第5話 修行、野営

 街を出て、しばらく平原を歩いたが未だに魔物とは出くわしていない。まぁ、正確に言うと俺は肩に乗っているから歩いていないが、それはいいとして。


「地図あるか?」


「あります。はい、ヴァイオレット」


 リースから受け取った地図を俺に見えるように広げた。世界地図では無く、この大陸の地図か。範囲は狭いが見やすくて良い。


「王都へは山を二つ超えなければならないが、人の脚では無理だ。山の合間を縫うように平坦な道を進んでいくほうが良いだろうな。そういえば、お前らの村はどこにあるんだ?」


「王都から南西に下りたところ」


「ここか?」


「そうそう。ちっちゃいよ~」


「まぁ大きさに関しては人口百人に満たない村や町なんてザラにあるからな。王都に行ったことは?」


「ありません。私たちは村から直接ラビー様の故郷を目指したので」


「じゃあ冒険者としての登録はどこでしたんだ?」


「冒険者じゃなくて勇者見習いね」


「私たちは村の神官伝いで勇者見習いとして登録しました」


「俺自身は冒険者だった経験が無いからよく知らないが、お前らの村の神官は元冒険者のようだな」


 そう言うと、ヴァイオレットとリースは顔を見合わせて首を傾げた。知らなくても無理はない。俺だって知らずに言っているわけだからな。立ち寄ることがあれば挨拶でもしに行こうか。


「それはそれとして、ラビー。私たちを鍛えてくるんでしょ? どんなことをするの?」


「どんなこと、か……」


 改めて考えると難しいな。俺はキコリとして体を鍛えて下地が出来ていたし、戦いに関しても基本的には殴るか蹴るかだけだった。そもそもな戦闘スタイルが違うから俺がやってきたことを教えるのはどうかと思うし……移動しながらでも出来ることと言えば魔力制御の特訓くらいか。


「お前らが得意な魔法はなんだ?」


「特に得意って意識は無いけど、よく使うのは風魔法かな~。そんなに複雑な使い方じゃないしね」


「私は植物魔法です。他にも使えますが得意とまでは……」


「じゃあ、ヴァイオレットはそこらに生えている草を手に載せて、風魔法を使おうとせずに草を自由自在に動かせるように練習しろ」


「……ん? 手に載せた草を、風魔法を使わずに動かす……? どういうこと?」


「そこから考えるのが修業だ。とりあえず、やってみろ。リースのほうは――そうだな。見たところ植物魔法についてはこれ以上に修業しても意味は無いだろうから、相性の良い火か土の魔法を鍛えると良いだろうな。どっちが良い?」


「え、と……ラビー様はどちらが良いと思いますか?」


 こういうのは自分で決めることが大事なんだが、俺に委ねるのならその意味を教えてやろう。


「なら、両方だ。片手で土を、片手で火の魔法の修行をする。まずは片手に火を出せ」


「はい、では――火よ」


 ボッと掌全体から火が出てきた。うん、悪くない。


「じゃあ、その火を一度消して今度は火魔法を使おうとしないで指先にだけ火を出せ。次に土魔法だが、そこら辺の土を手に持って、土魔法を使おうとしないで――まずは球を作ってみろ。綺麗な球体だ」


「片手では指先に火を灯して、片手では球を作る。しかも魔法を使おうとしないで……わかりました。やってみます」


 俺のときは指先まで万遍なく魔力を通わせる練習だったが、それ以外は仲間の魔法使いが自己鍛錬としてやっていた修行だ。勇者や僧侶もやっていたが、最初はまったく上手くいっていなかった割に、簡単に熟すようになったら飛躍的に魔法の威力が上がったんだ。


「――ってことは憶えているんだな」


 いや、憶えているというよりはあやふやな記憶を繋ぎ合わせて、そんな気がするって程度か。確信が持てないってのは思った以上に厄介だな。


 とはいえ、意味も無く俺に付いてくることにした二人には報いないといけないし、王都に着くまでの間で可能な限り鍛え上げてやろう。まぁ、さすがに勇者と同等にするのは無理だろうがな。


「え、ちょっと待って。魔法を使わないってどういうこと? ピクリともしないんだけど」


 ヴァイオレットは手に載せた草をどうにか動かそうと力を込めているが、それでは動かないのも当然だ。やり方を教えることが優しさとは思わないが、教えないことが必ずしも正しいとは限らない。要は問題に対する解き方を教えるべきなのだろう。教えたところで、絶対に出来るわけでは無いしな。


「コツを教えてやる。動かそうとするんじゃなくて、掌伝いに草にも魔力を通わせるようにするんだ」


「つまり、草も体の一部として扱えってことね」


「感覚としてはな」


「よしっ!」


 気合を入れたヴァイオレットからリースのほうに視線を移せば、目が合った。


「あの、私にも何かコツがありますか?」


「土のほうはヴァイオレットと同じだ。火のほうは指先まで通した魔力を放出する感じだな。あくまでも感覚だから、自分で掴むまでは色々と試し続けるのが良いだろう」


「わかりました」


 平原を抜けて日が落ちる前には森に入った。ここまで魔物に出会わなかったのは運が良かったが、それでも二人の修行は何も進まなかったな。


「この辺りで野営にするか。いつもはどうしてる?」


「火を焚いて、夜は交替で火の番と魔物の警戒です」


「まぁ、凡常だな。魔物の警戒は俺がしよう。ウサギなせいか耳が良い。寝ていても魔物の気配には気が付けるだろう」


「じゃあ、私とリースはいつも通りね。ご飯用意する」


「私は火などを準備するので、ラビー様はのんびりしていてください」


「はいよ」


 言われた通り地面に座って眺めていると、リースはローブの隙間から伸ばした枝を折り、重ねると火を点けた。そして、周囲に地面を土魔法で盛り上げて三つの椅子を作り上げた。やはり、これらは魔法使いがいると便利だな。そしてもう一つ。伸ばした枝で器を作り上げた。


「これ、ラビー様用の寝床です。良ければ使ってください」


「ほう。こんな言い方はアレだが使い勝手の良い魔法だな」


「ええ……まぁ、はい。そうですね」


「……?」


 何やら含みのある言い方ではあったが、知り合ってまだ一日も経っていないんだ。踏み込むには早過ぎる。元より俺は相談を受けるような人間ではないし、様子見だな。まぁ、そもそも今は人間ですらないのだが。


 二人は缶詰を食べるときも片手では魔法の修行をして、傍らで俺はニンジンを齧る。随分と懐かしい感覚だ。勇者一行で旅を始めた最初の頃もこんな感じだった。まぁ、ニンジンは齧っていなかったが。


「ねぇ、ラビー。魔法以外のことも教えてくれるの?」

「そもそも魔法は専門じゃねぇからな。知識と、あとは体術だな。こんな体だが、多分お前らより強い。とはいえ、基本的には魔物との実戦で学べ」


「む~、直接指導が良いのに~」


「高望みするな。まずは魔力制御。それと同時に体術指導もするがお前ら自身で考えて動け。いつ何時も気を抜くな。……今もな」


 ヴァイオレットに指摘するとおざなりになっていた魔力制御特訓を再開した。


 俺に人を見る眼があるかは別にしても、魔力の総量や使い方を見た限りではそれなりに使いものになる勇者になるだろう。しかし、今はまだ二人合わせてもキコリをしていた時の俺の実力にも満たない。


 まだまだ――先は長そうだな。

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