第9話 抗争、戦闘

 状況を知ったヴィオはすぐにでもナズルの町に向かおうと言っていたが、半日走り通しで疲れも残っているだろうし、魔物の群れがあるかもしれない町に、夜に踏み込むのは危険だと諭して宿に戻った。


 三人ともが大人しく眠りについたのだが夜明けのこと――不穏な気配に目を覚ました。


「……ラビー様」


「ん、リースも目が覚めたか。ヴィオも起こせ。俺は外の様子を見てくる」


 宿の二階から窓を開けて飛び降りた。


 気配を感じるのは王都の方向だ。カザナの町はそれほど大きくは無いが、周囲を柵で囲っており、他の町同様に三メートル弱の櫓が四方に建てられている。その内に一つに駆け登ると、人はいないが警笛のホラ貝が置かれていた。


 一キロ望遠――見えるのは、約三十体の魔物の群れだ。小さな町が魔物の群れに襲われること自体は珍しくないが、今回は来た方向と数が問題だ。


「強いのが五体。あとはコボルトとグールウルフ、それに簡易魔法が使えるグレムリンか。この町で戦えるのはおそらく――十人前後」


 これから起きることはわかっているが、王都のほうで何が起こっているのかはわからない。とりあえず、今は魔物の接近を知らせるホラ貝を吹くか。


 ボォオオォ~――


 その直後に町の至る所で明かりが点いた。


「ラビー様! 魔物ですか!?」


 声を聞いて櫓を降りれば、装備を整えたリースと、寝惚け眼のヴィオが居た。


「ああ、しかも大群だな。今この町にいる勇者を集めろ。二十分後には戦闘開始だ。お前らにも働いてもらうからな」


「はい! じゃあ、私は勇者を集めてきます」


「ん~……じゃあ、私は……え、戦闘?」


 町へ向かうリースを見送り、目を覚ましたヴィオに状況を伝えると嬉しそうに口角を上げた。


「戦争、ってこと!?」


「いや、規模が小せぇよ。良いとこ抗争ってところか? まぁ、ともかく。状況が状況だ。お前とリースの戦闘制限を解除する。あと作戦だが――」


 程なくして、リースに連れられて勇者たちがやってきた。


 二等勇者が三人と、勇者見習いが五人。その内、二人は僧侶だから前線には出せない。つまり、戦えるのは俺たちも合わせて九人か。万全とは言えないが、戦力としては充分だろう。


 ここからの仕切りは説明が面倒な俺では無く、戦い慣れしてそうな二等勇者に任せることにした。


「よし、まず土魔法が使える者は障壁を立てろ。中・遠距離タイプはその障壁越しに攻撃して魔物を町に入れるな。近接タイプは互いの戦い方を把握して邪魔にならないように努めろ。チームの者は連携を。自信がない者は前線に出過ぎるな。見習い連中は特にグレムリンに警戒を」


 その指示を聞いたヴィオとリースは確かめるように俺のほうに視線を向けてきた。まぁ、采配は概ね悪くない。頷いて見せると、指示していた勇者がこちらに気が付いた。


「それがリースくんの言っていた使い魔か?」


「あ、はい。そうです」


「そうか。使い方は任せるが邪魔にならないようにしてくれ」


 魔法使いがたまに連れていることがある使い魔か。無難な立ち位置だ。それなら戦場に出ても違和感は無い。


 リースを含む三人が障壁を立てた百メートル先で、魔物たちは足を止めた。二等勇者は盾持ちの戦士と、レイピアの女剣士、それに弓矢使いの盗賊。見習いは緊張しっぱなしの戦士が一人と、障壁のこちら側に魔法使いが二人。ヴィオは前線で、リースは中距離ね。


 そうして布陣を組んでいると夜更けと共に魔物たちが動き出した。町の落とし方を心得ているって感じだな。


「行くぞ! 勇者として、一匹でも多くの魔物を殺せ!」


 突っ込んでいったのは盾持ちと女剣士か。さすがに戦い慣れているだけあって先行してきたグールウルフなんかは楽勝みたいだな。二人に紛れて前線まで行ったヴィオもそこそこ良い動きをしている。その間を抜けてきたグールウルフが見習いに狙いを定めてくるが、盗賊の弓が上手くサポートしているし、リースも得意な植物魔法でウルフ程度なら楽にやり合えている。障壁の前から飛ばした魔法も良い具合にグレムリンを牽制しているし――現状では拮抗していると言ってもいい。


 とはいえ、まだ戦場に出ていない五体を除けば、という話だ。


「五体か……見たところ一体は中・上級で、この場の指揮官。あとは中級だが……」


 見習いやこっち側にいる魔法使いでは勝負にもならないだろう。


 ふむ――障壁を抜ける魔物がいれば手を貸そうかと思ったが必要なさそうだ。苦戦している様子もあるが、着実に敵の数を減らしていっている。


 今のうちに待機している五体に俺が仕掛けに行くのが良いのだろうが、さすがに戦い慣れていないこの体で中級以上の五体を同時に相手取るのはキツい。


 などと考えていると、待機していた五体のうちの二体が飛び出してきた。


 突っ込んできたミノタウロスは盾持ちの戦士を吹き飛ばし、振り下ろしてきたワーウルフの爪をヴィオの剣が弾いた。その様子に気が付いた女剣士はミノタウロスのほうへと駆け出し、リースはヴィオの下へと駆け出した。


「――ん? 二体が出てきて残り三体か。なら今、行こう」


 戦場を回避するように大回りで走り出した。


 中級は三叉槍を持った半魚のマーマンと、丸太のハンマーを持ったトロール。指揮官は下半身がヘビで頭髪もヘビのエキドゥーサだ。見た目がどれだけ美女であろうとも多くの人間を殺してきたことに変わりはない。まずは、指揮官を殺すのが定石だな。


 気配を消しながら走り込んで、エキドゥーサの横っ腹に思い切り蹴りをお見舞いすると吹き飛んでいった。


「さぁ――始めようか」


 振り下ろされた三叉槍を避けると、マーマンの口から水の針が飛んできた。だが、こちらの小回りの良さを舐めてもらっては困る。針を避けて跳び上がり――握った拳を振り抜くと、マーマンの顔面が弾け飛んだ。そして背後からの気配を感じて、マーマンの体を足蹴にして後方に跳ぶと、振り下ろされたトロールのハンマーがマーマンの体を潰した。


「あ~、もったいねぇ」


 マーマンの鱗は結構高値で売買されているんだが、潰れてしまっては価値が無い。


 地面に刺さっていた三叉槍を抜いて、トロールに向けって放り投げれば、その目に突き刺さった。


 残念ながら、トロールには売れる部位が無い――ので、力を込めた両脚で飛び跳ねて、その膨れた腹に飛び蹴りを食らわせると緑の体液を垂れ流しながら吹き飛んでいった。ありゃあ死んだな。


「貴様は――何者だっ!」


「お、っと」


 戻ってきたエキドゥーサの鞭のように撓ったヘビの尻尾を避けた。


 さすがは中・上級だ。一撃で倒れなかったのに免じて少し本気を――いや、指揮官なら情報を持っているはずだな。


「聞こえなかったか? 何者かと、訊いているんだっ!」


 その問い掛けに頭髪のヘビと目が合うと紅く光り、エキドゥーサは笑みを浮かべた。


 …………ああ、そうか。頭髪のヘビの目を見ると石化するんだったか。


「だが、残念だな。俺には利かない」


「なっ――なぜだ! ウサギ如きが――」


「ただのウサギじゃないってことはわかってんだろ? そういう呪術系はな、術者よりも弱い奴にしか掛からねぇんだよ。つまり、お前より俺のほうが上、ってことだ」


「ひっ――」


 笑って見せると、怯えた顔をして一目散に逃げ出した。指揮官が逃げ時を間違えちゃいけねぇな。少なくとも、恐怖で戦場に背を向けるのは大間違いだ。


「悪いが、お前には訊きたいことがある」


 すぐに殺しはしない。とはいえ、嬲るわけでは無い。訊いたことに素直に答えれば一瞬で死なせてやるが、渋るようなら――そうだな、頭髪のヘビを一匹ずつ切り落としていくとしよう。


 ……あいつらにはこんなところ見せられないわな。

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