第8話 惰性。嫌な予感
惰性感が否めないのも仕方がない。
本音を言ってしまえば、勇者一行の旅路も常に何かしらの事件が起きていたわけでも無く、地味な修業や地道な人助けを経て魔王に辿り着いている。だから、こうしてのんびり進むのも、着実に進んでいることに違いはない。
移動中は魔力制御の修業をし、休憩に入ればドムとミルファが実践的な訓練をする。圧倒的に足りない経験値を補っていくが、それでもまだまだって感じだな。絶対的な実力差として、ヴィオとリース二人掛かりでもドム一人には勝てない。まぁ、成長はこれからだ。
山間部の移動は七日間で、魔物との戦闘は五回。そのうち三回はヴィオとリースだけで対処させたが、最初に会った時に比べれば動きは良くなっていた。山賊たちもそれなりに稼げただろうし、相互利益としては充分だろう。
そして――今は背後で六回目の戦闘を行う二人を余所に。
「そんじゃあ、同行はここまでだな。ドム、ミルファ。助かったよ」
「いや、こちらもそこそこ楽しめた」
「あの子たち伸びしろあるねー! まだまだ粗削りだけど、少ししたらウチより強くなるかも!」
「そりゃあ良かった。まぁ、ミルファくらい強くなってくれれば漸く俺と手合わせできるレベルだから、期待するとしよう」
そうこうしている間にコボルトを倒した二人は疲れたのか地面に座り込み、山賊の下っ端たちがコボルトを回収しにやってきた。
「ねぇラビー! 私たち結構強くなったと思うんだけど~」
地面に倒れ込んだヴィオの下に向かうと、何かを懇願するような視線を向けてきた。
「……魔法はまだ禁止だ」
「ぶ~。リースだって使いたいでしょ?」
「ん、ん~、まぁ。でも、得意な魔法を使っていないせいか体の中の魔力の流れが良い気がするのよね」
「それは同意。でもさ~……」
「気持ちはわかるがとりあえず今は駄目だ。さっさと町に向けて出発したいところだが……最後の団欒とするか」
昼食兼回復と休息のため、ヴィオとリース、ドムとミルファと最後の卓を囲むつもりだったのだが、不穏な気配を感じて、ニンジンを銜えながら木の上に登り、向かう先に目を凝らした。
王都までの道程は、ここから一回の野営を挟んで一つ目の町へ行き、それほど離れていない町を経由したら辿り着く。
見えるわけでは無いが、何かの気配を感じる。嫌な気配というか――ウサギだから野生の勘とでも言うのか。
「……ナズルか……?」
エルドゥが言っていた魔物が砦を築いているって話の町だな。眉唾かと思っていたが、どうにも真実味を帯びてきた。あくまでも勘だが――まずは、ひとつ手前の町に行って確かめるとしよう。
木から降りると昼食を終えた四人が食後の運動とばかりに組手をしていた。
「おい、準備できてるなら出発するぞ」
「え、もう?」
「……ヴィオはもう良さそうだな。リースは?」
「あ、大丈夫です」
「ちょっと! 無視しないで!」
やかましいヴィオは措いといて。
「ドム、ミルファ、助かった。悪いな、先を急ぐ」
「ああ、構わない」
「行ってら!」
っしゃいを言え。まぁ、それはそれとして。荷物を背負う二人を確認するよう視線を向けると、こちらに気が付いたリースが近寄ってきた。
「あの、ラビー様。実はここ数日でこんな物を作ってみました」
そう言って広げて見せたのはサイズの小さなジャケットだった。
「これは、俺にか?」
「はい。ウサギとは言っても、やはり人であることに違いは無いと思ったのでお洋服を、と」
言われて初めて気が付いた。感覚的には毛皮が服みたいなものだし、羞恥も無かったのだが、せっかく作ってくれたのなら、と腕を通すと――意外と良いな。生地が良いのか動くのにも問題は無さそうだ。
「有り難く着させてもらおう。準備は良いか?」
「大丈夫です。ドムさん、ミルファさん、ありがとうございました」
「じゃあね~」
礼儀正しいリースと、対人スキルの高いヴィオはドムとミルファ、それに山賊の下っ端共に手を振り、山間部を抜けて平原に出た。
さて。ここからだな。
「お前ら、本当は歩いて進んで野営を挟むつもりだったが少し嫌な予感がするから次の街まで半日で行く。付いて来られるか?」
「ふっふっふ。私たちを甘く見ないでよ、ラビー」
「見てねぇよ。だからこそ訊いてんだろ」
「嫌な予感、ですか。……私のほうは何も感じませんが」
「距離の問題か、もしくは俺の勘が外れているかのどちらかだな。外れているに越したことは無いんだが……」
「でも、ラビーの勘ってことは本当に急いだほうが良さそうだね」
「かもな。最初は様子を見て走る。付いて来れなそうなら……いや、ともかく今日中に着くことを前提に行こう。本当に大丈夫か?」
「何度も訊かなくて大丈夫。ね? リース」
「うん。いつでも大丈夫ですよ」
「なら――行こう」
脚に力を込めて、四足歩行で走り出した。
――なるほど。ずっと二足歩行で移動していたが、四足でも思いの外に走れるものだ。
今はまだ三割くらいの速度しか出していないが、背後を確認すればしっかりと付いてくる二人が居た。もう少し速度を上げても大丈夫そうだな。
平原を抜け、森に入れば魔物の群れに襲われたが脚を止めることなく蹴散らして、また速度を上げた。本当はこの森を抜けたところで野営をする予定だったが、そのまま通り過ぎて――日が沈む頃にはナズルよりも一つ前、カザナの町に辿り着いた。
「と~うちゃく。よく付いてきたな、お前ら」
「はぁ、はぁ、はぁっ――いや、ちょっとラビー。速過ぎ」
「そもっ、そも……私は、肉体派では無いので……今にも倒れそうなのですが……」
座り込んで肩で息をしているとはいえ、俺の五割のスピードに付いて来られたのだから大したものだ。たった数日でも、体力的な修業の成果も上々って感じだな。
「今日はここで休む。宿を取って飯にしよう」
「やったー! 久し振りのベッドだ~」
「あと、久し振りのちゃんとしたご飯、ね」
宿は一番安いところで二人部屋を一つ。まぁ、俺はウサギだしな。寝るのはリース特製の籠で構わない。そんで宿の部屋に荷物を置いて、飯屋に来たわけだが。
「あ、店員さ~ん。私はとりあえず肉で。この店で一番安くて一番お肉の入った料理ください」
「あとはサラダとスープをお願いします」
「お肉とサラダとスープですね。他には何かありますか?」
店員の視線が完全にテーブルに座る俺に向いているのだが……声を出したところで問題は無いと思うが、一応は避けておこう。ヴィオに近付いて腕を突けば気が付いたように口を開いた。
「あ、あとは~、えっと……発泡酒? と炙ったニンジンを」
「畏まりました。少々お待ちを」
去っていく店員を見て、溜め息を吐きながら元の場所へと戻った。
「ラビー様、お酒飲むんですね?」
「別に水でも構わないが、せっかくの店だ。それに俺は何も言ってねぇだろ」
「え、飲むかな、って思って」
「……まぁ、飲むけどよ」
程なくして料理がやってきた。
酒も飲んでみたが、さすがに安い店では大して酔えないな。
そして、大量の肉の塊を平らげたヴィオは満足そうに息を吐いた。
「ん~、味はそこそこ? でも、量は最高!」
「あら、野菜は美味しかったわよ? ちょっと量が多かったけれど」
などという会話の傍らでニンジンを齧る俺なわけだが、店内を見回したヴィオは疑問符を浮かべながら首を傾げた。
「ねぇ、ラビー。町に入ったときも思ったんだけど、なんか人少なくない?」
「ここカザナは農作をして暮らす町民が多く、元より宿も飯屋もそんなに無い。だから、この辺りまで来たら多少無理してでも、そんなに離れていない宿場町のナズルまで行く者が多いんだろう」
そういう記憶はある。というか口を開くのと同時に思い出しているって感じか。
「そういえば、ラビー様。来る前に言っていた嫌な予感、というのはどうなりましたか?」
「ふむ……集中してみろ。そろそろお前でも気が付くだろう」
「……? ……っ――!」
疑問符を浮かべたリースが、周囲を探るように目を閉じた直後――気が付いたように瞼を開いて立ち上がった。荒ぶる感情を抑えるように自らの口を押えると、静かに座り直して俺に視線を向けてきた。
「わかったか?」
「はい。これは……なんというのか……巨大な――」
そう。ここまで来て嫌な予感は確実なものとなった。
ここ、カザナの町から徒歩で一日と掛からずに行けるナズルの町に感じるのは巨大な敵意だ。つまり、そこには魔物が居て、強い奴が一匹いるのか、群れでそこに居るのかはわからないが、王都手前の宿場町に魔物が居るのは間違いない。
ただ、それがわかるのは経験値の多い俺と魔力探知に長けているリースだからこそ、だ。普通なら魔物の気配など百メートル先で気が付けば良いほうで、ここからナズルに向かった者たちもそんなものだろう。問題は、こちらが気付く頃には向こうはすでに臨戦態勢に入っているということだ。
先程、ヴィオも言っていたがこの町には人が少ない。勇者が少ない。つまりは――ナズルに向かった勇者たちは、どうなった?
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