第4話 もふもふ。進む

 期せずして若い二人と王都に向かうことになったわけだが、まずは山を下りて麓の街で旅支度をしなければならない。


「お前ら、馬には乗れるか?」


「乗れな~い」


「私も、乗れません」


「じゃあ徒歩か」


 横を歩くヴァイオレットは気兼ねない態度で接してくるが、リースのほうは一歩引いて遅れてついてくる。緊張か、もしくは最初の無礼な態度の反省か。どちらにしても若い奴の考えることはよくわからん。


「王都まではどれくらい掛かるの?」


「馬の脚で五日ほどだから、歩きだと十五から二十日くらいだろうな」


「遠いな~。でも、それが旅か」


 麓の街から小さな町を二つ挟んで、ついでに魔物退治や修行することを考えれば二十日前後で王都に着けば早いほうだろう。


「じゃあ、必要なものを買い揃えなければいけませんね」


「だな。お前ら、いくら持ってる?」


「私は三十五ケン」


「私は……四十ケンですね」


「合わせて七十五ケンか。最低限のものを買うので精一杯って感じだな。とりあえず、どちらかが街の東にある雑貨店で七日分の食料を。もう一人は俺と一緒に換金所に行くぞ」


「なら、私が雑貨店に行ってきます。食料だけでいいんですか?」


「他に必要なものがあれば手持ちの金で買ってもいいが無駄遣いはするなよ」


「わかりました。では、行って参ります」


 律儀に頭を下げてから踵を返すと街中へと入っていった。


「……あいつ大丈夫か?」


「大丈夫じゃない? たぶん緊張しているだけだしね。じゃあ、私たちは換金所?


 たしか街の入口のほうだったよね」


 こちらはこちらで俺がウサギってことを忘れてんじゃないかってくらいの速度で進んでいく。慣れない歩幅のせいで四足歩行で走ることを余儀なくされているわけだが、ようやく気が付いたのか立ち止まって振り向いたヴァイオレットは、申し訳なさそうににしゃがみ込んだ。


 さすがに息切れはしないが、やっと追い付いた。


「ごめん、つい勇み足がね」


「まぁ、別にいいが。まだこの体には慣れていないんだが。少しくらいは気にしてくれると助かる」


「だよね。あ、じゃあ、私の肩にでも乗る? そうしたら移動も楽じゃない?」


「……なるほど。一考の価値があるな。試してみるか」


 差し出されたヴァイオレットの手に跳び乗れば、肩まで案内された。そして歩き出すと、微かな揺れを感じるだけで、そこそこ快適だ。


「どう?」


「老体には丁度いいな。悪くない」


「私も首元がもふもふで悪くない!」


 お互いに満足ってことだな。


 そのまま、街の入り口付近にある換金所へ。そもそもが辺境で、それなりに人は住んでいるが立ち寄る冒険者は多くない。それでも、換金所だけはいつでも人が多いのはここでしか魔物退治の報酬を受け取れないからだ。勇者一行に加わってから利用することは少なかったが、キコリの時は山で倒した魔物の報告をしに来ていたし憶えているかもしれないな。


 勇者を目指す者たちの列に並んで数分。


「次の方ー」


「私たちの番だね。よろしくお願いします」


「はい、よろしく。じゃあ、換金品出して」


 ヴァイオレットが布袋を渡したのと同時に受付台に飛び降りた。


「相も変わらず不摂生な体だな、エルドゥ。嫁さんは元気か?」


「ああん? なんだ、このウサギは。お前みたいなのにうちの奴の話なんてするわけないだろ」


「おいおい、声でわからねぇか? 何年来の付き合いだよ」


「声? ……お前、もしかしてラビーか!? おいおい、マジかよ! 死んだって聞いたぞ? あ~、いやちょっと待て。積もる話もあるよな。なんだ、その姿は? おい、ちょっとここを頼む」


 奥に居た若い店員を呼んで受付を任せると、列から離れた場所に移動した。


「二人は知り合いなの?」


「知り合いというか昔馴染みだな。こいつは会うたびにデカくなっていく」


「はっは! そいつは幸せ太りってやつだ! お前こそしばらく見ないうちにウサギになっちまうとはな! いったい何があったんだ?」


 心配している風だが、さすがにお互い年を取っているだけあって動じるよりも馬鹿にしたような感じだな。


「話すと長いんだが、ちょいと魔王の呪いでな。そんなことよりこの新米勇者見習いのために色をつけて換金してくれねぇか?」


「ほ~ん、まぁ細かいことは気にしないけどな。色をつける、っても物によるぞ?」


「あ、グールウルフ三体分です」


「ほう、ウルフか。毛皮に、爪に牙。こっちの尾は状態が良いな。本来なら七ケンを三体分で二十一ケンだが……二十五ケンでどうだ?」


 ヴァイオレットはそれで満足そうだが、先のことを考えると金は多いに越したことは無い。


「もう一声。一体につき十ケンでどうだ?」


「十ケンか~……わかったよ、仕方がねぇ。そういうこと言うのも初めてだしな。但し、あんま言い触らすんじゃないぞ? あそこの換金所は色を付けてくれる、なんて噂が立つのはごめんだからな」


「助かる」


「ありがとうございます!」


 布袋を渡した代わりに受け取った袋の中身をヴァイオレットが確認している間に、エルドゥが顔を寄せてきた。


「んで? 随分と不憫な体になったようだが、勇者見習いと一緒に居るってことはすぐに旅立つのか?」


「そのつもりだが、何かあるのか?」


「いや、あくまでも噂レベルなんだがどうにもキナ臭い話を聞いてな。真実かどうかも怪しいが、ナズルの町ってわかるか?」


「ああ。王都手前の宿場町だろ? それ以上のことは憶えていないが……そこがどうした?」


「あんま大声じゃ言えないがどうやら魔物が砦を築いているとかいないとか」


「ふむ……眉唾だな」


「同感だ! はっはっは!」


 自分で言って自分で笑うのか。尚のこと真実味が薄くなったな。


 ヴァイオレットのほうに視線を送れば、金を数え終わったのか笑顔で頷いて見せた。


「行くとするか。じゃあな、エルドゥ」


「ああ、生きていたらまた来いや。そっちの嬢ちゃんはいつでも立ち寄りな」


「はい! ありがとうございます!」


 肩に跳び乗り換金所を出たはいいものの……。


「そういえば待ち合わせ場所を決めていなかったな」


「あ、それなら大丈夫。私たちにはがあるから」


 差し出された腕には羽をモチーフにした腕輪があった。


「そりゃあたしか『つがい羽』か。価値は低いがレアな魔法道具だな」


「故郷の村の神官がくれたんだ。これさえあれば私たちが離れ離れになることは無い、って」


 つがい羽とは二対の腕輪のことで、それを付けたものは離れた場所に居ても片方が会いたいと思えば自然と脚がもう一人のほうに進んでいくことが出来る魔法道具だ。そういうことは憶えているのに、泊まったことがあるはずのナズルの町についてはほとんど憶えていない。変な感覚だ。


 金や魔法道具で思い出したが、魔王に負けた時に身に着けていた服や道具、金はどこに行ったんだ? それなりに値段がするものやレアな魔法道具も持っていたからどこかにあるなら回収しないとな。消滅したのならそれでもいいが……勿体ない。


「ヴァイオレット、ラビー様、お任せしました」


「買えた?」


「ええ、買えたわ。ただお金は使い切ってしまった、け……ど?」


「それは大丈夫。プラス三十ケンの儲けだよ」


「儲けはいいけどヴァイオレット、ズルい! ラビー様、私の肩を使ってもいいですよ!?」


「あ~……いや、とりあえず今は大丈夫だ。そんなことより確認することがある。お前ら、少なくともここまで旅してきたってことは一通りの装備は持っているんだよな?」


「うん、持っているよ」


 基本的には野宿用の寝袋と魔法使いさえいれば、あとは魔法でどうとでもなる。重装備では動きが鈍るが、軽装備ではそもそも旅が出来ない。まぁ、この二人も新米にしては悪くない。


「準備ができているなら、もう街を出るか?」


「え、あの……ラビー様は大丈夫なんですか?」


「ん? 何がだ?」


 畏まったように問い掛けてきたリースの言葉が理解できずに首を傾げると、すぐ横で「かわいいー!」と叫ぶヴァイオレットを無視して、言葉を続けた。


「だって、ここはラビー様の故郷ですよね? 魔王討伐に向かって三年以上振りに帰ってこられたのに、そんなにあっさり捨ててしまっていいんですか?」


「捨てるってのは違うが……元よりここには何も無いんだ。昔、ここには俺の父が居て母が居た。だが、今はもうあの家には誰も居ない。確かに思い出というのは土地に根付くが、一番大事なものは心に宿る。だから、捨てるわけじゃない。敢えて言うのなら――進む、だな」


「……なるほど」


「じゃあ、進もうー!」


 俯きがちに納得したように頷くリースに、何も考えていないようなヴァイオレット。俺はこの二人と王都を目指すわけか。先が思い遣られるな。


 とはいえ、人生二度目の旅立ちだ。姿形は変わっても、先輩として出来得ることは何でもやろう。おそらくはそれが、仲間を探し出すのに一番の近道だと信じて。

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