第7話 再会、道連れ

 向かったのは山を少し登った先にある山小屋だった。


「そういえば、私たちが倒した人たち置いてきちゃったんですけど大丈夫ですか?」


「ああ、それは……え~っと、君は――」


「あ、ヴァイオレットです。こっちはリース」


「ヴァイオレット。それは問題ない。実力はあんなものだが、ああ見えて丈夫な奴らだからな。治癒魔法の使える者が他の者を治して、それぞれの隠れ家に戻るだろう」


 ドムとテーブルを挟んでリースとヴィオ。俺は相も変わらずテーブルの上に腰を据えて、薬草を銜えたミルファは熱いお茶を入れて差し出してきた。湯呑みでは飲み辛いが気が利くな。


「あちちっ……。さぁ、それじゃあ話してもらおうか。ドム。そこそこ腕の立つ冒険者だったお前らがこんなところで何をやっている?」


 問い掛けると、ドムは横に座ったミルファと目を合わせて息を漏らしながら腕を組んだ。


「簡単に言えば……間引き、だな」


「〝間引き?〟」


 ヴィオとリースが綺麗にハモったのは良いとして、俺の視線に気が付いたドムは話を続けた。


「勇者が全滅したという噂が立った直後のことだ。王は冒険者制度を廃止して新たな勇者を輩出するために勇者見習いからの階級を作った。詰まる所それは、若い勇者候補と上位冒険者への措置であって、俺たちのような中堅や下位の者にとっては単なる迷惑でしかなかったんだ」


 すると、疑問符を浮かべたリースが首を傾げて口を開いた。


「ん? どうしてですか? たしか冒険者だった人たちはその時のランクに合わせて勇者登録できたはずですよね?」


「冒険者から勇者へ、か。君たちは最近、勇者見習いになったのか? それならわからないだろうが――名前が変わるだけでは無いのだよ」


「ああ、なるほど。報酬対象とか分配が変わるのか」


「どういうことですか? ラビー様」


「いや、俺に訊くよりかは――」


 そもそも冒険者でも無かった俺に詳しいことはわからない。何せキコリから勇者一行に加わったものでね。


 その点、元冒険者に視線を向けると薬草をお茶で流し込んだミルファが自分を指差した。


「冒険者の仕事はまぁ言ってみればピンキリで、割が良いのは未開のダンジョン探索とか賞金の掛かっている危険な魔物の退治とか。あとは行商の用心棒とかも儲けが良かったかな? 要は、個人の依頼を受けて対人でも戦って良かったのが冒険者で、対魔物でしか報酬を受け取れなくなったのが今の勇者制度ってわけ。わかった?」


 昔に比べてミルファの喋りが達者になったことには驚いたが、理解した。しかし、それを理解した上での疑問があったのだがヴィオがテーブルに体を投げ出したことで、そちらに気を取られて口を噤んだ。


「え~、でも、ドムさん? とミルファさん? ちゃん? の実力なら魔物相手でも充分にやっていけるんじゃない?」


「俺たちだけなら、或いは有り得たかもしれない。だが、勇者一行と共闘したことが知られるようになり、慕ってくる者も増えた。あいつらを生かしていくためには勇者では足りないのだ」


 人情というやつだな。気掛かりなのは――顔を伏せたミルファだ。


「そのための山賊か。それが、正しいことだと思っているのか?」


「拳闘士――いや、ラビー殿。仲間を守るためならば、正しいことかどうかは問題では無い。大事なのは、そうすることで救われる者がいる、という事実だ」


 ふむ。まぁ、否定はできない。俺自身がそもそも誠実な人間でも無いしな。……ああ、今は人でも無かったか。


「詭弁ですね。方法はいくらでもあるはずなのに、貴方は楽なほうへと流れただけです。抗うこともせず、戦うこともせず、弱い者から脅し、強いて、盗み取ることを選んだ。そうです。正しいかどうかは問題じゃありません。問題は――救えていると思い込んでいることです」


 唐突だったリースの言葉に全員が口を噤んだ。


 意外だったのは間違いない。決して楽観的ではないにしても、そこまで言葉が強いとは思っていなかった。まぁ、単に琴線に触れたとか、考え方が気に食わない、とかかもしれないが、どちらにしても核心を突かれたように眉間に皺を寄せるドムの顔を見て、自覚があることがわかっただけで充分だ。


「落ち着け、リース。ドムがやっているのはそういうアレコレがわかった上でのことだよ」


「え、あ……それじゃあ私、もしかして余計なことを言いました、か?」


 恥ずかしそうに頬を赤らめて俯いたリースに対して、ドムは大きく静かに息を吐き出した。


「……いや。詭弁という他に無い。君の言っていることは間違っていない。改めて胸に刻んでおくとしよう。とりあえずこちらの身の上話は終わりだな。それで――勇者一行の拳闘士。いったい何があった?」


「ああ――その前に。ミルファ。お前の実力はヴィオとリースより上だが歳は同じくらいだろ? ちょっと稽古をつけてやってくれ」


「はいはーい。ミルミルにおっまかせ」


 乗りはウザいがその強さはそこそこで、元冒険者としての実力は本物だ。


「ヴィオ、リース。お前らは……あの、アレだ。……学べ」


「は~い」


「……わかりました」


 小屋から出ていく三人を見送って、目頭に手を当てた。


 んん、記憶の混濁か年のせいかわからないが、言葉が出てこなかったな。


「人払いをする必要が?」


「念のためだ。俺ですら知らないことが多過ぎるからな。とりあえず、あいつらにしたのと同じ説明をするが――」



 ――――



「――なるほど。呪いか。魔王がそれほどの力を持っているとなると現状の勇者を育てる制度は無意味にも思えるが……ああ、か」


「なんだ?」


「いや、俺たちは基本的に新米勇者や行商を狙っているわけだが――ああ、わかっている。決して褒められたものではないが――ともかく。最近、何処も彼処も魔物が増え始めている気がしてな。それでも俺やミルが出る幕も無く倒せる程度だから、あまり気に留めていなかったのだが……魔王が次の勇者のために魔物を放ったと考えれば合点が行かないか?」


「次の勇者、か……」


 むしろ、呪いをかけた俺――もしくは俺たちのためのものだと思うが、これまでの戦闘回数から考えると、今はまだ魔物が増えた余波は受けていないのだろう。


 大して新しい情報も無かったが、元冒険者の扱いが悪いのはわかった。王に直訴したところで今の制度が変わるとは思えないが、少なくとも勇者一行が生きているとわかれば何かしらの対策を打ってくれる可能性はある。なんにしても、目的地は王都で変わらない。


「それにしても、まさかあの拳闘士とこうして茶を飲むことになるとはな」


「別にそんな大した奴じゃないが」


 そう言うと、ドムは怪訝そうに片眉を上げた。


「その様子だと知らないようだな。勇者一行にはそれぞれ二つ名があり、名は体を表している。勇者に関してはいくつかあるが『一本槍最強』や『美技美剣』、魔法使いは『千法使い』、盗賊は『瞬身突飛』、僧侶は『治癒の恵み』、拳闘士は――『人類最強』もとい『最凶』」


「ふん……買い被りだな。俺はただの年老いたおっさんだよ」


「まさか、そこまで自己評価が低いのも驚きだが、その姿になったところで力は衰えていないようで安心した。というか、だからこそあの二人は付いてきたのではないか?」


「……ああ、まぁ……そうなるのか」


 俺にとっては説明が面倒な人との繋ぎ役でしかないが、あいつらからすれば俺の強さがあってこそ、なのか。持ちつ持たれつというのか――まぁ、利用し合えるところで利用し合えばいい。


「それで? この山を通っているってことは王都に向かっているのか?」


「そうだ。まずは王に俺たちが生きていることを伝える必要があるからな。そこで一つ提案があるんだが――山を抜けるまでドムとミルファ、俺たちと一緒に来ないか?」


「同行することは構わないが、こちらとしても生活がある。メリットは?」


「俺たちは旅の道中に魔物を倒している。その素材をお前らの下っ端に回収させて換金所に持っていけばそれなりの額になるだろう。それでどうだ?」


 考えるように瞼を閉じて天を仰いだドムは、静かに息を吐き出した。


「……なるほど。こちらは何を差し出せばいい?」


「何も。俺では力の差があり過ぎてあいつらの相手にならないから、代わりに修業を付けてもらいたい。お前とミルファならより実践的な修業ができるだろう?」


「疑問なのだが、そこまで彼女らを気に掛ける理由はなんだ?」


「……暇潰し?」


「疑問形なのか……わかった。こちらにも利がある話には違いない。引き受けよう」


 こうして、俺に対しては大した収穫にはならなかったもののヴィオとリースには大事な特訓相手が出来た。


 ここでもう一度言っておこう――旅は道連れだ。

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