アンハッピー・ラビット
化茶ぬき
第1話 スカウト。そして
キコリのラビー。
そう呼ばれていたのが懐かしく思える。
生まれたのは辺境の山奥で、幼い頃からキコリの親父に仕事を教え込まれた。体を鍛え、斧を振るい、仕事を熟す日々が続いていた。巷では魔物だ悪魔だモンスターだので騒いでいる中でも、俺は俺の仕事を全うしていた。
とはいえ、時が経てば変わるものがある。
辺境の山奥といっても、たまには魔物も出る。そうすると親父が大きな木槌を持って退治に出ては軽い怪我をして帰ってきていた。その日もいつも通り魔物退治に向かったかと思えば――帰ってきたのは片腕を失い、足を引き摺る血塗れの親父だった。
「息子よ……ラビー……お前なら大丈夫だ。母さんを、頼ん――」
当時まだ十代だった俺の腕の中で、親父は息絶えた。
それからは、すべての仕事を俺一人で熟すことになった。木を切り、担いで、麓の街まで運ぶ。苦労は無かった。それが俺の仕事だと思っていたし、働かなければ母と共に暮らしていけない。
それから約二十年が経ち、あと数年で四十代と迫ったある日――母が病気で亡くなった。
魔物や賊に殺されることも多い時代で、病気で死ねたことはまだ救いがあるし、大往生だろう。
しかし、その時から俺の生きる意味は無くなってしまった。親父から頼まれていた母はいなくなり、仕事として木を切る理由も無くなった。親父の代わりに魔物退治をする意味も無くなったのだ。
だからと言って悲しみに暮れることも無く。他にやることも無いから仕事を続けることにした。木を切り、担いで、街まで運び。たまに出てくる魔物は木槌で退治する。
そんなある日、王都からの使者だと名乗る男が家までやってきた。
「貴方がキコリのラビーさんですね? お噂通り背は高いのに線が細いですね」
作り笑顔が鼻に付く男だが、そこに悪意は感じなかった。
「なんの用だ? こちとらお偉いさんが会いに来るほど大した男じゃねぇぞ?」
ここも王都領地内というのは間違いないないが、安全な道を選んで馬を三日三晩休まずに走らせても辿り着かないと麓の住人は言っていた。俺には想像も付かないが、要は阿保ほど遠いってことだ。
「ご謙遜を。この数十年、この辺りの魔物の出現報告はゼロに等しい。それは貴方が倒しているからともっぱらの噂です。それなりに強い魔物もいたと思うのですが……違いますか?」
「強いかどうかは知らねぇが、誰だって自分の仕事場を荒らされんのは嫌だろ? 退治していることは否定しねぇが、それと魔物の出現報告どうのってのが関係してるかは知らねぇな」
「なるほど。……不躾ですが、現在お幾つですか?」
「三十八、くらいだな」
「若干適齢を超えていますが、どうでしょう? 現在、我々は魔王討伐のため勇者一行を集めているのですが、是非ともラビーさんをスカウトさせていただきたい」
「勇者? 魔物を退治するのは冒険者の仕事だろ」
「ええ、ですが魔王となると話は変わります。王都専属占い師によると選ばれた勇者とその仲間で無ければ倒すことはできない、と」
「で、俺に仲間になれってことか」
「その通りです。占い師は、勇者と四人の仲間が最も魔王に近付くだろうと予知されて、その内の一人が辺境の山奥で暮らす拳闘士だ、と申されました」
「どうしてそれが俺だとわかる? 別人かもしれないだろ」
「私は貴方で間違いないと確信しておりますが……では、確認します。普段から魔物を倒していますよね?」
「たまにはな」
「どのように?」
「どう、って……普通に木槌で殴るか、素手で殴るか、だな」
「ご存知ないのかもしれませんが、素手で魔物を倒せる者など知る限りでは存在していません。それほどまでに、貴方は稀有な存在なのです」
自分の力について知らなかったわけではない。魔物に関してはよくわからないが、子供の頃から体を鍛えてきた結果、素手で木を倒すことも容易になった。まぁ、普段は無駄に木を傷めないよう斧を使っているが。
ともかく、使者の言っている者が俺だとすれば、すでに答えは決まっていた。
「ここに残っていても特にすることも無いしな。こんな力が役に立つっていうなら手を貸すのも吝かでは無い。具体的に何をすればいい?」
「ありがとうございます! では、まずは王都にて他の四人と会って頂きます」
そうして使者と共に約五日を掛けて王都へと向かい、十も二十も年下の勇者一行と対面した。
勇者と僧侶、魔法使いに盗賊、そして拳闘士。
五人が力を合わせ、三年で四つの大陸を制覇し――長い旅を経て魔王へと辿り着いた。実力は十分。体力も魔力も、気力すらも完全な状態で準備も怠っていない。傲りも無かった。なのに――そのはずなのに。
「なんだ、あの……化け物は」
勇者の剣でも傷付かず、魔法使いの魔法も利かず、盗賊の弓は当たらず、僧侶は回復魔法すら許されない。ただの一撃で、こちらは全員瀕死の重体だ。最も耐久力のある俺だけはなんとか意識を保っていられたが、反撃に移ることは難しい。出来ることといえば、俺よりも若い奴らの盾になることくらいだ。
「こいつらは殺させねぇ――死ぬのなんざ俺だけで十分だ!」
血を吐きながらふらつく体を奮い立たせて仲間の前で腕を広げれば、目の前の魔王は興味深げな笑みを見せた。
「面白い。我の一撃で倒れない人間が居るとは。……良いだろう。ならば殺さないでおいてやる」
「じゃあ、俺の命だけで――」
「いや、貴様も殺さない。我は退屈しているのだ。人間共を滅ぼすことなど容易いが、全てが自由にできる世界などつまらぬのでな。常に拮抗状態を保つことだけが唯一の退屈しのぎだったわけだが――どうだ? 貴様らは我の下まで辿り着いた! 良い! 非常に良い! だから、我はもう少し貴様らで楽しむことにした」
「……つまり?」
「つまり、生かして帰してやる。ただし、おまけを添えてな。存分に――我を楽しませろ」
展開された範囲魔法は倒れた仲間も全員包み込んで、地面から伸びてきた何本もの影の腕に体を掴まれて身動きが取れなくなった。流れ込んでくる感覚でわかる。これは呪術で、呪いだ。勇者だけでも助けなければと思うが、動こうとすればするほど影の力は強くなる。
「くそっ――!」
影の中に引きずり込まれていく途中で突然、体に回復魔法が掛かった。それが出来るのは僧侶だけだと視線を送れば、辛うじて動かせる手を地面に着けて魔法を行使していた。生きようと、生かそうと考えるのは俺だけでは無い。これで、仮にどんな呪いを掛けられようとも、どこに飛ばされようとも体力は回復しているはずだ。
「っ――」
体に流れ込んでくる魔力の波が、声を上げることすら許さない。地面に伏していた他の仲間はすでに影の中に引き込まれている。残った俺はどうすることもできずに、ただ憎悪の籠った眼で魔王を睨みつけることしかできない。
待ってろよ――必ず、お前を殺しに戻ってくる。必ずだ!
「ああ、楽しみにしておこう」
心を読まれたことよりも、そのただ玩具で遊ぶような顔に怒りを覚えた。人間としての何を捨ててもいいから奴に一撃を与えたいと腕に力を込めて地面に向けて振り下ろせば影が一斉に飛び散った。その瞬間、体に流れ込む魔力も止まり、今しかないと駆け出した。
「お、まえ――だけはっ!」
振り上げた拳が魔王まであと数センチと迫ったところで、全身を影で縛り付けられた。
「惜しかったな。やはり、貴様が一番面白そうだ。喜べ、貴様にはもう一つおまけで呪いを掛けてやる。じゃあな、勇者共よ。再びこの地で相見えようぞ」
そして、吸い込まれるように俺の視界は完全に遮られた。
俺は別にいいんだ。生きる意味も無いところにやってきた頼みに乗っかっただけで、もう四十を超えたおっさんだ。十分に生きた。だが、他の奴らは違う。全ての呪いを俺が引き受けても良い。だから――他の仲間は傷付けないでくれ。
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