第2話 目覚め。出会い

 ぼんやりとした意識が脳から体を駆け巡り、目を覚ました。


 目の前には土の地面。周囲は木に囲まれているが、俺の知っているものよりも太くて大きい。こんなにでかい樹木は見たことも無いが、一体ここはどこなんだ? 周りを見回しても仲間の姿は無いし、気配も感じられない。


「…………何が起きた……?」


 たしか魔王との戦いに負けて、影に呑み込まれ、ここに飛ばされたわけか。呪いを受けたはずだが、今のところおかしなところは――ん?


 手が灰色の毛むくじゃら……指は五本あって自由に動くが、指先には鋭い爪が隠れている。まさか、と体を見回せば全身が毛に覆われていて、手で顔に触れてみれば人のそれとは形が違っていた。


「ん、これ……耳か?」


 頭の上に長いものが二本付いている。この毛並み、このフォルム――もしや。


 感覚的に駆け出した先には穏やかに流れる川があった。水面に映る姿を見れば、それは正しくウサギそのものだった。



 ……ウサギ。



 もしかしなくとも、呪いによるものだろう。肉体変化? 意識転移? 俺がウサギになったってことは、他の奴らもウサギになったってことか? もしくは別の何かか? とはいえ、姿が違うだけで感覚は変わらない。体に流れる魔力も感じられるし、力も入る。俺が生きていることを考えれば、他の仲間も生きていると想定して行動するべきだろう。


 とすると、ここがどこかって問題だが――無意識に体が動いて川の場所を知っていた時点で気が付いていた。目線が違ったせいもあり最初はわからなかったが、ここは俺の育った山だ。つまり、この近くに三年ほど放置していた俺の家があるはず。


 思いの外に不便の無い体の二足歩行で記憶を頼りに森を進んでいくと、家を見つけた。随分と放っておいたが、その割には綺麗なまま残っている。ドアノブが高いが……ジャンプすれば難なく届いた。さすがはウサギの脚力だな。


 中に入れば、埃は被っているが三年前のままだった。まぁ、こんな山奥には人が入ってくることすら稀だし、盗むような物も無いからな。とりあえずは洗面所にある鏡まで行って自分の全身を確認した。


 灰色の毛並みに、尖った耳は折ったり立てたり自由に動かせる。小さくて綿のような尻尾。ここまで来るにあたって二足歩行でも特に疲れることも無かった。


「あ、あ~……うん、問題は無い」


 喋れるから人と遭遇しても意思疎通は問題なさそうだ。が……俺は四十を超えたおっさんだぞ? 今はまだ外見と中身の差に自分自身で違和感を拭いきれていない。まぁ、日常生活も問題ないとして、仲間を探し出すためには戦闘も避けられないだろうから、この姿で戦えるのかどうかも検証しないとな。


 これでも拳闘士だ。外に出て、丈夫そうな木を選んで拳を構えた。


「よいっ、しょ!」


 振り被った拳が当たると衝撃は木を貫き、周囲を巻き込んで弾け飛んだ。倒れていた木を見て、まぁ悪くないんじゃないかと思う。ウサギになっても力がそのままなのは助かる。元より魔法は得意じゃないから、そんなに使うことも多くなかったが、俺以外の奴らは別だ。魔法が使えれば出来ることも増える。


 さて――腹も減ってきたし、メシを食いながら先の見通しを考えるとするかな。ウサギが食うものといえば野菜だが、家の中に保存しておいた野菜なんて無い。何より三年も経っていれば、いくらなんでも食えたものじゃないだろう。


「っ――!」


 家に戻ろうとしたとき、何かが近付いてくる気配に気が付いた。ウサギ故なのか、耳が良くて周りの音に敏感になっている。なるほど、盗賊の斥候ってのはこういう感じか。嬉しい誤算ではあるが、便利さとは違うようだ。耳を澄ませると聞こえ過ぎてしまうから、使い勝手を考えないとな。


 木に登って枝から枝へと飛び移り、気配の先を確かめればそこには二人の少女が居た。片方は黒髪に薄いローブ姿で、もう片方は金髪に安い革鎧で腰には二本の剣を携えている。見たところ新人冒険者ってところだな。そんな奴らがどうしてこんな山奥に? 近くに魔物がいる気配もないし、依頼があったわけでは無いだろう。


 聞き耳を立てれば会話が聞こえてきた。


「ほら~、やっぱりこっちだって!」


「だからもういいって言ったじゃない。別にそこまで来たかったわけでも無いし」


「絶対ウソ! ここまで来て諦めたら後悔するに決まってる。違う?」


「そうだけどさ……まさか、こんな山奥とは思わないでしょ」


 革鎧の少女がローブの少女に付き合ってここまで来たが、思っていたのと違いローブの少女が諦めかけているのを諭しているって感じか。もう少し進むと家があるが、それ以外には何も無い。ということは、目指しているのは俺の家か?


「あっ! ほら、リース、あったよ! 見つけた!」


「あれが……急ごう!」


 駆け足になって向かう先には俺の家がある。興奮気味に扉の前で立ち止まると、おずおずとドアノブに手を伸ばした。


「……ねぇ、ヴァイオレット。ここ、入ってもいいのかしら?」


「んにゃ、いいんじゃない? どうせ誰も住んでないんだろうし」


「じゃ、じゃあ――」


 躊躇いなく伸ばす手を見て、溜め息が出た。


「よくはねぇけどな」


 ちょっくら説教してやろうと木から飛び降りると、ローブの娘は魔力を込めた手をこちらに向けて、革鎧の娘は剣の柄に手をかけた。


 予期せぬ来訪者に対して即座に戦闘態勢を取る、か。悪くない反応だ。


「何者だ!?」


 ローブのほうは今にも攻撃してきそうだが、鎧のほうは柄から手を放して――目を輝かせている?


「喋った? 今、喋ったよね!? え~、何このウサギ~。誰かの作った魔法生物とか? かわいい~、撫でても良い?」


「……駄目だ」


「ダメか~」


 なんだ、こいつ。


「ヴァイオレット、離れて。得体が知れないわよ」


「大丈夫だよ。こっちを攻撃する意志は無いみたいだし」


 確かに俺は敵意も殺気も出していないが、それがわかったとしてもこんなよくわからない奴に触れようとするか? まぁ、どちらにしても害意が無いのなら招待してやるとしよう。


「この嬢ちゃんの言う通り敵意は無い。だから、その手を下げな、魔法使いのお嬢ちゃん。そうしたら、家に入れてやる」


「なんであんたにそんなこと――」


 そこまで言い掛けたところで俺の腹の虫が鳴って自然と口を噤んだ。


「……そういやメシを食おうと思っていたんだった」


「あ、じゃあこれから一緒に昼食にするのでどう? ウサギさんの分のご飯も上げるからお家に入れてくれない? リースもそれならいいでしょ? それにもしかしたら、憧れのあの人のペットとかかもしれないよ?」


「……あの人がこんなおじさんみたいな声のペットを飼うはずないわよ」


「あの人? なんのことだか知らないが、とりあえず中に入れ。話はそれからだ」


 礼儀云々は別にして、今は情報収集が大事だと気が付いた。それに、この二人の目的が俺の家だったのなら、なおさら話を聞かないとな。それにまぁ、メシも食わせてくるらしいし。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る