第12話 仲間。開戦

 王子に付き添ってもらい街の雑貨屋で木槌を買った。大工道具用で戦闘用じゃないから耐久性に不安はあるが、これで微妙に感じていたリーチの差は埋められるだろう。多少はな。


 夕方から夜に掛けて来た道を戻っていく途中に王都から放たれた光魔法に気が付いた。まず間違いなく魔王軍も気が付いたはずで、それを何かの合図だと思うだろう。つまり、人間が攻めてくると身構えるはずだ。だが、一度目では何も起きない。薄々なんの意味も無いことに気が付く魔王軍だが、それでも警戒を緩めることは無いだろう。何よりも、そのおかげで王都のほうを注視することになる。


 そこで夜明けと共にカザナの町から光魔法を飛ばして開戦の合図とする。まさに不意打ちというわけだ。


 言った通りに造られている土壁を回り込んでいけば、斥候に出ていた盗賊が俺が帰ってきたことを知らせたのだろう。ヴィオとリースを始め、二等勇者が集まっていた。


「すみません、ラビー様。状況が状況だっただけにラビー様のことを説明しました。よろしかったですか?」


 言葉を聞きながら二等の奴らの顔を見る限りでは疑っている様子は無い。


「構わん。色々と省けていい。とりあえず現状の説明だ。今、ナズルの町では魔物たちが王都を攻めるための砦を築いている。それについては王都側も把握していて迎え撃つ準備を整えている」


「魔物が砦を……俺たちは何をすればいいんですか?」


「話が早いな、二等の戦士。すでに王都側とは話をつけてきたが明朝、日の出と共にこちら側から光魔法を飛ばして開戦の合図となる。リース、光魔法は使えるか?」


「簡単なものなら使えます」


「よし。俺たちはギリギリ気付かれない距離まで近付いて不意打ちをする。基本的には陽動だ。勝てない相手だと思ったら逃げろ。同程度の魔物ならこちらが数で勝っている時だけ戦え。ちなみにだが、魔王軍の指揮を執っているのは四天王のヴァンパイアだ。おそらくは上級以上の魔物の数体いるだろうから気を抜くなよ」


 すると女剣士は腰に差したレイピアの柄に手を置いて、大きく頷いた。


「大丈夫です。私たちは何度か上級と戦ったことがあるので」


「そりゃあ心強いが今回は乱戦だ。以前の戦いは忘れておけ。……まぁ、とはいえ王都には一等勇者もいるし、近衛兵もいる。強い奴らはそっちに任せておけ」


「え~、じゃあ私たちは? 階級としては勇者見習いなんだけど?」


「ああ、お前らは……ちょっと考えておく。とりあえずは日の出直前まで体を休めておけ。あと誰でもいいから、今の話を他の見習いに伝えておいてくれ。前線に出すつもりは無いが戦線から逃れた魔物を倒してもらう必要があるかもしれない、ってな」


「なら、俺が行こう。元勇者一行の拳闘士、ラビーさん。先に言っておく。俺たちはあんた達に憧れて勇者になった。同じ戦場に立てることを誇りに思う」


「そんな大層なもんでもないが、憧れを追い過ぎるなよ。お前はお前の仲間のために戦え。そして、死ぬな」


「はいっ!」


「あ、二等の盗賊。お前も休んでおけ。見張りは俺がやっておく」


 解散するかと思いきや土壁のほうに向かっていく盗賊にそう言うと、素直に頷いて町のほうへと歩いていった。まぁ、自分の仕事を把握しているのは良いことだ。


 さて、問題は目の前に残っているヴィオをリースだ。


 これからやるのは俺も経験したことがない戦争だ。あくまでも小戦争だが、軍を相手に戦うのは初めてだから、二人を気にしながら戦う余裕があるとは思えない。それなりに戦えるようになったとは言っても、好き勝手に動き回られるのも困る。


 極論を言ってしまえば、負けるのは良い。経験になるから。だが、死なれてしまっては元も子もない。王都側には腕の良い僧侶や神官がいるのかもしれないが、こちら側にいないのでは大怪我をすることすら死に繋がる。


「あの……ラビー様……?」


 少なくとも二人掛かりではあるがワーウルフを倒したのは事実だ。実力的には二等勇者と同等程度だと思うが、当たり前ながらまだ周りを気にしながら戦えるほどには達していない。


「ねぇ、ラビー……私たちも結構強くなったと思うんだよー」


 自信を持つのは良いことだが驕りに近いヴィオと、冷静だがあまり戦闘意欲の無いリース。だとすれば、手は一つか。


「わかった。なら、二人にも戦場に出ることを許可しよう。但し条件が一つ――お前らは二人で一人だ。互いに背を預けて、どんな状況になっても必ず二人で戦うんだ。それが守れるのなら――」


「やるやる! 全然、リースと一緒にいい!」


「ラビー様がそう仰るのなら」


 食い気味だったが良い返事だ。


「なら、お前らも休んでおけ。明日は大変な一日になるぞ」


「は~い」


「はい。では、おやすみなさい。ラビー様」


 去っていく二人を見送って、俺は土壁を駆け上がって頂上に辿り着いた。


 魔王軍の気をこちらに向けないように気配を殺しつつ耳を立てた。これで不穏な動きがあれば気が付ける。


 どうにもまだ足りていない感じがする。当然、記憶は抜け落ちたままだが記憶だけでなく体そのものが自分では無い違和感――まぁ、ウサギなわけだが。


「……戦争か」


 俺たちが戦っていた時には、ただ待ち構えていただけの魔物が人間側に攻めてきている。これが意味するのは? 魔王と最後に対した時のことを思えば、おそらくは楽しんでいるんだろう。


 人間との殺し合いを楽しんでいる。


 いやはや、まったく――ウサギには酷な話だな。


 そして、空が白み始める直前になって土壁を降りれば勇者たちが揃っていた。


「体は起きてるか? 一時間後には俺たちも戦場の真っ只中にいるはずだ。今から魔王軍の後方、気付かれない距離まで近付く。見習いたちは可能な限りこの町の住人たちを避難させた後に防衛線を張れ。いいな?」


 緊張しているのか寝ていない様子の見習いたちは小さく頷いて見せた。


「じゃあ、早く行こうよ~」


「そうだな……急ごう」


 とはいえ、魔王軍の見張りがいないとも限らないからできるだけ慎重に進んでいく。


 戦えるのは五人。不意打ちにしては少ないが、魔王軍も後方に強い魔物を置いておくはずがない。だからこそ、先に王都側から仕掛けてもらうわけだしな。


 俺が先頭で進んでいると、後ろから盾持ちの戦士が歩み寄ってきた。


「あの、ラビーさん。戦いについて何かアドバイスはありますか?」


「アドバイス? 戦いについては何を言っても変わりはしないだろう」


「そう、ですか……」


「強いて言うなら仲間を信じろ。それだけだ」


「仲間を――わかりました」


 力強くそう言って、下がっていった。


 さて。そうこうしている間に空が白み始めた。立ち止まって地面に伏せるよう指示を出して、リースを手招きした。


「ラビー様」


「リース。光魔法の準備を。俺の合図で空に向かって放て」


「わかりました」


 空を見上げながら森の向こう側から日の光が漏れた瞬間。


「――今だ!」


 空高く放たれた光魔法が頭上で弾けると――それを合図に地鳴りが起り、直後にホラ貝と太鼓の音が鳴り響いた。


 その瞬間に盾持ちを先頭にして二等勇者たちは駆け出した。


「先に行かせてもらいます!」


「えっ、私たちも行こう! リース! ラビー!」


 三人に続いてヴィオまで駆け出して、あとを追うようにリースも駆け出した。


 さぁ――開戦だ。

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