撃。しかも、その威力は拳の比では無い。


 痛みを吐き出しながら、雲に近い宙で空を見上げている。


 ……随分と鈍ったものだ。とはいえ、ここは戦場だ。もっと鍛えておけば良かった、などという者に戦場に立つ資格は無い。


 問題は今の俺の状態でどうヴァンパイアの相手をするかってことだが――何かを思い出せそうだなんだが、どうにも記憶に蓋がされているようで思い出せない。


「考え事か?」


 俺よりも上に現れたヴァンパイアに振り下ろされた拳を受けたがなんとか防御でき、おかげで地面に叩き付けられずに済んだ。


 現状では俺よりもヴァンパイアのほうが実力的に上か。まぁ、実際に俺自身も一人で四天王なんかを倒したことは無いし、それらを考慮すれば当然の結果ではあるが誰かがヴァンパイアの気を引いていなければ、この戦場は人間側の負けになってしまう。


「ふぅ……」


 思い出せ。戦いの感覚を――体の使い方を。力のコントロールを。


 追撃するように落ちてきたヴァンパイアを避けて距離を取った。


「体の使い方っつってもな……ウサギだし」


 そう、ウサギだ。元の体の時の記憶が完全に戻っていれば別だが、今の体には今の戦い方がある。ウサギという体を生かす方法があるはずだ。……強いて言うなら脚力か。


 ならば、と。こちらを殺すつもりで向かってくるヴァンパイアを見ながら握った拳を地面に突きたてた。


 すると地面は隆起するように盛り上がり、視界を塞いだ。だが、互いに気配は感じている。


 さぁ――行ってみよう。


 隆起する地面の間を飛び跳ねながら姿を隠しつつヴァンパイアの周りを駆け回った。


「こっちだ!」


 声を出した直後に隆起した地面を蹴り別方向から腕を振れば顔面を捉えた。当たるし手応えもある。


 飛び跳ね回って殴り、蹴る。イラついているのか気配がダダ漏れで向こうの拳は簡単に避けられる。


 戦い始めてそれほど時間は経っていないが戦況はなんとなく把握できる。


 王都側では近衛兵と勇者たちが中・上級の魔物と激しい戦闘を繰り広げているが近衛兵長がこちらに向かってきている。とはいえ、フランケンに足止めをされているな。後方不意打ち側は山賊の介入もあり圧されている感じはしない。だが、ヴィオとリース、それに他の実力者たちは共闘してカミキリと対している。しばらくは一人で戦うことになりそうだ。


「もういい! やめろ!」


 魔力の込められたマントが形を変え、鋼鉄の強度で隆起した地面を切り崩した。


「さすがに――」


「もう死ね」


 目の前まで来たヴァンパイアが呟いてから爪を立てた腕をこちらに向けてきた。が、同じ轍は踏まん。


 掴んだ腕の下に回り込んで、力いっぱい放り投げた。


「っし!」


 しかし、さすがにジリ貧だな。


 自分の実力を把握できずに本気を出せない俺と、遊ぶように戦うヴァンパイアが本気を出せば当然、勝負にならない。まぁ、仮に俺が死んだとしてももう少しくらいは時間を稼がないとこの戦いに負けてしまう。


「はぁああ~……もういい。もうわかった。本気で殺す」


 そう言うとヴァンパイアは近くにいた魔物を鷲掴みにして牙を突きたて、その血を吸った。すると、増大していく魔力が内側から溢れ出てきて、自然と身震いがした。


 次の瞬間――ヴァンパイアのマントが俺の脇腹を突いた。この体では少しの出血でもマズい。


「おっ――おぉおおおらぁあ!」


 逃げるよりは攻める。攻撃は最大の防御だ。しかし、問題は元の体のときなら拳を覆う装備のおかげで防御も賄えたが、今の体では素手だ。


 ヴァンパイアの爪と、尖らせた鋼鉄のマントの槍が二本。本気とは言ったが全力では無い攻撃に、どうしたってこちらもダメージを負うのは仕方が無い。


 ――いやはや、どうやら限界が来たようだ。


 打撲・切り傷・出血……体が重い。拳を握って腕を振り続けているが、意識が遠退いてきた。


「――くそっ」


 真っ直ぐに伸びてくる腕が見えているのに反応することができない。


「どぉお――せいっ!」


 諦めたその時、上空から降ってきた大剣が俺とヴァンパイアの間を阻んだ。


「お待たせした、ラビー殿!」


「ドム……お前、何をしにきた。そいつはどうやってもお前が勝てる相手じゃない。それに、カミキリはどうした?」


「倒してきた。だが安心しろ、全員無事だ。ここに来たのは伝えるため――ラビー殿。戦いの記憶を取り戻せ」


 こちらに背を向けて大剣を構えたドムは邪魔された怒りで魔力を膨らませるヴァンパイアと向かい合った。


「雑魚が何人来たところで雑魚なんだよ!」


「雑魚には雑魚の戦い方がある――ふんっ!」


 大剣を盾のように構えると、ヴァンパイアの爪が触れた瞬間に最小限の動きで滑らせるように攻撃の軌道を変えた。そして、ヴァンパイアの背後に回るとその背中に目掛けて大剣を振り抜いた。


「グッ――っ……」


 だが、大剣は空を切った。代わりに、ヴァンパイアのマントがドムの体を貫いていた。

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アンハッピー・ラビット 化茶ぬき @tanuki3

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