第6話 戦闘、山賊

 平原から山間部に入ったところで早速、魔物と出くわした。


 二足歩行で武器を使う狼――コボルトだ。単体で行動することは無く、必ず徒党を組んで襲ってくるが言葉も発さないし知性と呼べるものは無い。とはいえ、武器を扱うだけの器用さはある。俺ならなんてことなく倒せるが、まだ連携の取れていない新人にとっては苦戦レベルだな。


 いざとなれば手を貸すが、それまでは木の上から見物だ。


「ほら、そんなんじゃ殺されちまうぞ。もっと周りをよく見ろ」


 コボルトに囲まれながら槍を避け、剣を振るが別のコボルトに受け止められるヴァイオレットと、杖を構えたままどう動こうかと悩みながら攻撃を避けるリース――ああ、これは死んだかな。


「そんなこと言われた、って! 魔法使うなって言われたら出来ることも出来ないよ!」


「使うなとは言ってない。意識するなって言ったんだ」


「同じだよ!」


 慣れた魔法を意識して使うのと、意識せずに使うのとでは魔力の消費量が雲泥の差だ。極小の魔力で魔法を使うには実践の中で感覚を掴むのが一番なのだが、人によってその感覚が違うから大したアドバイスも出来ない。


 コボルトの数は五匹。二匹が前衛で、もう二匹がそれぞれの補助。そして残った一匹が空いたほうに手助けに行くという良い布陣だ。低級の魔物ってのは知性が無い割に何故だか戦いに精通しているんだよな。まぁ、生まれた時からそうするものだと刻み込まれているのだろう。


「ラビー様! 何か助言はありませんか!?」


「強いて言うなら――あ~……いや、違うな。やはりルールを変えよう。ヴァイオレットは魔法を使わず、リースは植物魔法を禁止。それ以外なら何を使ってもいいから倒してみろ」


 時期尚早とは思わないが、要は考え方の問題だ。逆に得意な魔法を禁止することで起きる反応を見て見よう。


「植物魔法以外で――」


「魔法禁止!? でも、それなら意識するなって言われるより楽だね!」


 リースのほうは戸惑っているようだが、ヴァイオレットは振り切れたようで鈍らの剣を振り回している。そもそも剣術の腕自体は悪くないのに別のことを意識した途端に戦い辛くなるのは経験不足と素質によるものだから、あいつは猪突猛進に一つだけのことに集中したほうが良いのだろう。


 問題はリースのほうか。日常で使う火の魔法や土の魔法はそこそこだが、普段の戦いでは植物魔法を基盤にしているせいか、それを禁止した途端に動きが鈍る。これも経験不足に起因するものだが、単純に思考が行動を妨げているのかもしれない。


 なんとなく戦えている風に見えるが、リースは考えながら攻撃を避けているだけだし、ヴァイオレットはそもそも剣の切れ味が悪いから攻撃が当たったところで倒せるほどのダメージを与えられていない。


「う~む……こんなところで時間を食うのも他の魔物を引き寄せかねないな」


 そろそろ俺が出張って片を付けようかと考えていると、何かに気が付いたようなヴァイオレットが窺うようにこちらを見上げてきた。


「リース! 魔法で私の剣に炎を付与して!」


「え、ええ――わかったわ!」


 するとリースの魔法によってヴァイオレットの剣が炎の渦を纏った。


 まるで頓智だな。俺の用意していた答えとは違うが、お互いの制約を守ったまま良い答えを出した。


 結果的にコボルト五匹はヴァイオレットの剣に焼き殺された。皮やら装備も燃えてしまって売れるものが無くなってしまったのは痛いが仕方がない。


「よし、よくやった。言いたいことはあるが少し騒ぎ過ぎたな。一先ずこの場を離れよう」


 荷物を持って山間部を進み、先人たちが作った休憩所へ。要は石が積まれているだけの場所だが、旅の道中至る所にあるから意外と重宝する。


「それでどうだった? ラビー。上手くやったでしょ?」


 ドヤ顔を決めてくるヴァイオレットの肩を下りて、積まれた石に腰を下ろした。


「まぁ、斜め上の回答ではあったが上手くはいったな。ただ、勘の良い奴なら一日と経たずに掴める感覚を未だに掴めていないとなると、少し考えものかもな」


「いやいや、そんな伝説級の勇者と比べないでよ。ねぇ、リース」


「まぁ……そうね。絶対的に実戦経験が少ない私たちに、いきなり実戦で、というのは無理があったのかもしれないわ」


「それについて省みるが、とりあえず反省会だ。何が悪かったかわかるか?」


 こうやって戦闘後にいちいち話し合いをするのを、今となっては面倒だと思うが、新人の頃にこういうやり取りをしないと死に繋がる。と、誰かが言っていた。おそらく、反省できないことが問題なのではなく、経験を次に生かさないのが問題なのだ。大きな失敗が無かったとしても、完璧な戦闘など存在していない。こうすれば良かったのかも、と考えることが次も生き残ることに繋がる。


 などと考えていると、石に腰を下ろしたヴァイオレットが徐に口を開いた。


「悪かったところ? 強いて言えば、魔法が使えなかったところ?」


「……なるほど。じゃあ、リースは?」


「私は……思考停止してしまいました。植物魔法を使えないとなると、どうすればいいのかわからなくなってしまって」


 ヴァイオレットに比べてリースのほうは自己分析が出来るようだ。……それにしてもヴァイオレットって名前は長いな。


「ヴァイオレット、ヴァイオ――ヴィオだな。リースは良い分析だ。これまでは植物魔法でどうにかなったかもしれないが、この先に得意な魔法だけでは倒せない魔物が居るかもしれない。そういう時のためにいくつかの魔法を使い越せるようになる必要がある。ヴィオのほうは……まぁ、着眼点は悪くない。魔法を使わせなかったのは、これから先に魔法を使わず戦わなければならない時が来るはずだからだ。今のままでは一回の戦闘で消費する魔力量が多過ぎる。それを理解しなければ、勇者にはなれないだろうな」


「どうすればいい?」


「修行と実践を繰り返すしかない。少し休んだらまた移動を始めるが、ちゃんと昨日の魔力コントロールの練習をしろよ? 継続は力なり、って言うだろ」


「む~……体術」


 呟くように言ったヴィオの肩を優しく叩くリースを見ると、それほど心配は要らないように思えてくる。


 対極とまでは言わないが、それぞれに長所と短所があってバランスが良い。これからチームを組む前提としては悪くないだろう。


 そうして少しの休憩を挟んで、また移動を始めた。


 相も変わらず俺はヴィオの肩に乗っているが、二人が修業をしている最中は索敵に集中するため常に耳を立てている。


 二人を見ていると、旅を始めた頃を思い出す。実力的には魔法使いと俺の実力は突出していて、素質で選ばれていた勇者と盗賊、僧侶は互いに研鑽を積んでいた。まぁ、俺に関しては年齢も突出していたわけだが――ヴィオとリースがあの頃の俺と違うとすれば、下地が出来上がっていないことだ。肉体的にはほぼ限界値で、少ない魔力で底上げをしていた俺とは違って、まだまだこれからの伸びしろがある。それも先が見えない可能性だ。どこまでモノに成るのかはわからないが、出来得る限りのことはするさ。……死なない程度にな。


 それから三日間。修業と移動たまに戦闘を繰り返し、ようやく一つ目の山を過ぎようとしていたところで、周囲から近付いてくる気配に気が付いた。この感じはコボルトじゃあねぇな。息遣いやら足音から察するに、おそらく人間――山賊か。


「ヴィオ、リース、気が付いているか?」


「ん、なにが?」


「はい、囲まれていますね。魔物ですか?」


「いや、人間だ。……丁度良いな。殺さない戦い方を学ぶいい機会だ。荷物を下ろして武器を構えろ。戦い方はこれまでと変わらないが、殺さないことが絶対条件だ。いいか?」


「りょーかい」


「殺さない……まさか人と戦うことになるなんて」


 盗賊や山賊というのは意外と多い。特に冒険者――今でいう勇者見習いを狙えば、その装備や戦利品を奪うことは容易いし、何より魔物と戦うより圧倒的に安全だ。ヴィオとリースは女だし、見るからに新人だから狙われたってところだろう。


「基本的には今回も俺は手を出さない。お前らだけで乗り切ってみろ」


 ヴィオの肩から下りるのと同時に、木々の間に潜んでいた山賊たちが飛び出してきた。俺はそのまま木の上に。


「よ~う、お嬢ちゃん方。悪いことは言わねぇから金目の物を置いていきな。そうすりゃあ殺さないでおいてやるよ」


「もしくは無理矢理ひん剥いてほしいか? へっへへ」


 数は三十人前後。何人かは腕の立つ者も居るようだが、まぁ問題は無い。どうするつもりなのかと二人を見下ろしていると、不機嫌そうに息を吐いたヴィオは抜いた剣を曲芸のように振り回して山賊を牽制し始めた。


「殺しちゃダメなんだよね~。ま、いっか」


 次の瞬間には間合いに居た山賊の体を斬り裂いていた。致命傷を与えずに肩や脚だけを切る腕はさすがだな。まぁ、剣自体が鈍らだから切れ過ぎないってのもあるが。リースのほうはどの魔法を使うか思案中って感じか? 植物魔法なら捕縛も簡単だろうが禁止しているし、火の魔法だと一歩間違えば殺してしまう。


「おいっ! クソッ、なんだこいつ強いぞ!」


「そっちは無視して黒髪のほうを狙え! どっちかを押さえりゃあこっちのもんだ!」


 当然、そうなるわな。


「……じゃあ――風魔法・かまいたち」


 風を纏った杖を振ると、その先から飛び出した風の刃が山賊の体を斬り裂いた。全身から血が噴き出しているが、苦手な魔法だからか深手にならずその場で倒れ込むだけだった。良い判断だが、魔力消費はもう少し抑えたいところだな。


 苦労なくあらかた倒して、残りは五人。問題はそのうちの二人か。どうやら手練れが残ったな。


 近付いてきた大剣を持った男にヴィオが居合い抜きで斬りかかったが受け止められた。


 警戒して三人で構えている山賊に向かってリースが風の刃を放つと、上空から降ってきた双剣持ちの覆面が風の刃を弾いた。


 ようやくまともに戦えるのが出てきたか。見たところ実力は中堅クラス――というか、あの二人どこかで見たことがあるような気がする。誰だったか……記憶の混濁で思い出せないな。とりあえずは成り行きを見守るとしよう。


「へ~、山賊風情にもそれなりに強いのがいるんだね」


「返す言葉も無い。だが、遊びで冒険者などやっているのなら、ここで黙って倒されておくべきだぞ?」


「遊びじゃないし、勇者見習いだしっ!」


 剣戟対決。ヴィオの素早い剣術を男が大剣で受け流す。リースのほうは会話も無く、距離を保ったまま風魔法を飛ばして、覆面が双剣でそれを弾いている。とはいえ、拮抗してるわけじゃない。俺の見立てでは山賊のほうが実力的には上だが、まぁ相性もある。お互いに力を温存して手を抜いているとしても、こちらの二人はルールに縛られている。その状態でどこまでやれるのかも見物だが、放っておけばいずれは先に倒した山賊たちも回復してくるだろうし……もう少ししたら戦闘許可を出すかな。


 攻撃を仕掛けているのはこちら側だが、押されている雰囲気がある。いい加減に受けているだけでは埒が明かないと感じたのか、山賊の二人が魔力を高めていっているのがわかる。


「んっ――?」


 おっと。ついうっかりと殺気を漏らすと、大剣の男と双剣の覆面は魔力を高めたまま警戒するように二人から距離を取った。やっちまったな……道理で見覚えがあると思ったんだ。


 警戒する二人を余所に、ヴィオとリースは俺の殺気に慣れているのか疑問符を浮かべている。一先ずは木を降りて、今の状況を治めるか。


「思い出したよ。顔を隠していてわからなかったが――大刀のドムに、双剣のミルファ。冒険者のお前らがこんなところで何をやっている?」


 ヴィオとリースの間を抜けて、二人の前に立つと喋るウサギを怪訝に思ってか今まさに攻撃態勢に入った。


「お前がなんなのか知らないが、冒険者だったのは昔の話だ。死人を出すつもりは無かったが、人でないなら関係ない」


 魔力の注がれた大剣は巨大な両刃斧へと形を変えた。ミルファのほうは脚に魔力を注ぎバネのように飛び上がると目にも止まらぬ速さで周囲の木を跳ね回った。陽動と一撃必殺か。まぁ、俺には無意味だが。


「ねぇ、ラビー?」


「ラビー様……?」


「お前ら二人は離れていろ。こいつらは俺が相手をする」


 こいつらが俺の記憶通りの奴らなら、今の二人よりは強いはずだ。強さと勝ち負けは別にしても、跳ね回るのはウサギの専売特許だろ?


 宙にいるミルファに距離を詰め、その腹部に蹴りを入れると木々の枝を折って吹き飛んでいった。その姿を見て、斧を振り上げたドムが近付いてきたのが見えた。横薙ぐ刃を避けて、その柄を辿りドムの顔面に目掛けて拳を振り抜いた。


「っ――! この痛み……憶えがある。勇者一行にいた拳闘士か? 随分と姿形が違うようだが」


「会ったのは一年と少し前くらいだったか? その時は突っかかってきたのを俺が諫めたが、今は何をしている?」


 口の端から血を流し、両刃斧を元の大剣の形に戻しながら息を吐いたドムは地面に腰を下ろした。


「見ての通りの山賊だ。互いに訊きたいことはあるだろうが……ミルは無事か?」


「加減はした。ん、戻ってきたぞ」


 空から降ってきたミルファが覆面を外すと金色の髪をした少女が顔を見せた。


「ちょっ――ヤバい! 超お腹痛いんだけどっ!」


「無事だったか、ミル」


 その程度で済んで何よりだ。


 振り返ればリースとヴィオはよくわからない顔をして首を傾げていた。


「……ま、道草も旅のひとつか」


 俺が勇者一行に居た時の知り合いに初めて会ったんだ。寄り道をするのも良しとしよう。

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