第3話 対話。合否

 リビングの椅子に二人を座らせて、本当は俺も椅子に座りたかったが身長が足りずにテーブルの上に乗って保存食用の乾燥ニンジンをもらった。二人が食べている缶詰が久しく見えるが、予想以上にニンジンを美味く感じているこの体を呪いたくなる。……ああ、もう呪われているんだったか。まぁ、安上がりで良いことだ。


「それじゃあ、お二人さん。ニンジンご馳走様。まずは名前を聞こうか」


「私はヴァイオレットで、こっちはリース。二人とも勇者見習いだよ」


「勇者――? 冒険者じゃないのか?」


「あれ、知らない? 三か月前に勇者一行が魔王に敗れて以降、冒険者って肩書きは廃止になって一等勇者、二等勇者、それに勇者見習いの三階級制になったんだ。で、私たちはまだ勇者登録したばかりだから勇者見習いなの」


 冒険者は階級制だと聞いたことがあるから大した違いはないのだろうが、それよりも俺たちが魔王に敗北したのが三か月も前だと? 時差の原因があるとすれば呪いだと思うが、単に俺の目覚めが遅かっただけという可能性もある。なんにしても、王は俺たちの敗北を期に、占いの結果では無く次の勇者を育てることにしたわけか。賢明な判断だが、もしかしたら俺たちが生きていることを知らないのかもしれない。優先順位としては仲間の安否を確かめることのほうが上だが、王都への報告も必須だな。


「ヴァイオレット、そんなことウサギに説明しても仕方ないでしょ」


「え、でも、喋るウサギだよ?」


「だとしても、よ」


 そう言いながらリースが取り出した水筒の蓋を開けると、嗅いだことのある臭いがした。


「ちょっと待て。それは、そこの川の水か?」


「そうだけど……なにかしら?」


「それは飲み水には適さない。浄化魔法は使えるか?」


「いえ、使えないけれど……」


「回復魔法は?」


「それなら、まぁ。得意ではないけど」


「じゃあ、水に回復魔法を当てるんだ。それで飲めるようになる」


 疑いながらも魔法を当てるリースを見ながら、ヴァイオレットは首を傾げた。


「ウサギさん、どうしてそんなこと知ってるの? 回復魔法で水が飲めるようになるなんて知らなかった」


「俺も前に仲間から聞いたんだ。回復魔法ってのは、要は体に良くないものを除去して傷を治す魔法だろ? それを応用すれば飲めない水を飲めるようにするくらい楽勝だ、ってな。とはいえ、元から腐っているものなんかは駄目らしいが」


 回復した水を一口飲んだリースは、驚いた顔をして二口目を飲んでいた。


「ウサギさんの仲間……ってもしかして、それもウサギさん!?」


「いや、違うな。なんつーのかな……どこから説明すりゃあいいのかわからないが、お前ら、ここが誰の家か知っているか? どうしてここに来た? 会話を聞いていた限りでは、魔法使いの嬢ちゃんのほうが来たがっていたようだが」


 そう言うと、二人は顔を見合わせた。どちらが話すかという無言の攻防で、負けたのはヴァイオレットだった。なるほど、力関係的にはリースのほうが上なんだな。


「私とリースは同じ村出身なんだけど、三年くらい前に村が魔物の襲われたことがあってね。その時に偶然、勇者一行が村を通りがかって助けてくれたんだけど、リースはその内の一人である拳闘士に救われて――その人の家がここなの。勇者一行は魔王に負けちゃったけど、私たちが勇者を目指すならちゃんとした旅立ちの前に恩人の住んでいた場所に行ってみたいってリースが言うから……」


「ちょっと、私だけじゃないでしょ。ヴァイオレットだって行きたいって言ってたじゃない」


「でも、実際に目の前で助けられたのはリースだけだし」


「それはまぁ、ね」


「三年前……?」


 旅を始めてすぐ――いや、三か月の時差があるから旅を始めて少し経った頃か。村で助けた少女か……覚えていないな。というか、旅の記憶自体が曖昧で靄がかっている感じだ。所々は憶えているがそれ以外は抜け落ちていて、まるでうろ覚えのお伽噺のようだ。


「それで、ウサギさんはこの家とどういう関係があるの?」


「ん? ああ、そうか。話の続きだったな。結論から言うと、俺がその拳闘士だ」


「…………」


「…………」


 顔を見合わせた二人は首を傾げた。そして、考えるように望遠の目をしていたリースはテーブルを叩いて立ち上がった。


「はぁ!? ちょっと意味わからないんだけど!?」


「まぁ、そりゃあそうだよな。正直、俺には嬢ちゃんを助けた記憶が無いから信じてもらえるかはわからねぇが、真実を話してやる。その上でどうするか考えろ」


 問い掛けるように視線を向けると、ヴァイオレットはうんうんと頷いて見せて、リースは放心した状態から大きく深呼吸をして座り直した。


「いいわよ。それじゃあ、話してみて」


 じゃあ、早速。


「別にそう複雑なことでもねぇんだが、俺たちは魔王に負けた。それは知っているよな? だが、殺されたわけじゃない。負けて、瀕死の状態のときに魔王の戯れで呪いを掛けられたんだ。結果的に俺はこの姿になっていて、死んじゃいない。俺が生きているってことは十中八九、他の仲間も生きていると思うが消息はわからない」


「え、じゃあ他の勇者一行もウサギさんってこと?」


「それも不明だ。俺自身も目が覚めたのはここ二、三時間だし、あくまでも生きているかもしれない、っていう希望的観測だな。まぁ、そう簡単にくたばる奴らじゃねぇ、ってことは俺が一番よく知っている。ウサギだろうが、別の獣だろうが生きているなら会えるだろう」


「ふぇ~……ちょっとスケールが違い過ぎてよくわかんないや」


 おそらくはそれが普通の反応だろう。こんなのは異常だ。本来、呪いというのは一過性のもので痛みを増幅させたり持続させたりするだけの魔法だ。こんな風に姿形を変えられるものでは無い。


「ちょっと待って、問題はそこじゃないわよね? あなたは――あなたの、名前は?」


「俺はラビー。勇者一行の拳闘士だ」


「じゃあ、私を助けたのは――」


「話に聞く限りでは俺らしいが、あいにく呪いの影響なのか記憶が曖昧なんだ。だから、俺は憶えていない。悪いな」


 申し訳なさから大きく息を吐くと、ヴァイオレットがリースの下に置かれていた水筒を手に取り、その蓋に水を注いで渡してきた。有り難く頂戴して飲んでいると、リースが徐に口を開いた。


「……証明は、できるんですか?」


「俺がラビーってことをか? 無理だな。まぁ、信じられなくても仕方がない。とはいえ、嘘では無い。今のところはな」


「今のところは?」


 考えて口を開くリースと、脊髄反射で言葉が出るのがヴァイオレット、だな。


「ああ、今はまだ俺自身が俺一人しかいないと思っているが、もしかしたら俺はラビーという人間の記憶を植え付けられただけのウサギって可能性もある」


 まぁ、体に流れる魔力やさっき確かめた力などから考えるに、体そのものをウサギに変えられて記憶を消されかけたと考えるべきなのだろうが。


「じゃあ、これからはラビーさんって呼んだほうが良い、ですか?」


「別に好きに呼べばいい。それに敬語も不要だ。というか、これからってなんだ? 俺はこれから王都に向かいつつ仲間を探すつもりだが、お前らは――」


 その時、外に魔物の気配を感じた。同じように気が付いたリースは視線を外に向けたがヴァイオレットはそんな状況に疑問符を浮かべていた。


「ん? どうしたの? 二人とも」


「外に魔物がいる。おそらく三体。この先どうするかは別にして、俺は魔物退治に行く。お前らはどうする?」


「……ヴァイオレット、ちょっといい?」


「うん?」


 俺から距離を取ってチームで相談か。それは良いことだが、それほど時間に余裕は無い。悪いが聞き耳を立てさせてもらう。


「ヴァイオレットは本当にあのウサギが拳闘士だと思う?」


「どうだろう……でも、これから魔物退治に行くのなら付いていけば答えがわかるかも」


「魔物を倒せれば、ってこと? じゃあ――もし、本物だったら……」


「うん。リースの好きにしていいよ。ずっと憧れていたんだもんね」


 若造が俺の実力を測ろうってことか。生意気なことだ。


 さて、そろそろ行こう。


「悠長な話し合いには付き合っていられない。俺は先に行くぞ」


 家を出れば、二人が足早に付いてきた。


 この山に出る魔物は何種類かだけだが、複数体で出るのはそれほど強くない証だ。弱いからこそ徒党を組むのが定石だな。そして、魔物の姿が見えたところで立ち止まり、気付かれないように木の陰に隠れると、遅れてきたヴァイオレットとリースもしゃがみ込んで野生のシカを貪る三体のグールウルフに視線を向けた。


 強さで言えば一体で新米冒険者と同じくらいで、複数だと連携を取られてチームの新米冒険者でも負けるくらいだ。俺の問題はウサギってことだな。グールウルフにとってウサギは恰好のエサだが……まぁ、楽勝だろう。


「あれってグールウルフ? どうしよう、作戦立てる?」


「どうかしら……私たちというよりは――」


 後頭部に視線が刺さるな。考えていても仕方がない。さっさと倒して――いや、どうせなら新人の実力も見てみるか。


「一体は俺が倒す。それで実力を判断したら、残りの二体はお前らで倒してみろ。じゃ、先に行く」


 グールウルフの前に姿を現せば、一斉にこちらを振り向いた。鋭い牙に歯茎まで露出して、逆立てた毛が体躯を倍の大きさに見せるが、それでも元が体長二メートルもある。確かにデカいが、俺にとってはデカいだけの良い的だ。


 先頭に立ったグールウルフが大口を開けて跳びかかってくるのと同時に、握った拳をその口目掛けて振り抜いた。すると、拳が当たるよりも先に拳圧で頭が潰れて体が吹き飛んだ。多少リーチの差は気になるが、実践も問題は無さそうだな。


 残りの二体は萎縮して動こうとしない。振り返ってみれば、驚いたように目を見開くリースと、あんぐりと口を開くヴァイオレットが居た。だが、その直後、気が付いたように笑みを浮かべた。


「リース、やるよ」


「ええ。全力で」


 すれ違った二人はそれぞれグールウルフと対面した。


 ヴァイオレットは二本の剣を抜かずに、柄に手を掛けた。そして、牙を剥き出しにして向かってくるグールウルフに対して待ち構えるように腰を落としたが、次の瞬間には十三回の斬撃を繰り出し、ウルフの体を斬り裂いた。


 リースのほうはグールウルフと向かい合ったまま魔力を練り上げていたが、睨み合いに痺れを切らしたウルフが駆け出してきた。すると、伸ばした腕にウルフが噛み付こうとした瞬間、ローブの隙間から伸びてきた木の枝がその体を貫いた。


 なるほど。ヴァイオレットの剣技はそこそこで、鈍い剣を補うために風魔法を纏わせている良い戦い方だ。リースのほうは肉弾戦は苦手なのだろうが、魔力の総量は桁違いだ。そして、植物魔法というのも良い。使い方次第で攻防一体か、それ以上の実力を発揮することができるだろう。


「悪くないな。これから順当に仕事を熟していけば良い冒険者に――いや、良い勇者になるだろう」


「じゃあ合格!?」


「別に俺に合格か不合格かを決める権利は無い。俺はただお前らの実力を見たかっただけだからな」


 若い奴らにはまだまだ負けないと思うのと同時に、これから先の時代を担う若手に期待している面もある。俺も年を食ったな。


 感慨深く思っていると、歩み寄ってきたリースが申し訳なさそうな顔をしながら、目の前で膝を着いた。


「あの……ラビー、様。不躾ですが、お願いがあります」


 様? 急に甲斐甲斐しくなったな。


「敬語は不要だが、なんだ?」


「もしも――もし、お邪魔でなければ同行させていただけませんか?」


「同行? 俺に付いてきたいってことか?」


 問い掛ければ、ヴァイオレットはうんうんと何度も頷いて見せたが、リースは大きく頷くと真っ直ぐにこちらを見据えていた。


 どうしたものかな……若い奴らにとって俺と共に居ることがプラスになるとは思えない。何より目的が違うだろう。俺は生きていることの報告と仲間を探すために王都へ。こいつらが勇者を目指すなら依頼を熟すか多くの魔物を倒すことが第一だろう? 望む者に成るための近道など存在していないと思うが、少なくとも最短ルートではないだろう。そう思うとどうにもな。


 などと考えていると、リースが徐に口を開いた。


「もちろん、迷惑になるようでしたら諦めます。もし、そうだったら遠慮なく言ってください」


「いや、迷惑とかそういう話ではない。問題はお前らが俺に付いて来てもなんのメリットも無いことだ。控えめに見ても、実力差的に危険な目に遭う可能性もあるしな」


「え、じゃあじゃあ! ラビーが私たちを鍛えてくれればいいんじゃない? そうすれば私たちのお願いも叶うし、ラビーの言うメリットにもなるでしょ!?」


「う~ん……鍛えると言ってもな……」


 俺は拳闘士だし、剣士と魔法使いに教えられることと言えば年の劫からくる知識くらいなものだ。まぁ、本音を言ってしまえばウサギの姿で一人行動をするよりは誰かと一緒のほうが圧倒的に楽だとは思うが、そうすると若者を利用するような気がして気乗りはしない。


 だが――その眼から、伊達や酔狂ではない思いが伝わってくる。現状では、学びたいという思いを無下にすることこそが愚考か。


「わかった。なら、一緒に行くとしよう。だが、俺に剣術指南や魔法の使い方なんかを期待するなよ? 教えられるのは効果的な立ち振る舞いくらいだ」


 そう言うと、リースとヴァイオレットは立ち上がり手を合わせて笑顔を見せた。


「はいっ! よろしくお願いします!」


「やったね、リース! よろしく師匠! 撫でても良い?」


「師匠はやめろ。撫でるのも駄目だ」


 ヴァイオレットに関しては俺の言ったことを守って敬語も使ってないし、駄目だと言えば撫でることもしてこない。それはいいが、リースのほうは唐突に敬語になったし畏まった態度になったな。理由はなんにせよ、行動を共にするのならいずれ距離感は縮まってくるだろう。


 ウサギになったこと自体も衝撃的なのに、まさか新米冒険者――じゃなく勇者見習いと共に行動することになるとは。だが年のせいか知らないが、思いの外に落ち着いているのも確かだな。


 まぁ、のんびり行こうや。

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